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eruption
The invader is in the night ⑥
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「キース……リーブス」
苦みばしった口調で、レイラはその名を口にした。
キース・リーブスと言えば、知る人ぞ知る世界的な名ドラマーだ。それがなぜこの学校に?
そしてなぜ聖を襲っているのか。
「レイラ……か。君が日本に来ているのは知っていたが、まさか目的は俺たちの邪魔をすることではないだろうな?」
重々しく口を開くキース。英語で喋っているからよく聞き取れないが、どうやらレイラとは知り合いらしい。
「そのまさかよキース。私の方こそまさか、こんな大それたことをやってのける魔術師が、貴方だったとは思わなかったわ」
レイラの皮肉めいた返答を眉をピクリとあげるキース。
「人は成長するものだよ、レイラ。たとえ何歳になろうともね。とは言え確かにここまで『魔術』を維持し続けるのは、私一人では難しいな」
「でしょうね。ではどのような方法で不可能を退けているのか、ご教授願いたいわね」
「賢い君のことだ。大凡の見当はついているんだろう? それよりも」
そう行ってキースは、鋭い視線を俺に向ける。
「魔術を実質的に行使できないはずの君が、この魔術的かつ物理的に封鎖された建物へ侵入し、あまつさえ、そちらのお嬢さんに掛けた私の魔術を台無しにできたのは、そこの坊やのおかげかな?」
「それこそ訊くまでもないわ。たったいま彼の成したことを見たでしょう? 見たままのことを問うのは愚問でしかないわ」
敵愾心丸出しのレイラの剣幕に、「やれやれ」と首を振るキース。
「しかし、だとすると妙だな。日本も魔術師気取りの術者は少なくないが、我々と同じ "音楽』 " を媒介とした魔術を使えると言う報告は読んだ覚えがないが……まぁいい。坊や───」
そこで初めてキースは俺に話しかけた。しかも、有り難いことに日本語だ。実はヒアリングは何とか出来ても、スピーキングは殆ど出来ないのだ。
「───おそらく君の友人だろうが、君の後ろのお嬢さんを引き渡してもらいたい」
聖を? 何故だ?
しかし、俺が疑問を口にするよりも、先にレイラがキースに噛み付いた。
「そう言われて『ハイどうぞ』なんて言えるワケが無いでしょう? 貴方たちの───いえ、彼の目的は分かっているけど、何の関係もない一般市民を無差別に襲うなんて、常軌を逸しているわ」
「私はをこの坊やに話をしているんだがな。まぁ確かに、今日は彼の───いや、我々の目的には直接関係はない。たまたま昨日のライブで贄となった者の中に、我々の音楽に対して非常に情熱を発する者がいてね。しかも二人とも若くて活力旺盛ときている。素晴らしい逸材だ」
「そこでその二人を『屍鬼』にしたのね」
歯噛みして呟くレイラに対し、キースは教師が生徒を褒めるように言った。
「話が早くて助かるよ。そこで私は以前から構想を練っていた、【屍鬼】から魔力を引き出す実験を試みようと思った。魔力を効率よく引き出すために愛着のある場所を案内させたら、二人ともここに来たのは偶然だったがね」
「そう、やっぱりね。『屍鬼』とした人間から強制的に魔力を絞り出して、ここまでの範囲と持続時間を実現させたのね。ではもうその実験とやらはもう十分でしょう? 屍鬼とした人たちを解放して、引き揚げてもらえるかしら?」
「ところがそうはいかなくなった。これこそ偶然に感謝すべきだが、そのお嬢さんは普通の人間より優れた魔力抵抗を持っている。ぜひ連れて帰ってサンプルにしたい」
自分の話をしているのに気付いた聖が、俺のブレザーの裾をぎゅっと摘む。
ひとまず聖だけでもこの場から脱出させたい。
幸いにもキースはレイラと話をしている。二人が知り合いなのは驚いたが、よく考えたらキースも所属レーベルはレイラたちの会社だ。
それに、魔術なんて胡散くさい世界の人間だ。知人であっても不思議はない。
よし、この二人が話をしているうちに、聖だけでも逃が───
「うわっ。また来た……」
心底嫌そうな声で聖が呻くように言う。
何ごとかと、俺が振り向いた先には……。
「高梨部長⁉︎ それに守屋も……」
俺の学校の、そして部活の先輩と後輩の姿があった。
二人とも俺、聖、レイラを挟んでキースとは逆方向に現れた。
ただ、様子が尋常ではない。
先輩と後輩の様子。現在の会話を鑑みた結果、俺は消去法で嫌な答えを導き出した。
「なぁレイラ、もしかしてこの二人───」
部長と守屋を指差して、俺はレイラに尋ねる。レイラは俺に皆まで言わせずに「そうよ」と肯定した。
「あれが『屍鬼』。本来は死した屍を己の傀儡とする魔術なんだけど、どうやらちょっと違うようね」
「……どう言うことだ?」
「安心してゲンキ。死した人間には魔力がないの。逆巻きに言えば、あの二人はまだ生きている。それも時間の問題だけれど」
レイラの言葉にいったん安堵しかけたが俺だが、その口ぶりから悠長なことを言っている場合ではないと察した。
「あの二人を元に戻す方法はあるのか?」
「ええ、あるわ。あの二人を正常に戻し、その娘を救い、なおかつ私たちが無事に帰れる取って置きの方法が」
「それはパーフェクトだな。そんな都合の良い方法があるなら是非教えてくれ」
是非と言いつつ俺の語気は勢いがなかった。もう答えが予想できていたからだ。
「とても簡単よ。キースをknock-outすればいいの」
「……そんなことだろうと思ったよ」
しかし、それしか選択の余地はなさそうだった。とはいえ実質的に三人を相手取らなければならない。
さて、どうするか。
目の前のキースが平和的な話し合いに応じてくれるとは思えない。
「ふむ……。良く解らんが、話は纏まったようだな。そこの坊やには興味があるが、こちらはもう時間がない。悪いが実力行使させてもらうぞ」
物騒な宣言をすると、キースは右手に握ったスティックを勢いよく振り下ろした。
ドォォォン!
