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eruption
The invader is in the night ⑪
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籠手への集中はそのままに、俺は一つ深呼吸した。
ギターのトーンはギュンギュンに歪ませるのではなく、クリーントーンに少しだけ歪みをかけてジャキッとしたクランチ・サウンド。
BマイナーでコードはⅠ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅶ。つまりこの場合はBm、D、G、Aのコードを基本に組み立て、アルペジオで鳴らす。
G、A、Bmという、オーソドックスだが味わい深く叙情的なコード進行。
そして……。
「ゲンが、歌ってる……」
アルペジオの響きに、俺はハミングを乗せる。
和音をギターで、メロディーを声で奏でる。
久しぶりに歌うが、喉の調子は悪くない。
「この歌声は……」
レイラが呆然と呟く声に誘われたかのように、変化が起きた。
「チッ! やらせん」
表情から余裕が消え失せたキースはその変化を危険と見做したのか、三度ドラミングを変えてきた。
「これで終わりぐわぁっ⁉︎」
しかし終了の宣告は最後まで言い切ることが出来なかった。
何故なら陽炎のごとく空間を歪ませて顕れた籠手の右手に、強かに白蛇の頭が殴り飛ばされたからだ。
当然、大蛇の頭上にいたキースもタダでは済まなかった。
ただ、振り落とされるのは危うく回避したらしく、大蛇の胴にしがみついていた。
「何……あれ」
聖が見つめる先。白蛇と俺たちの間の虚空が波打つように歪みんでいく。
その歪みは徐々に強くなり、やがて人の形を成していく。
二等辺三角形に両眼の孔だけ空いた鋼鉄の面。鼻や口などのパーツはなく、眼だけがあるのっぺらぼうの様だ。
肩、胸、スカート状に腰、脚、そして籠手。それ以外は炎に包まれた───いや、炎そのものが鎧を当てているような巨人。
俺は直感で悟った。こいつは籠手の本当の姿。
俺だけの"情熱"では籠手ひとつ顕現させるだけだったが、おそらく聖とレイラ、二人の情熱や感情のようなものが俺の演奏を通して【擬似召喚魔術】に組み込まれたのだ。
頭を殴られた白蛇は、ジロリと炎の巨人をひと睨みすると、一層大きく尾を振り上げて振るった。
風切り音というにはあまりにも太い音。
今までで最大の威力であろうその一撃を、しかし炎の巨人は左手で難なく受け止めた。
尾が封じられたことに憤りを感じたのか、白蛇は「シャーッ」と唸って口から吹雪を吐き出す。
先刻は防げなかったが、今は大丈夫だと俺は確信していた。
ドミナント・コードからトニック・コードへポジションを変える。
俺は巨人の右手で防御のイメージを想起し、巨人は右手の五指を広げを蒼炎の楯を創って塞いだ。
そしてすかさず反撃に出る。
巨人は右足を砲弾のように勢いよく放ち、白蛇の頭部を蹴り飛ばした。
「おおっ⁉︎」
キースが悲鳴を上げ、とうとう白蛇の頭上から滑り落ちる。
彼にとっては不幸中の幸いにして、そのとき白蛇は六メートルほどまで頭を下げていたが、それでもその高さから人体がコンクリートに叩きつけられた音というのは聞いていて気持ち良いものではない。
キースはそのまま気絶したようで、ピクリとも動かなかった。まさか死んではいないだろうな。
あとは、あの白蛇をどうするか。
大蛇の方も突如顕れて自分を殴る蹴るした炎の巨人を警戒しているようで、微動だにせずに炎の巨人を睨んでいる。
膠着状態を破ったのは俺でもなく、ましてや白蛇でもなかった。
地響きと共に揺れる地面。電車の中くらいの振動だった。足元がおぼつかなくなる程だ。
「な、なんだ⁉︎」
「落ち着いて、大丈夫。【ゲート】よ」
もうこれ以上の異変は勘弁してくれという思いの俺に、レイラが言った。
ゲート? とおれが聞き返すよりも早く、白蛇の背後に巨大な石版が徐に地面から生えてきた。
高さ五メートル、幅が三メートルほどの黒鉛のような質感の、なんの飾りもない、板としか表現しようのない物体だった。
石版は表面を波立たせ、さらにその表面が瞬く間に伸びて大蛇に張り付くと、さながら引き伸ばされたゴムが元に戻るが如く、蛇ともども表面に引き込んだ。
蛇を呑み込んだマットな光沢の物体は、出てきたときと同じ真っ平らな板状に形状が戻り、再び地響きを伴って地面に埋まっていった。
「……」
俺たちの目の前に残ったのは、雄々しく佇む炎の巨人と伸びたキースだった。
