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第6章 塩会議

第17話 これはダメだ……

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アーニャさんの旦那さんが、子供たちと少し話をすると戻ってきた。

「アタル様、あの子達の仲間に具合の悪い子供がいるので、元気の出る水ですか? それを分けて欲しいとこれを」

そう言って旦那さんは汚れた銅貨2枚を差し出した。

遠目で見ても痩せ細った子供獣人である。ここにいる子供たちと同じ状況だと感じた。

話しを詳しく聞こうと旦那さんと一緒に子供たちの所に行く。

「お前達、自分でお願いしろ!」

旦那さんが子供たちにそう言った。

「市場で凄い水を他の子供に飲ませて助けたと聞いてお願いに来ました。仲間の具合が悪くて、その水を売って下さい。お金が足りないなら何でもします! おじちゃん、お願いします」

予想以上に礼儀正しく、必死の形相でその獣人の少年が頭を下げた。アーニャさんや旦那さんとその仲間も息を飲んで注目している。

「ダメだ!」

子供たちが悲しそうな表情をしていてうな垂れている。アーニャさん達も悔しそうな表情をしている。

「私をおじちゃんと呼ぶ人間の頼みは聞かない! お兄ちゃんと呼びなさい!」

(((そこぉ!)))

子供たちもアーシャさん達も驚きの表情を浮かべている。クレアやラナのジト目で睨んでいるが、これだけは譲れない。

30歳、いや、31歳になるまで、そして子供ができるまではおじちゃんとは呼ばせない!

「お、お兄ちゃん、お願いします!」

うんうん、子供は素直が一番だな。

嬉しそうな表情をすると、アーニャさんまでジト目で私を見てくる。

「旦那さん、名前は?」

「俺? 俺はドッズです。アタル様」

俺の問いかけにアーニャさんの旦那さんのドッズさんは答えてくれた。続けて質問する。

「ドッズさん、その格好だと冒険者ですよね?」

「はい、冒険者をしています……」

ドッズさんは戸惑うように答えてくれた。

「では、私から仕事を依頼します。子供たちと一緒に行って、具合の悪い子供にこれを飲ませてください。そしてこの場所に連れてきてください!」

私はストレージからポーションと水筒を出して渡した。ドッズさんは嬉しそうにそれを受け取る。

「水筒は元気の出る水が入っています。そちらの小さいのはポーションです。容器の先を折れば飲めるはずです」

そう話しながらサンプルポーションを折ってみせ、中の水を出す実演をする。ドッズさんはそれを見て、ポーションを大切そうにしっかり持ち替え頷いた。

「いいですか、歩けないような子供は抱えてでも連れてきてください!」

「「「はい!」」」

ドッズさんと仲間たちが大きな声で返事する。声を掛けてきた少年は涙目になっている。

私はもう少しだけ手を広げられたと嬉しくなる。

するとドッズさんが仲間に指示を出し始めた。

「おい、お前は西地区に向かえ、お前は北地区でお前が東地区だ! 手が足りなければ向こうの顔役にお願いして手を貸してもらえ! アタル様、こいつらにも同じものをお願いします!」

えっ、あれ、そこの子供たちの仲間だけでしょ……。

「う、うん、こ、これを……」

反論したいけど、ドッズさん達が盛り上がってしまって、止めることもできずにポーションと健康ドリンク入りの水筒をたくさん出す。

「気合を入れて行ってこい! 坊主、お前は俺を案内しろ!」

「は、はい!」

ドッズさんが仲間と少年に声を掛ける。

すぐに全員が走り去ってしまった。さすがにこれはまずいと思い、戻って来た時にアーニャさんに説得してもらおうと振り返る。

「アタル様、子供たちの面倒をみるのに人手が必要です。私は女どもに声を掛けてくるわ!」

え~と、人手が必要って、どれだけ集まるの?

