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第6章 塩会議

第33話 塩会議②

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ネストルはハロルドの剣幕に震え上がった。

彼はこれまで交渉に失敗したことはなかった。隣国の貴族はネストルの話に適当に合わすだけで、特に口を挟んでいることはなかった。それをネストルは自分の交渉で上手くまとめていると勘違いしていた。

そして、毎年の塩会議も父であるヤドラス子爵が参加して、ネストルは値上げした金額を伝えるだけであった。しかし、ネストルの値上げ幅をヤドラス子爵は周辺の事情やバランスなども考えて、いつも調整していたのである。

そのギリギリの交渉をしているなどネストルは考えていなかった。内心でもっと強気に交渉しろと父を侮っていたのである。本当に父の具合が悪くなり、ようやく自分の出番がきたと自信満々で塩会議に参加したのである。

しかし、貴族相手の交渉は塩か金で相手を屈服させるような交渉しかしていなかった。商人など儲かるならと幾らでも言い成りなってくれたのである。

ネストルは必死で弁明しようと頭を働かせて話した。

「ち、違います。今回は隣国のあまりにも無茶な要求だったので、交渉が長引いてしまったのです。もう少し時間があれば更なる値下げも可能ということです!」

「1年前から交渉した結果がそれですか……」

余りにも拙い言い訳に、カービン伯爵も呟いた。ネストルは焦ったが上手く言葉が出てこない。

「時間的に余裕はありませんねぇ。ハロルド殿の提案した備蓄でやり過ごすしかないでしょうなぁ」

エイブル伯爵のカークまでハロルドの提案に賛同し始めてしまった。エイブル領はグラスニカ領ほど広くもなく人も少ないが、エイブル領以北の領地へも塩を供給している。ネストルはまずい展開だと焦り出す。

「買うのを止めると覚悟を見せれば、値下げも可能です!」

ネストルはゼノキア侯爵に間に入ってもらおうと、青い顔でゼノキア侯爵に向かって話した。しかし、ゼノキア侯爵は目を閉じて考え込んでいた。焦ってカービン伯爵を見るが、彼も何か考えている。最悪の展開だと思っていると予想外の援護が入る。

「ハロルド、ネストル殿の話にも一理ある。交渉には武器が必要だ。武器が無ければ相手の言いなりになってしまうのだ」

エドワルドがハロルドを諌めた。

「ふむ、確かにそうじゃのぉ」

ハロルドは先程の勢いがどこにいったのか、驚くほど簡単に席に座った。

拍子抜けするほど簡単にハロルドが引き下がったことで、ネストルは呆気に取られていた。

「ですがこうなっては、国としてしっかりと対処するべきではありませんか?」

カークが更に踏み込んだ発言をした。それを聞いたネストルは慌てて話をする。

「わ、私にお任せください! これまでも私が交渉してきたのです」

「ダメじゃ! その結果が今の状況じゃ。話にならん!」

ハロルドに否定されたが、ネストルは必死に食い下がる。

「今回は買取の停止を含めた交渉ができます。値上げは絶対にさせません!」

「値上げ云々では無いでしょう。今の価格自体が不当だと言っているのだよ。全くこれでは話になりませんねぇ」

カークにまで否定されネストルの顔色は更に悪くなった。

「やはり子爵程度では、隣国に舐められているのではないか。それも当主ではない嫡男程度ではどうにもなるまい……」

エドワルドにまで露骨に否定されてしまった。

「その交渉カードを頂けるのであれば必ず値下げさせます」

この段階で値下げを言及したくなかったが、ネストルは諦めて値下げを持ち出した。

「ほう、10年前と同じ金額まで下げられるのじゃな?」

「そ、それはいくらなんでも……。ですが可能な限り何とか……」

ネストルも10年前の金額まで下げるのは即断できなかった。そうなればさすがに伯爵になるための働きかけもできない。それにこれまで手を組んできた隣国の貴族との兼ね合いもある。下手な対応をしてすべてを暴露されては困るのだ。

「まあ待て。それではこれまで交渉をしてきたヤドラス家の立場も無くなるだろう」

それまで考え込んでいたゼノキア侯爵が目を開いて話し始めた。ネストルはゼノキア侯爵が助けてくれたと思った。

「私としては国として別の窓口で交渉するのも必要だと考えている。しかし、すぐには難しいじゃろう」

ネストルは別の窓口と言われギョッとしたが、すぐに難しいと聞いて話の続きに集中する。

「そこで今回はまずは備蓄で過ごしながら、引き続きヤドラス家で交渉を進めてもらうのはどうじゃ?」

ネストルは備蓄と聞いて焦るが、交渉を任せてもらえるのが最優先である。下手に別の人物が交渉を始めれば、自分のしてきたことが露見する可能性が高いのだ。
利益が無くなれば伯爵位は遠のくが、このままではヤドラス家の存続が危うい状況なのだ。

