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第7章 王都動乱

SS バルディアック②

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バルディアックは森の中を奥へと進んでいく。後方から矢が飛んできて、後ろを守る兵士が倒される。

少し進むと少し開けた草原に出る。それほど広くはないが草原を抜けるまで身を隠す場所がない。

「盾を持つものは背中に括り付けて最後尾からついてこい!」

男爵の指示で護衛騎士や男爵家の兵で盾を持ってこれた者達が準備する。

「よし王子とフリージア様を囲んで進むぞ!」

男爵が先頭に立ち草原を進んでいく。
最初は後方から矢が飛んできても、盾を背負う兵士たちでうまく防御できていた。しかし、少しずつ敵が草原の入口で横に展開して、徐々に横からも矢が飛んでくるようになる。

盾を持たない兵士たちに徐々に矢が当たり始める。バルディアックたちが草原を抜けた時には20名ほどしか残っていなかった。残った兵士の半分が体のどこかに矢が突き刺さっている状況であった。

「後ろをあけなさい!」

フリージアが叫ぶと後ろの兵士が左右に分かれる。フリージアは草原を見渡せるようになると、火魔術の中級魔法を放つ。

草原の半分ぐらいまで進んできた敵兵に、広範囲で魔法の火が襲い掛かる。こちらにも聞こえる敵兵の叫び声が響き渡り、矢による攻撃が一気に減る。

「きゃあ!」

「フリージア!」「母上!」

男爵とバルディアックがフリージアの元に駆け寄る。フリージアの肩には矢が刺さっていた。

「左右から来る敵兵に矢で応戦しろ!」

ディーンが護衛騎士に命令すると、すぐに矢で反撃を始める。数は少ないが、今度は向こうが隠れる場所がないので、すぐに敵は後退を始めた。

男爵はフリージアに布を噛ませると、一気に刺さった矢を抜いた。

「グフッ!」

フリージアは痛みで布を噛みしめる。矢が抜けると男爵がすぐにポーションを取り出し、傷口にかけ、もう一本取り出すとフリージアに飲ませた。

「これも飲んでおけ!」

フリージアはポーションを飲んでも気分を悪そうにしていた。それに気付いた男爵が魔力回復ポーションを飲ませたのだ。

「相変わらず無茶をする奴だ」

「へへへ」

男爵が貴族ではなく父親の顔でフリージアを嗜めると、フリージアは照れくさそうに笑った。それを見てこれが本来の母の姿だとバルディアックは思うのだった。

男爵がディーンの所に向かうと、フリージアがバルディアックに話しかける。

「バルディ、私も中々やるでしょ?」

得意気な表情で笑顔を見せる母親を見て、まるで同い年の少女だと錯覚しそうになる。

「確かに母上の魔術に驚きましたが、油断しすぎです!」

バルディアックは笑顔で母親を注意する。

「もう、バルディに褒めてもらいたかったのに!」

頬を膨らませ文句を言う母の一面を見て、驚きよりも不安の気持ちが少し癒される。

男爵とディーンが2人の所に戻ってくる。

「どうやら宮廷の人間も関わっていたとみて間違いないだろう」

男爵が悔しそうな表情で話した。

「俺もおかしいと思ったんだよ。平民出身の俺が王族の護衛隊長に命令されるのは異例中の異例だったからなぁ」

ディーンは悔しそうにしながらも、おどけた感じでバルディアックに話す。

「それはともかく、2人は絶対に守らねばならん。幸い向こうも後退したようだが、諦めると思えん」

「草原を左右に迂回する連中が居るみたいだ」

「お兄様」「叔父上」

足を引きずるように近づきながら話したのは、フリージアの実の兄であった。

「怪我した連中とここに残って敵をけん制する。父上は王子とフリージア様は連れて逃げてくれ」

「それはダメだ! そんな話より先に治療をしろ!」

バルディアックは怒って注意する。

「もちろん作戦が決まりましたら、治療を優先しますよ」

そう言いながら手元のマジックバックを掲げて見せる。すでに中には矢だけが入っているだけだった。先程ポーションや食料は父親に渡したのである。

「王子、何よりも王子とフリージア様の命が最優先です。息子には時間を稼いだら敵に降伏するように言ってあります。敵も降伏した相手を殺したりしないでしょう」

バルディアックは叔父の身が心配だったが、無理して兵士を死なせるよりは良いと思った。

しかし、バルディアック以外は敵が皆殺しを考えていると思っていた。
王族を人質とて利用することを考えている可能性はある。しかし、王族以外を生きて返すわけにはいかないと敵は考えるだろう。