しかし、質問する前にアーニャさんは走り出して去っていった。

う~ん、手の届く範囲が予想以上に引き延ばされて行く気が……。

「旦那様、ハロルド様には……」

うん、これはダメだ……。

ラナの指摘でハロルド様に説教される自分が思い浮かぶ。

獣人少女が心配そうに我々の様子を窺っていた。それを見て思い出す。

子供は助けようと思ったじゃないか! 説教ぐらい問題ない! ……たぶん。

「大丈夫さ、覚悟はできている。それよりラナ、この子達にテク魔車の使い方を教えてあげて」

「わかりました」

うん、大丈夫。説教だけで済むはずだ! ……たぶん。

そう思いながらレシピを使って、客車型テク魔車の製造を開始するのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


今、空き地は大変なことになっている。

あの後不安になった私は、簡単な石造りの片側が開いた建物を造った。そして健康ドリンクサーバーを設置して、食事は簡単に食べられるようにハンバーガータイプとカップに注いだスープだけを屋台のように渡せるようにした。

そしてその奥に重傷者用の救護所を作り、そこで自分は治療に専念する。

そして予想通り、いや予想以上に次々と子供たちが集まってきたのだ。

客車型テク魔車はすでに4台目が投入されている。何度か各地の顔役の獣人が挨拶にきた。ドッズはこの地区の顔役だったようだ。

そして子供たちだけでなく大人の獣人も、何故か3柱の像を拝みに来ている。

「あんたたち! 一度拝んだら次の人のために場所を開けな!」

アーニャさんが拝みに来る獣人の整理をしているようだ。

私は運ばれてくる重傷者も減り少し落ち着いてきた。しかし、落ち着いたはずなのに騒ぎが大きくなりすぎて不安でいっぱいだ。

これは説教で済まないかも……。


   ◇   ◇   ◇   ◇


執事の騒動が起きていると報告を受けて、ハロルドを睨んでからエドワルドは執事に詳細を確認する。

「騒動とは何が起きているのだ?」

「報告では獣人が南地区に集まっているようです。近くの人族から獣人が暴動を起こすのではと訴えがあったそうです。
そこで兵士の一部が獣人に話を聞いたところ、使徒様が降臨さなされたと言っていたそうです。真偽を確認しようにも南地区に獣人が集まっているため、変に刺激すると危険だと判断して確認はできておりません!」

エドワルドとカークはハロルドを見る。

「それは変じゃのぉ。あやつは獣人を好きじゃが、目立つことは嫌いなはずじゃ。自分から使徒だと名乗るとは思えぬのぉ」

「ですが、獣人が好きなんですよね。その獣人に非常識な力や道具を見せたら、使徒だと勘違いされたのではありませんか?」

カークがハロルドに尋ねる。エドワルドも頷いてハロルドの返事を待つ。

「それは、……ありえるのぉ。儂でももしかしてと思うぐらいじゃからのぉ」

「だったら騒動の中心にその人物が居るのか!?
ま、まずいではないか! 我が領では王都の影響で獣人が差別されているのだ。その人物は獣人を扇動して暴動を起こそうとしているのか!?」

エドワルドは動揺してハロルドに確認する。

「暴動を扇動するようなことは絶対にない! しかし、偶発的に暴動に発展するとしたら、それは国の法でも禁止している差別をした方が悪いのではないか?」

ハロルドはアタルが暴動を起こそうとしているとは、まったく考えていなかった。

しかし、ハロルドの話にエドワルドは反発する。

「私だって獣人差別がよくないと分かっている! だが、他から大量に人が出入りする我が領では、どうしても区別しないと領が立ち行かないんだ! 綺麗ごとだけでことが済めば私だって……」

エドワルドは最後や悔しそうな表情で話を止めてしまった。

ハロルドも気持ちは分かる。自領でも多かれ少なかれ王都などの影響が出て、獣人差別が増えていた。そして、アタルが来てから獣人差別は少しずつ減ってきていたのだ。

「取り敢えず騒ぎを収めるのが先じゃな。儂なら刺激をせずに対処できるだろう。少人数で首謀者と話をしてくるかのぉ」

しかし、エドワルドもカークもハロルドが相手を刺激せずに対処できるなど思えなかった。

「私は一緒に行くぞ! 領主である私が他人任せにできるはずないだろう!」

「私も行きましょう。どうしてもその人物に会いたくなりました!」

ハロルドは仕方ないと顔に出したが、2人も頼むから騒ぎを大きくしないでくれとハロルドを睨むのであった。

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