「ひとまずピンチは脱したわ。さぁゲンキ、もしよければこの無粋な氷を融かしてもらえる?」
呆気に取られていた俺と聖は、レイラの言葉で我に帰ったのだった。
ギターのトーンはギュンギュンに歪ませるのではなく、クリーントーンに少しだけ歪みをかけてジャキッとしたクランチ・サウンド。
BマイナーでコードはⅠ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅶ。つまりこの場合はBm、D、G、Aのコードを基本に組み立て、アルペジオで鳴らす。
G、A、Bmという、オーソドックスだが味わい深く叙情的なコード進行。
そして……。
「ゲンが、歌ってる……」
アルペジオの響きに、俺はハミングを乗せる。
和音をギターで、メロディーを声で奏でる。
久しぶりに歌うが、喉の調子は悪くない。
「この歌声は……」
レイラが呆然と呟く声に誘われたかのように、変化が起きた。
「チッ! やらせん」
表情から余裕が消え失せたキースはその変化を危険と見做したのか、三度ドラミングを変えてきた。
「これで終わりぐわぁっ⁉︎」
しかし終了の宣告は最後まで言い切ることが出来なかった。
何故なら陽炎のごとく空間を歪ませて顕れた籠手の右手に、強かに白蛇の頭が殴り飛ばされたからだ。
当然、大蛇の頭上にいたキースもタダでは済まなかった。
ただ、振り落とされるのは危うく回避したらしく、大蛇の胴にしがみついていた。
「何……あれ」
聖が見つめる先。白蛇と俺たちの間の虚空が波打つように歪みんでいく。
その歪みは徐々に強くなり、やがて人の形を成していく。
二等辺三角形に両眼の孔だけ空いた鋼鉄の面。鼻や口などのパーツはなく、眼だけがあるのっぺらぼうの様だ。
肩、胸、スカート状に腰、脚、そして籠手。それ以外は炎に包まれた───いや、炎そのものが鎧を当てているような巨人。
俺は直感で悟った。こいつは籠手の本当の姿。
俺だけの"情熱"では籠手ひとつ顕現させるだけだったが、おそらく聖とレイラ、二人の情熱や感情のようなものが俺の演奏を通して【擬似召喚魔術】に組み込まれたのだ。
頭を殴られた白蛇は、ジロリと炎の巨人をひと睨みすると、一層大きく尾を振り上げて振るった。
風切り音というにはあまりにも太い音。
今までで最大の威力であろうその一撃を、しかし炎の巨人は左手で難なく受け止めた。
尾が封じられたことに憤りを感じたのか、白蛇は「シャーッ」と唸って口から吹雪を吐き出す。
先刻は防げなかったが、今は大丈夫だと俺は確信していた。
ドミナント・コードからトニック・コードへポジションを変える。
俺は巨人の右手で防御のイメージを想起し、巨人は右手の五指を広げを蒼炎の楯を創って塞いだ。
そしてすかさず反撃に出る。
巨人は右足を砲弾のように勢いよく放ち、白蛇の頭部を蹴り飛ばした。
「おおっ⁉︎」
キースが悲鳴を上げ、とうとう白蛇の頭上から滑り落ちる。
彼にとっては不幸中の幸いにして、そのとき白蛇は六メートルほどまで頭を下げていたが、それでもその高さから人体がコンクリートに叩きつけられた音というのは聞いていて気持ち良いものではない。
キースはそのまま気絶したようで、ピクリとも動かなかった。まさか死んではいないだろうな。
あとは、あの白蛇をどうするか。
大蛇の方も突如顕れて自分を殴る蹴るした炎の巨人を警戒しているようで、微動だにせずに炎の巨人を睨んでいる。
膠着状態を破ったのは俺でもなく、ましてや白蛇でもなかった。
地響きと共に揺れる地面。電車の中くらいの振動だった。足元がおぼつかなくなる程だ。
「な、なんだ⁉︎」
「落ち着いて、大丈夫。【ゲート】よ」
もうこれ以上の異変は勘弁してくれという思いの俺に、レイラが言った。
ゲート? とおれが聞き返すよりも早く、白蛇の背後に巨大な石版が徐に地面から生えてきた。
高さ五メートル、幅が三メートルほどの黒鉛のような質感の、なんの飾りもない、板としか表現しようのない物体だった。
石版は表面を波立たせ、さらにその表面が瞬く間に伸びて大蛇に張り付くと、さながら引き伸ばされたゴムが元に戻るが如く、蛇ともども表面に引き込んだ。
蛇を呑み込んだマットな光沢の物体は、出てきたときと同じ真っ平らな板状に形状が戻り、再び地響きを伴って地面に埋まっていった。
「……」
俺たちの目の前に残ったのは、雄々しく佇む炎の巨人と伸びたキースだった。
「ひとまずピンチは脱したわ。さぁゲンキ、もしよければこの無粋な氷を融かしてもらえる?」
呆気に取られていた俺と聖は、レイラの言葉で我に帰ったのだった。
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