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第6章 塩会議

第2話 B級冒険者キルティ

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ハロルド一行が塩会議に出発する前日の夕方、エルマイスター領とグラスニカ領の中間地点の村に、ある一行が到着した。

村ではここまで大人数の一行は珍しく、対応に混乱していた。

その中でも比較的良い宿の一室で3人の男たちが話をしていた。

「なんで本部から来た私が、こんな辺境の田舎に来なければならないのだ!」

そう話したのはエルマイスター領の冒険者ギルドへ、ギルドマスターと就任することになったヤドラスであった。

「おいおい、それを俺に言うのか? それとも喧嘩を売ってるのか!?」

「ち、違う! 碌に休みもなく無理な日程でここまで移動してきて、宿があまりにも貧弱で我慢できないだけだ!」

タルボットも機嫌悪そうにヤドラスに殺気を込めて話した。その雰囲気に慌ててヤドラスは言い訳をする。

「それも違うんじゃねえのか。俺は何とか間に合ったが、お前はまだ間に合ってないだろうが。早ければ明後日には標的がこの町に来る。俺の仕事が終わる前に、お前は現地で準備しないとダメだろうが!?」

タルボットも急に裏の仕事を任されただけでなく、準備の時間が碌に無かったことで無理していたのでイラついていた。余裕のない状況で今回のような仕事は、できればやりたくなかったのである。

「いい加減にしてくれないか? 俺は無理やり今回の仕事をやらされているんだぞ。これ以上は我慢しねえぞ!」

剣呑な雰囲気で殺気を垂れ流すのは、B級冒険者のキルティである。危険な雰囲気を隠そうともしない彼は、実力はS級だが気に入らない相手だと殺すと噂があった。全身に纏う危うい雰囲気が無ければ、体格はそれほどでもなく強そうには見えなかった。

タルボットからは脅されるように、キルティは今回の仕事を頼まれたのである。報酬が良かったので渋々引き受けたが、彼の我慢も限界に近づいていた。

「B級冒険者風情が本部から来た私に生意気なことを言うんじゃない!」

ヤドラスはキルティに危険な雰囲気を感じながらも、立場は自分が上だと勘違いして強気で怒鳴りつける。

「ほう、移動中もお前にムカついていたがそろそろ限界だな。こんな田舎なら簡単にお前の死体は始末できる」

キルティは腰の剣に手をかける。

「ま、待て、さすがにこいつを殺すのはまずいぞ! 冒険者ギルドすべてを敵に回すことになる。今回の報酬を諦めるのか!?」

タルボットはキルティが脅しではなく本気だと、彼が纏う殺気で気が付き焦って止めに入る。

「そういったことを含めて我慢の限界だと言ったんだよ。それともお前も敵対するのか!? 一緒に始末してやるよ!」

キルティはそう話しながら剣を抜くとタルボットに剣を向けた。

タルボットはキルティを今回の任務に強引に従わせたが、普段から気に入らない任務は平気で断る相手だと知っていた。今回は報酬の折り合いがついたから、何とか言うことを聞いていたにすぎないことも理解していたのだ。

現役のS級冒険者とやり合うことになれば、簡単に自分が殺されることも理解していた。

「わ、わかった。俺は敵対しない!」

タルボットはヤドラスを即座に見捨てる決断をする。ヤドラスが殺されても、自分が任務を果たせば冒険者ギルドの問題はなんとかなると考えたのである。そしてヤドラスの死を隠蔽するのは簡単だと判断したのだ。

ヤドラスはそのやり取りとキルティの雰囲気を見て、即座に考えを変える。
ヤドラスも政治力だけでここまで出世してきたわけではない。絶対に敵対してはダメな相手もたくさん見てきたのである。
その中には立場とか将来とか関係なく、無謀と言える行動をする相手もいた。そういう相手は不幸な結末を辿ることになる。しかし、その犠牲となってきた者も多くいたのだ。

「すまなかった! なれないことでイラついていたのだ。許してくれ!」

バキィ!