「お、お兄様……」

フリージアは兄や父の考えを理解していた。しかし、何よりも王家の血が流れるバルディアックを、自分の息子を無事に逃がすことを優先しようと考える。

バルディアックは残る者達に1人ずつ声をかけると。心配そうにしながらも男爵に続いて森の奥に進み始めるのであった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


それから睡眠をとらず、真っ暗の森の中を男爵が先頭で進んで行く。一行はバルディアックを含め9名になっていた。

幸いフリージアの中級魔法の影響で魔物が逃げ出したのか、魔物に襲われることなく夜の森を進むことができた。

そして夜通し進んだ先で、また草原地帯に出る。慎重に進み始めると人ではなく魔物が襲撃してきた。相手はフォレストウルフである。

10頭以上の群であったが誰も怪我することなく倒すことができた。しかし、男爵とフリージアの体力の限界で歩くのが精一杯の状況になっていた。

そしてバルディアックは体力的な疲れよりも精神的に疲れていた。
何不自由なく王宮で過ごしてきた彼は、実戦など初めてだったのである。そして真っ暗な森を進むことがこれほど恐ろしいとは思わなかったのである。

バルディアックは夜目スキルを生まれながら持っていたが、特に鍛えることもなかった。真っ暗な森でも少しは見えているのだが、何時魔物が襲ってくるか、敵に追いつかれるかずっと不安に感じていたのである。

本人は気付いていなかったが、たった一晩で夜目スキルのレベルが上がり、気配察知のスキルが生えていた。

草原を抜けると魔物除けのポーションを周りに撒いて休憩することになった。バルディアックは男爵に渡されて枕代わりの鞄とローブを体にかけるとすぐに眠ってしまった。

それを確認すると男爵とフリージア、そしてディーンが少し離れた所で話し始める。

「私は体力的にそろそろ限界ね」

フリージアがそう告げる。

「私も年齢的にこの辺が限界だろう」

男爵も疲れた表情でそう話す。

「では私がフリージア様を背負いましょう」

ディーンが真剣な表情で提案した。

「ディーン、何より大切なのはバルディよ。私は国王の側室ですが元は男爵家の娘です。それほど重要な存在ではないわ。でもバルディは王家の血が流れているのよ。国にとっても重要で、敵にとっても重要な存在だと思うわ」

「「………」」

男爵とディーンは黙って話を聞く。

「私と男爵家の5人で囮として別方向に進むわ。ディーンは他の騎士2人とバルディアックを守りなさい。これは命令よ!」

「し、しかし!」

「あなた達は夜目も使えるし、身体強化も使える筈よ。バルディも使えるから全力で逃げなさい。今までは奥に真っ直ぐ進んできたけど、あなた達はあの山に向かいなさい」

フリージアは左手の方向にある山を指差して話した。

「あの山まで行くことはないわ。ある程度進んだら山を迂回するように進みなさい。そうすれば森を抜ければ隣の領に出られるはずよ。私達は草原の外周を反対に進んで、デンセット公爵領方面に進みます。できるだけ痕跡を残すから、あなた達は痕跡を残さないように進みなさい」