「必ずご期待に添います!」

「頼むぞ! しかし、備蓄まで使う以上、それだけでは不安だ。国王陛下に正式に申し入れをして隣国と交渉も始めてもらおう。さすがに今回の値上げを聞けば国王陛下も本腰を入れてくれるはずじゃ」

ゼノキア侯爵の補足に他の皆は頷いている。ネストルだけが焦った表情をしていた。

ネストルは今回の値上げを後悔していた。調子に乗り過ぎてゼノキア侯爵まで敵に廻ってしまったのである。絶望的な展開に隣国に逃げることを考え始めた。しかし、更なるゼノキア侯爵の話に光明を見出す。

「とりあえず年末までに結果を出せ! それを含めて国王陛下に儂が進言する」

「ですが急いでもらわないと困りますよ。私の所の備蓄は1年分あると言っても、実際には周辺の領地の分も含まれます。半年も持たないと思いますね」

ゼノキア侯爵の話にカークが付け足すように話した。

「大丈夫じゃ! 年末までの交渉結果を聞いて、あまりにも我が国を馬鹿にした提案をしてきたら、儂が前線に立って隣国と戦争じゃ!」

ハロルドは嬉しそうに話した。それを聞いたゼノキア侯爵がハロルドを注意する。

「いい加減にしろ! お前が前線に行けば血の雨が降る。もう少しまともな奴に前線は任せるほうが良いのじゃろう!」

「それでは戦争をする前提の会話ではありませんかぁ。クククク」

ゼノキア侯爵の発言にエドワルドが笑った。

「ち、違うぞ! 儂はハロルドとは違う! その選択肢もあるが、できるだけ戦争はするべきではないと思っているのじゃ!」

「「「わはははは」」」

ゼノキア侯爵が焦って言い訳をすると、ネストル以外が笑い出した。

ネストルは自分が選択できることが、次々と無くなっていると思った。
こうなれば年末までにどこまで価格を下げられるか落としどころを見極める必要がある。一時的でも価格を下げないとまずい。しかし、急激に下げ過ぎればこれまでの価格自体が問題になる可能性もある。

「今回は早く塩会議が終わったのぉ」

ハロルドは嬉しそうに話した。

「塩会議は終わったが、それ以外の取引についても話が必要だ。今回は商業ギルドとの話はそれほどないから気が楽だがな」

エドワルドはハロルドに釘を刺しながらも安堵した表情を見せる。

「わ、私は今後のことを検討するために、先に退席いたします」

ネストルは疲れ切った表情で他の皆に挨拶すると、宿舎に戻っていくのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


ネストルは宿舎に戻ると放心したようにリビングで座っていた。

しかし、頭の中で色々な事を考える。

(何か変だ!)

まるで結論が決まっていたような会議だったと気付く。

(もしかして遅れたことで、なにか作戦をたてられていたのか!?)

ようやく自分が嵌められたのではないかと疑いだした。しかし、そうだとしても彼らがどこまで本気でやるつもりなんだろうと考える。

彼らは備蓄の塩を使うことに同意して、自分もしくは隣国を追い詰めようとしている。備蓄は利用するのは間違いないが、本気で戦争するとは思えなかった。

隣国と本気で交渉をするかは、まだ不確定な気がする。しかし、ゼノキア侯爵のあの雰囲気では、国として本格的に動き出す可能性もある。

それなりに値段を下がれば問題ない。しかし、どれぐらい下げれば納得してくれるのか、今は判断がつかないのだ。

しかし、何となく彼らの策略が分かると、あることに気が付いた。エイブル伯爵が漏らした一言である。

(備蓄を使うと言っても、それほど余裕があるとは思えない!)

半年もたないという話は本当のことだろう。いや、それどころか3ヶ月も危ういのではないかと考える。年末までに交渉結果を要求してきたのはそれが理由だと思った。

(塩が必要ないわけではないはずだ。それなら焦る必要はない!)

彼らも不安に思っているはずだ。備蓄が減れば困るのは彼らになるはずだ。そう考えると新たな手段で彼らを追い詰めようと閃いた。

すぐに商業ギルドにギルドマスター達を呼びに行かせようとしたが、そんな時間が勿体ない。自分から商業ギルドに行くことにする。

ネストルは馬車を用意させて、急いで商業ギルドに向かうのであった。
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