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eruption

The invader is in the night ⑧

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 俺はもうギターを弾いていなかった。
 火柱が消えた後、廊下に倒れている部長と守屋の姿があった。
 無事だろうか……。
 俺が疑問を口にするより早く、レイラがさっと二人に駆け寄って容体を診た。

「まだ息はある。術は……大丈夫そうね。解けているわ」

    成功したのか?
 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、俺は肩で息をしていることに気づいた。だいぶ疲れたな。
 俺も二人の様子を見に行こうと思ったが、後ろから聞こえてきた拍手はくしゅに足を止められた。

「ふむ……素晴らしい。実に素晴らしいよ」

 スティックを脇に挟み、感銘を受けたと言った様子でキースが拍手をしていた。
 こいつの存在を忘れていた。
 皮肉を言っているのかと思ったが、俺の演奏中に仕掛けてこなかったことから、本当に感心していたらしい。

「擬似召喚魔術か。珍しい魔術だな。つい見入ってしまったよ。しかしあの魔術は、精密さと同時に持続力が必要だ。そんな高度な魔術を極東の学生が行使するとは……」

 そこでキースは顎鬚を撫でながら考え込む素振りを見せた。
 どうやらこのドラマーは思索に耽るタイプらしい。

「なるほど、その坊やは動力源にして奏者。そして魔術としての型を造っているのはレイラ、というわけか。ギターと演奏は……そうか、坊やの感情emotion魔力energyに変えるためのパーツにして儀式か」

「さすがね。ご明察よ」

 少しの思考で結論を導き出したキースに、澄まし顔で答えるレイラ。

「二人で一人の魔術師というわけか。面白い。同じ "音" を媒介にした魔術でも我々とは随分と趣が異なるな」

 そうなのか? 
 俺はレイラに視線で問いかけた。
 レイラは俺に一つ頷くと、簡単に説明した。

「キースは自分の演奏を呪文の代わりとして、魔術を発動させるの。魔力は通常、術者のものを使うのだけれど、今回はそこの二人のそれを使ったの。この【音響魔術】のメリットはバリエーションが豊富なことよ」

「その通りだ。例えばこんな風にな」

 両手に持った黒のスティックを自身の左手前で連打するキース。
 スネアの連打音に叩かれて、世界が事象を変化させる。
 キースの周囲の空間の温度が徐々に下がり、中空に無数の氷柱が浮かび上がる。

「レイラ、俺の後ろへ!」

 傍目にもあれがやばいモノだと判る。レイラは俺が言い終わる前に、俺の背後に回った。
 聖は先刻からずっと、俺を盾にしているので問題ない。
 ふわふわと空中を上下していた無数の氷柱が、ピタリと静止した。
 獣が獲物に飛びかかる前の予備動作を彷彿とさせる。
 俺はすかさずギターを掻き鳴らした。
 籠手が素早く俺たちをかばうように回り込んでくる。
 氷槍が俺たちに向けて発射された。その勢いは豪雨のごとく、一片たりとも容赦は感じられない。
 いくら大きいとはいえ、籠手は俺の体と同じくらいだろう。
 もしかしたらこの物量、総ては防ぎきれないかもしれない。
 だが弱気になってはいけない。
 多分 "想像" とは "こうあるべきだ" という想念なのだろう。出来ない、無理だと思ったら、可も不可になってしまう。
 生命の危機を感じた時、人は脳のクロック数が上がって時間が引き伸ばされたように、一瞬が何秒にも感じるというが、俺も瞬きのうちにそこまで考えていた。
 ローポジションでAメジャーのコードを押さえる。なんとなく "防衛" のイメージに相応しい気がしたからだ。
 果たして手甲は青白い炎を吹き上げ、炎は籠手を中心に炎の壁を築き上げた。
 氷柱の集中砲火は、炎の壁に阻まれことごとく消滅していった。

「ふむ……。まさかこれほどとは。正直驚かされたよ。ここでは少し地の利が悪いようだ」

 苦笑気味にそう言うと、キースは左手で持ったスティックで左前方の虚空を叩いた。

 シャアァァァァァァァン。

 クラッシュ・シンバルの音だと思った瞬間、太陽の如く眩い閃光が弾けた。、俺たちは目が潰れないように、瞼だけではなく両手を使って目を守った。

「くっ……あ、あれ? キースはどこに行った?」

 閃光が収まった時、キースの姿は消えていた。

「逃げた……の?」

 聖はポカンと疑問を口に出した。その声には『助かったの?』という、幾ばくかの安堵が含まれていた。

「失望させるようで申し訳ないけれど、どうやら逃走ではないみたいよ。一旦外に出ただけみたい。今は校門の所に陣取っているようね」

「はぁ? 何であんたにそんな事わかるわけ?」

 レイラの答えに食ってかかる聖。聖にしては珍しいことに、何故か喧嘩腰だ。

「それを説明している時間は無いわ。ゲンキ、これはチャンスよ。いまのうちに凍結された人達を助けましょう」

「あ、ああ。けど、どうやって?」

「当然、これよ」

 レイラはサムズアップした指を籠手に向ける。
 そこには、まだ己の役目はあるとばかりに手甲が宙に浮かんで待機していた。
 改めて見ても、まるで現実感がない。しかし、だからこそその圧倒的な存在感が際立ってしまう。

「ゲ、ゲン。こ、これ……何?」

 目を丸くする聖。そりゃそうだ。宙に浮いた巨大な手甲だものな。

「悪いジリ、それもまた後で説明する」

 とにかく今は、一刻も早く氷漬けにされた生徒達を何とかしなければ。
 俺は心を落ち着かせ、ギターを構える。
 氷を溶かすイメージ。

「ゲンキ。ビバルディは知っている?」

 俺を導くかのよう、レイラが古典の作曲家の名を挙げた。
 俺はなるほどと頷くと、アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディの代表曲【春】を弾いた。
 本来はヴァイオリンなどの擦弦楽器でのアンサンブル曲なので、エレキギター一本ではうら寂しい。
    そこでリバーブ、ディレイなどの空間系エフェクターを音に織り込み、さらに中音域を上げることで温かみのある音にした。
 ギターの音に呼応するかのように鋼鉄の籠手が五指を開き掌を天に向けると、微細に振動した。そしてガッと力強い音を立て再び拳を握ると、緑色の炎が唸りを上げて廊下全体に広がった。

「きゃあっ⁉︎」

「……っ‼︎」

 聖は悲鳴を上げ、レイラも声こそ上げなかったが、その瞳は驚愕に満ちていた。
 やはりと言うか、俺たちにはこの炎は無害のようだ。
 緑炎が校舎全体を包み込む。
 曲の主題が終わったところで、レイラが軽く手を挙げてストップをかけた。

「もういいわ、ゲンキ。どうやら全員無事に元に戻ったみたい。気は失っているみたいだけれど」

 目を閉じ耳を澄ませながら報告するレイラ。精霊っていうのは便利だな。

「さて、これからどうする?」

 俺の安堵からか籠手が薄っすらと消えたのを見つつ、俺はレイラに訊いた。
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