「ですが、バルディアック様が納得するとは思えません!」

「大丈夫よ。私が説得するから」

「………」

ディーンは王子の安全を考えると、フリージアの作戦が良いと思い黙り込んでしまう。

「こいつを持って行け。ポーションや武器、食料も入っている。それに王家からデンセット公爵に贈る品や金も入っている。お前に王子を託す!」

男爵は大きめの鞄をディーンに差し出す。鞄の中にはマジックバックが幾つも入っていた。

「あなた達はすぐに寝て万全の体調にしなさい。男爵家が見張りをするわ!」

「お前は休め、こうなるとお前の魔術に頼るしかない」

男爵は疲れ切った表情だったが、フリージアに休むように言う。

「わかったわ。先に休むからお父様も交代で休んでくださいよ」

「ああ、分かっているよ」

男爵は優しい眼差しでフリージアに答える。すでに普段の身分を気にしたやり取りでなく、親娘のやり取りに戻っているのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


バルディアックが目を覚したのは夜中だった。頭がすっきりして夜目がレベルアップしていることに気が付く。

起き上がるとディーンが近づいてくる。

「王子、ゆっくり休めましたか?」

「ああ、ただ寝すぎたようだ。すまない」

よく見ると全員が出発の準備を終えているようだ。みんなも休憩できたのか顔色が良くなっていた。

「いえ、疲れすぎたあの状態だと、危険だったと思います。全員がしっかり休憩できて良かったと思います」

ディーンの話がどこまで真実なのか分からない。しかし、全員に気合が入っているのは感じる。

母のフリージアがバルディアックに近づいてくる。

「この後の計画を話すわ」

真剣な母の表情にバルディアックは不安に思った。そして母の説明を聞いてバルディアックはその不安が的中したと思うのである。

「別行動するのは納得できません!」

「あら、私の話を聞いていなかったの?」

「聞いておりました。ですが母上と別行動するのは嫌です!」

「ふふふっ、母親としては凄く嬉しいけど、王族としては許されない発言ね」

フリージアは深刻さを全く感じさせない話し方で答えた。

「あなたと私を守るために何人も護衛を死なせたのよ。死んだ彼らのためにも私かあなたのどちらかは生きて帰らないと、彼らの死が無駄になるのよ。
それに、それぞれの特性を生かした編成で別々に移動することは、両方が助かる可能性も高くなるのよ」

その言い方はズルいと内心で思うバルディアックだった。それでも母親のフリージアと最後まで一緒に居たかった。だが……。

「わ、わかりました……」

納得はしていないし、そんな決断は絶対したくないと思った。しかし、王族として育ったバルディアックはそれを言う勇気はなかった。

そんな情けない自分に悔しくて涙が零れる。

そんなバルディアックを見てフリージアも泣きそうになる。それを誤魔化すようにバルディアックを抱きしめた。

「絶対に生きて帰るのよ。そしてもう一度あなたを抱きしめさせてね?」

「はい、母上!」

フリージアはさらに強くバルディアックを抱きしめる。

「バルディ、愛しているわ」

そう言うとバルディアックの額にキスをしてから離れる。

「さあ出発よ!」

そう言ってバルディアック達と反対方向に歩き始めるフリージア。彼女にはもう王宮でのおっとりとした雰囲気は全くなかった。

バルディアックはそんな母の姿を目に焼き付け、母が見えなくなるとディーンに肩を叩かれ、反対方向に進み始めるのだった。


   ◇   ◇   ◇   ◇


それからバルディアックたちは体力回復ポーションと魔力回復ポーションを使って、ひたすら全力で森を走り抜けるのであった。

斥候職の騎士が強い魔物に気付くと迂回し、追いつけない魔物は無視して進むのである。翌日の夜は移動を止め休息を取り、翌日は明るい時間の移動に切り替える。

昼頃に遠くから爆発音のような音が聞こえ、高い木に登って確認すると、遠くで森が燃えているのが見えた。

木から降りるとディーンが心配そうに話しかけようとした。しかし先にバルディアックが話す。

「今さら戻っても意味がないことはわかっている。だから前に進もう!」

今すぐにも全力で母の元に向かいたい衝動を抑え、ディーンにそう告げる。

ディーンは少し微笑むとバルディアックを抱きしめる。

「俺は一生あんたの護衛だ。辛い時は必ず一緒に居てやる!」

バルディアックはその言葉を聞いて、彼の胸で暫く泣くのであった。
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