「ヒィーーー!」

ヤドラスは即座に土下座したのだが、キルティは躊躇することなく蹴りつける。ヤドラスは蹴られたことで仰向けに倒れて悲鳴をあげた。

「キルティ、報酬を金貨千枚上乗せする。奴も謝っている許してやらんか?」

「甘いよ! こういう奴は後で絶対に報復してくる」

「そんなことは絶対にしない! そ、そうだ、報酬をさらに金貨千枚、私が上乗せしよう!」

「金貨3千枚だ!」

「わかった! 必ず払う!」

「タルボットさん、今回の任務が終わったら纏めてあんたが払ってくれ!」

キルティがタルボットに確認する。しかし、タルボットは答える前にヤドラスに尋ねる。

「ヤドラス、手数料込みで金貨5千枚払ってもらうぞ!」

「なっ、なんで私がそんなに!」

「お前を助けるために報酬の上乗せを提案しただけだ。お前が余計なことを言って、私も迷惑を受けたのだ。それぐらいは迷惑料として当然だろ!」

「し、しかし……」

「だったら、ここで死ね!」

タルボットは冷酷な表情でヤドラスに言う。

「わかった! 金貨5千枚を払う!」

「ということだ、キルティ、迷惑を掛けてすまない。今回の任務が終わったら私がまとめて払う」

「わかった。これ以上お前たちの愚痴を俺にぶつけるのは止めてくれよ。クククク」

キルティは剣を鞘に戻すと、また普通にソファに座った。

ヤドラスはそれを見てホッとした表情を見せる。

「わ、悪いが、明日の出発の準備がある。私は部屋に戻る!」

逃げるようにヤドラスは部屋を出ていく。ヤドラスが部屋を出るのを確認すると、タルボットはキルティに話しかける。

「報酬倍増だな?」

キルティの報酬は金貨5千枚だった。今回の一件で報酬が金貨9千枚になったのである。

「あんたも出費が減って良かったんじゃねえのか?」

タルボットも今回の任務で手元に金貨3千枚残ると踏んでいた。結果的に金貨4千枚は残りそうだと考えて嬉しそうに笑顔を見せる。

「それより作戦を考えよう。事前に聞いた話ではエルマイスター一行がここを通るのは数日後だ」

2人はすでに先程の一件を忘れたように、本来の任務の計画を立てるのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


「なんで私が金を払わないとダメなんだ。絶対にあいつを追い詰めてやる!」

部屋を出たヤドラスは愚痴を溢しながら、一緒に来た裏ギルド職員たちの部屋に向かった。

部屋の扉を乱暴に叩くと裏ギルド職員の1人が、警戒するように扉を開いた。ヤドラスは強引に部屋の中に入ると命令する。

「おい、B級冒険者のキルティを徹底的に調査させろ!」

部屋にいた3名の裏ギルド職員は突然の命令で戸惑ったが、その中の1人が答える。

「これからエルマイスター領に行く我々が調査することは不可能です」

「なんだと! 私の命令が聞けないのかぁ!?」

答えた裏ギルド職員は溜息を付いて答える。

「聞けないのではなく、できないのです。どうやってエルマイスター領で調査するのですか? どうしてもというなら王都のカヌム殿に連絡を入れておきます」

タルボットの子飼いの冒険者を理由も言わずに調査させるのはまずい。そう考えたヤドラスは呆れたように自分を見る裏ギルド職員に苛立ちをぶつける。

「もういい! 明日の準備を大至急しておけ!」

「すでに終わらせてあります」

ヤドラスは不満をぶつけることができなくなり、八つ当たり気味にベッドを蹴りつける。そして自分の足が痛くて蹲るのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


「やはりこの村まで移動してきて正解だな」

「ああ、途中で襲撃のしやすい森があったからな。グラスニカの町の近くだと、襲撃に良さそうな場所はなかったし、兵士が巡回する姿を見た。襲撃中にグラスニカの兵士が気付いて合流する可能性もあったからな」

タルボットとキルティは乱暴者と思えないほど綿密に計画を練るのであった。2人は危うい仕事をこれまでに何度も経験していたからこそ、慎重に計画を立てるのである。

「エルマイスター一行がこの村に到着したら、その日に移動するぞ。たぶん夜間も移動することになる。すぐに出られるように部下たちに準備だけはさせておけ」

「わかっているさ。荷物のほとんどは昼には出発できるように準備させておく。村の門が閉まったら、片付けるようにさせるよ」

「それと任務完了まで酒は控えさせろ。女も適度にするように言っておけ!」

「それも問題ない。報酬が増えると話せば、仕事が終わるまで我慢できるさ。それに仲間を30人近く連れてきているんだ。この村じゃ酒も女も満足に用意できないから、どちらにしても我慢するしかないさ」

「だから絶対に騒動を起こすなよ。騒ぎを起こせば証拠が残る可能性が高い。仕事が終わっても正体がバレたら、逃亡生活だぞ!」

「わかっているさ! 早めに片付けて報酬で楽しむことにするさ。明日でも来てくれると助かるんだがな……」

2人はその後も細かい打ち合わせをするのであった。
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