上 下
203 / 315
第11章 エクス自治連合

第12話 二つの公国の滅亡

しおりを挟む
ホレック公国側は満面の笑みを浮かべて条約を締結すると急いで船に戻っていった。
それも最後には宰相を始め、一行の誰もが笑顔でレイモンドの手を握り締め、感謝を述べてから船に戻っていったのである。

私は話し合いの最終的な結末がよく分からなかった。

最初は一方的にエクス自治連合の勝利なのかと思っていたが、大喜びして帰っていくホレック公国側と少し悲しそうな表情を時折見せるレイモンドを見て、もしかしてエクス自治連合としてはそれほど喜ばしい結果ではなかったのかと思い始めたのだ。

ホレック公国側が船に戻り、会議室には私とバルドーさん、そしてレイモンドだけが残っていた。レイモンドは落ち込んだようにうな垂れていた。

私は心配になり、気になっていたことを尋ねる。

「もしかして、それほどエクス自治連合にとっては良くない結果になったのかな?」

私に問いかけに、レイモンドは悲しそうな顔を上げて答えようとしたが、先にバルドーさんが答えてくれた。

「いえ、結果的には驚くほどエクス自治連合に有利な内容で条約を結べました。関税を撤廃したとしても、関税で得られる10年分以上の利益を、ホレック公国側が先払いしてくれたのです。今後の状況を考えると関税を2割にしたとしても、食料の需要が減ってますからたぶん数十年分の関税を先払いしてもらったことになるのではないでしょうか」

なんですとぉ!

そんな気もしていたが、レイモンドの表情を見て違うのかと思っていた。いや、予想より悪辣な取引をしていたようだ。

それならなんでレイモンドは?

俺は気になってレイモンドの表情を覗き込む。レイモンドはすぐにそれに気付いて答えるように話し始めた。

「ああ、申し訳ありません。交渉は上手くいったのです……。それどころか上手くいきすぎました」

レイモンドはそこまで話すと、自嘲気味に微笑んでから話を続けた。

「少し考えれば、ホレック公国側が払った財貨を関税の補填に当て余った分を国の復興に投資すれば、ホレック公国はまだ何とかなったかもしれません。しかし、彼らはこんな愚かな条約を結び、まさか私に感謝して帰っていくのを見て、あんな連中が国を動かしていたのかと思うと悲しくなったのです」

そういうことかぁ!

「そうですなぁ。今回の条約で彼らが支払ったのは、実質的に王家が備蓄する財貨の4分の3になるでしょう。まあ、本当にそうなのかはわかりませんが、宰相の話し方を聞く限り、たぶん間違いないでしょう。それほどの財貨を払っても、宰相や今回の一緒に来た連中はそれほど深刻な表情をしていませんでした。追い詰められていたからとも言えますが、彼らは自分の財貨という感覚はなかったのでしょうなぁ」

バルドーさんは微笑みながら説明してくれた。レイモンドさんは黙って頷きながら話を聞いていたが、バルドーさんの話が終わると、遠くを見るような表情をして話した。

「私は公国で私を軽んじていた彼らと、どれぐらいの交渉ができるものかと最初は楽しんでいました。もう公国に残っているのは愚かな貴族と、それにぶら下がっておいしい思いをしてきた連中がほとんどだから、遠慮しなくても構わないと思っていたのです」

レイモンドはそこで話を切ると大きな溜息を付いてから、また話を続けた。

「ふぅ~、あんな連中に軽んじられたと思うと情けない……。そして、ホレック公国が滅びるのを私の手で早めたのかもしれません」

おうふ、そうなのぉ~!