どのような原理によって為されているか解らないが、フロア・タムの音が校舎に轟いた。
空気の振動が "令" として部長と守屋に届いたのが解った。
『あ……あー、あー』
部長と守屋は苦しそうに異口同音で呻いた。
苦しいわけだ。
部長は氷で、守屋は炎で身体中つつまれたのだから。
「部長っ!守屋っ!」
俺は堪らず呼びかけた。
「大丈夫よゲンキ。彼らが攻撃されたわけではないから。あれは、ヨロイよ」
鎧。
ということは当然、戦うということか。
正直、俺は躊躇していた。
正気で無かろうが操られていようが、部長も守屋も俺の先輩と後輩であり、軽音部の仲間だ。
俺の躊躇いを忖度したのか、レイラが支持を出す。
「まずは彼ら二人を無力化……いえ、救い出しましょう。あっ!」
最後の驚きは、守屋が矢庭に動いたからだ。
守屋がフリスビーを投げるような動作で、右腕を振る。その軌跡を追うように炎が広がり、俺たちに迫りくる。
「ゲンキ‼︎」
レイラが何を言いたいのかを察した俺は、考えるよりも先に両手の指を動かしていた。
想像したというよりはむしろ防衛本能に近かったが、なんとか俺の望み通りにそれは顕れた。
紅蓮の炎を内包した巨人サイズの鋼鉄製の籠手が、夜の闇と自らが発する炎を照り返し、力強く浮き上がっていた。
苦みばしった口調で、レイラはその名を口にした。
キース・リーブスと言えば、知る人ぞ知る世界的な名ドラマーだ。それがなぜこの学校に?
そしてなぜ聖を襲っているのか。
「レイラ……か。君が日本に来ているのは知っていたが、まさか目的は俺たちの邪魔をすることではないだろうな?」
重々しく口を開くキース。英語で喋っているからよく聞き取れないが、どうやらレイラとは知り合いらしい。
「そのまさかよキース。私の方こそまさか、こんな大それたことをやってのける魔術師が、貴方だったとは思わなかったわ」
レイラの皮肉めいた返答を眉をピクリとあげるキース。
「人は成長するものだよ、レイラ。たとえ何歳になろうともね。とは言え確かにここまで『魔術』を維持し続けるのは、私一人では難しいな」
「でしょうね。ではどのような方法で不可能を退けているのか、ご教授願いたいわね」
「賢い君のことだ。大凡の見当はついているんだろう? それよりも」
そう行ってキースは、鋭い視線を俺に向ける。
「魔術を実質的に行使できないはずの君が、この魔術的かつ物理的に封鎖された建物へ侵入し、あまつさえ、そちらのお嬢さんに掛けた私の魔術を台無しにできたのは、そこの坊やのおかげかな?」
「それこそ訊くまでもないわ。たったいま彼の成したことを見たでしょう? 見たままのことを問うのは愚問でしかないわ」
敵愾心丸出しのレイラの剣幕に、「やれやれ」と首を振るキース。
「しかし、だとすると妙だな。日本も魔術師気取りの術者は少なくないが、我々と同じ "音楽』 " を媒介とした魔術を使えると言う報告は読んだ覚えがないが……まぁいい。坊や───」
そこで初めてキースは俺に話しかけた。しかも、有り難いことに日本語だ。実はヒアリングは何とか出来ても、スピーキングは殆ど出来ないのだ。
「───おそらく君の友人だろうが、君の後ろのお嬢さんを引き渡してもらいたい」
聖を? 何故だ?