今回の交渉ぐらいで、ホレック公国は滅びるとは思えないけど……。

「……関税を撤廃したとしても、住民は今さら戻ってくるとは思えませんなぁ。ホレック公国は先行きに明るい材料などないことは、平民でも気付くでしょう。それが分かっていない彼ら貴族や王族では、すぐにも行き詰るでしょうなぁ。そしてまた重税でも掛けて自分達の首を絞める。たぶん思ったより早くホレック公国は自滅するでしょう」

俺はそれでもそんなに簡単に国が亡びるとは思えなかった。
彼らも帰りの船の中でやることがなければ、もう一度条約の内容や今後のことを見直す可能性もある。
国に残っている公王や重臣たちも条約を認めず、残りの財貨の支払いを拒絶する可能性もあると考えたのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


バルドーさんとレイモンドに頼まれてドラ美ちゃんも一緒に公都まで来た。いつものように仮拠点の建物を公都近くに設置する。

すぐに公都から何十台もの馬車と一緒に公王と宰相もやってきた。

今回はレイモンドさんとバルドーさんが、最終的な条約の締結と残りの財貨の引き渡しに訪れたのである。もちろんバルドーさんは久しぶりにムーチョさんに変身してである。

前回は宰相が仮の条約を締結して、正式な条約は公王がすることになっていた。
仮の条約では持ってきた財貨を引き渡す代わりに、正式な条約をするまでは関税の引き上げをしないことになっており。残りの財貨を支払った段階で正式に条約を締結して、関税をこれまでの3割以下に引き下げることになっていたのだ。

追い詰められていたホレック公国側のために、正式な条約はレイモンドが公都に赴いてすることになっていたのである。エクス群島に宰相達が来てから二十日後のことである。
宰相達は高速で移動できるように、兵士を減らし、他の船の魔術師を集めてエクス群島に来ていた。だから帰りも余裕を持って公都に戻り、公王や王宮内の調整も済んでいるのであろう。

私は隠密スキルで姿を隠し、公都に声が届く魔法を使うと、秘かに公都に向かうのであった。

公都の外壁には話し合いの経過を見ようと、裕福そうな人達が集まっていた。門を警備する兵士も様子が気になるのか、外壁に登っているのか誰もいなかった。公都の中は殺伐として、ゴミが散乱して腐ったような臭いが立ち込めていた。たぶん掃除するような労働者がいないのであろう。

公都には愚かにも公王が上機嫌でレイモンドと挨拶をしているのが聞こえている。たまに見かける住民は心配そうに話し合いを聞いているようだ。

王宮の手前まで行くと、吐き気のする光景が見えてきた。大量の罪人か何かの首が何十、何百と並べられていたのだ。近くには処刑するための舞台のようなものも設置され、血の匂いが充満してた。

そこに条約の内容を読み上げる宰相の言葉が聞こえてくる。声は嬉しそうな雰囲気に満ちており、王家が莫大な財貨で関税を引き下げたことを強調していた。町中からは歓迎する声があちこちから上がっていた。

しかし、俺は悲しい現実を目の前に発見していた。罪人の首の中に、先日エクス群島を訪問したメイソン財務大臣と他の貴族や役人たちの首もあったのだ。

どうしてこうなったのかはわからない。
宰相が何かしらの責任を彼らに擦り付けたのか、公王の不満の矛先にされたのかは分からない。今も公王と宰相は上機嫌で正式な条約の調印をしているのが聞こえていた。

俺は王宮にまで忍び込むと、なぜメイソン財務大臣達が罪人として処刑された理由を知ることになった。
正式な条約の締結が終わると、王宮に残っていた貴族たちがホッとして愚痴を溢しているのを聞いたのである。

公王は更なる財貨を出すことを嫌がった。宰相と相談してメイソン財務大臣達や財産を持っていそうな貴族に罪を着せ、罪人として一家もろとも処刑して財産を差し押さえたのだと話していた。
今後は自分達が標的にされないよう、気を付けないと危ないと怯えたように話していたのだ。

公王がレイモンドに自慢の息子だと声を掛けているのを聞きながら、俺は王宮の宝物庫からすべての財宝と財貨を奪った。宰相の家からも同じようにすべてを奪い、レイモンド達に合流する。

財貨の引き渡しが終わると、ドラ美ちゃんに乗ってホレック公国からエクス群島にすぐに戻ったのである。


   ◇   ◇   ◇   ◇


それから一ヶ月も経たずに、ホレック公国は滅亡した。

我々がエクス群島に戻った後、公王や宰相は10日ほど経ってから資産がほとんどなくなっていることに気付き、我々にも疑いを向けていた。

しかし、公王と宰相はお互いも疑い合い、二分する勢力ができたことで、一気に内戦に発展したのである。

戦闘が始まれば、裏ギルドも使える宰相があっと言う間に勝利したのである。

宰相はフォースタス公国の建国を宣言したが、これはホレック公国の消滅を意味した。

ホレック公国と交わした条約は、ホレック公国の消滅と共に無効になった。エクス自治連合は関税を元に戻してフォースタス公国を追い詰めた。元ホレック公国宰相のフォースタス公王は、エクス自治連合に抗議してきたが完全に無視した。

どさくさに紛れて逃げ出してきた人々は自治連合で受け入れた。

そしてバルドーさんと俺は、秘かに公都に行き、フォースタス公王が内戦で手に入れた資産の大半を奪ったのである。

追い詰められたフォースタス公王は残りの資産をかき集めると、僅かに残った船で帝国に逃げ出したのである。

もちろん俺達は船の資産も奪いましたが、……何か?

フォースタス公国は建国を宣言して一ヶ月も経たずに滅亡したのである。

残った貴族や富裕層は身の安全を図るために、ダンジョン島に逃げ出した。そして碌に人のいなくなった元ホレック公国の領地でダンジョン島以外は全てエクス自治連合の支配下となったのである。

レイモンドがダンジョン島をどうするか迷っている間に、ダンジョン島に移った貴族達が帝国に泣きつき、ダンジョン島は帝国の領土になったのであった。
しおりを挟む
感想 437

あなたにおすすめの小説

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

【幸せスキル】は蜜の味 ハイハイしてたらレベルアップ

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はアーリー 不慮な事故で死んでしまった僕は転生することになりました 今度は幸せになってほしいという事でチートな能力を神様から授った まさかの転生という事でチートを駆使して暮らしていきたいと思います ーーーー 間違い召喚3巻発売記念として投稿いたします アーリーは間違い召喚と同じ時期に生まれた作品です 読んでいただけると嬉しいです 23話で一時終了となります

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~

白い彗星
ファンタジー
十年という年月が、彼の中から奪われた。 目覚めた少年、達志が目にしたのは、自分が今までに見たことのない世界。見知らぬ景色、人ならざる者……まるで、ファンタジーの中の異世界のような世界が、あった。 今流行りの『異世界召喚』!? そう予想するが、衝撃の真実が明かされる! なんと達志は十年もの間眠り続け、その間に世界は魔法ありきのファンタジー世界になっていた!? 非日常が日常となった世界で、現実を生きていくことに。 大人になった幼なじみ、新しい仲間、そして…… 十年もの時間が流れた世界で、世界に取り残された達志。しかし彼は、それでも動き出した時間を手に、己の足を進めていく。 エブリスタで投稿していたものを、中身を手直しして投稿しなおしていきます! エブリスタ、小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも、投稿してます!

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

カフェ・ユグドラシル

白雪の雫
ファンタジー
辺境のキルシュブリューテ王国に店長が作る料理に舌鼓を打つ、様々な種族が集う店があった。 店の名前はカフェ・ユグドラシル。 そのカフェ・ユグドラシルを経営しているのは、とある準男爵夫妻である。 準男爵はレイモンドといい、侯爵家の三男であるが故に家を継ぐ事が出来ず高ランクの冒険者になった、自分の人生に悩んでいた青年だ。 準男爵の妻である女性は紗雪といい、数年前に九尾狐を倒した直後にウィスティリア王国による聖女召喚に巻き込まれた挙句、邪心討伐に同行させられたのだ。 しかも邪心討伐に同行していた二人の男によって、聖女を虐げたという濡れ衣を着せられた紗雪は追放されてしまう。 己の生きる道に迷っている青年と、濡れ衣を着せられて国を追われた女が出会った時、停滞していた食文化が、国が、他種族が交流の道を歩み始める───。 紗雪は天女の血を引くとも言われている(これは事実)千年以上続く官人陰陽師の家系に生まれた巫女にして最強の退魔師です。 篁家や羽衣の力を借りて九尾を倒した辺りは、後に語って行こうかと思っています。 紗雪が陰陽師でないのは、陰陽師というのが明治時代に公的に廃されたので名乗れないからです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。