しかし、俺が疑問を口にするよりも、先にレイラがキースに噛み付いた。
「そう言われて『ハイどうぞ』なんて言えるワケが無いでしょう? 貴方たちの───いえ、彼の目的は分かっているけど、何の関係もない一般市民を無差別に襲うなんて、常軌を逸しているわ」
「私はをこの坊やに話をしているんだがな。まぁ確かに、今日は彼の───いや、我々の目的には直接関係はない。たまたま昨日のライブで贄となった者の中に、我々の音楽に対して非常に情熱を発する者がいてね。しかも二人とも若くて活力旺盛ときている。素晴らしい逸材だ」
「そこでその二人を『屍鬼』にしたのね」
歯噛みして呟くレイラに対し、キースは教師が生徒を褒めるように言った。
「話が早くて助かるよ。そこで私は以前から構想を練っていた、【屍鬼】から魔力を引き出す実験を試みようと思った。魔力を効率よく引き出すために愛着のある場所を案内させたら、二人ともここに来たのは偶然だったがね」
「そう、やっぱりね。『屍鬼』とした人間から強制的に魔力を絞り出して、ここまでの範囲と持続時間を実現させたのね。ではもうその実験とやらはもう十分でしょう? 屍鬼とした人たちを解放して、引き揚げてもらえるかしら?」
「ところがそうはいかなくなった。これこそ偶然に感謝すべきだが、そのお嬢さんは普通の人間より優れた魔力抵抗を持っている。ぜひ連れて帰ってサンプルにしたい」
自分の話をしているのに気付いた聖が、俺のブレザーの裾をぎゅっと摘む。
ひとまず聖だけでもこの場から脱出させたい。
幸いにもキースはレイラと話をしている。二人が知り合いなのは驚いたが、よく考えたらキースも所属レーベルはレイラたちの会社だ。
それに、魔術なんて胡散くさい世界の人間だ。知人であっても不思議はない。
よし、この二人が話をしているうちに、聖だけでも逃が───
「うわっ。また来た……」
心底嫌そうな声で聖が呻くように言う。
何ごとかと、俺が振り向いた先には……。
「高梨部長⁉︎ それに守屋も……」
俺の学校の、そして部活の先輩と後輩の姿があった。
二人とも俺、聖、レイラを挟んでキースとは逆方向に現れた。
ただ、様子が尋常ではない。
先輩と後輩の様子。現在の会話を鑑みた結果、俺は消去法で嫌な答えを導き出した。
「なぁレイラ、もしかしてこの二人───」
部長と守屋を指差して、俺はレイラに尋ねる。レイラは俺に皆まで言わせずに「そうよ」と肯定した。
「あれが『屍鬼』。本来は死した屍を己の傀儡とする魔術なんだけど、どうやらちょっと違うようね」
「……どう言うことだ?」
「安心してゲンキ。死した人間には魔力がないの。逆巻きに言えば、あの二人はまだ生きている。それも時間の問題だけれど」
レイラの言葉にいったん安堵しかけたが俺だが、その口ぶりから悠長なことを言っている場合ではないと察した。
「あの二人を元に戻す方法はあるのか?」
「ええ、あるわ。あの二人を正常に戻し、その娘を救い、なおかつ私たちが無事に帰れる取って置きの方法が」
「それはパーフェクトだな。そんな都合の良い方法があるなら是非教えてくれ」
是非と言いつつ俺の語気は勢いがなかった。もう答えが予想できていたからだ。
「とても簡単よ。キースをknock-outすればいいの」
「……そんなことだろうと思ったよ」
しかし、それしか選択の余地はなさそうだった。とはいえ実質的に三人を相手取らなければならない。
さて、どうするか。
目の前のキースが平和的な話し合いに応じてくれるとは思えない。
「ふむ……。良く解らんが、話は纏まったようだな。そこの坊やには興味があるが、こちらはもう時間がない。悪いが実力行使させてもらうぞ」
物騒な宣言をすると、キースは右手に握ったスティックを勢いよく振り下ろした。
ドォォォン!
どのような原理によって為されているか解らないが、フロア・タムの音が校舎に轟いた。
空気の振動が "令" として部長と守屋に届いたのが解った。
『あ……あー、あー』
部長と守屋は苦しそうに異口同音で呻いた。
苦しいわけだ。
部長は氷で、守屋は炎で身体中つつまれたのだから。
「部長っ!守屋っ!」
俺は堪らず呼びかけた。
「大丈夫よゲンキ。彼らが攻撃されたわけではないから。あれは、ヨロイよ」
鎧。
ということは当然、戦うということか。
正直、俺は躊躇していた。
正気で無かろうが操られていようが、部長も守屋も俺の先輩と後輩であり、軽音部の仲間だ。
俺の躊躇いを忖度したのか、レイラが支持を出す。
「まずは彼ら二人を無力化……いえ、救い出しましょう。あっ!」
最後の驚きは、守屋が矢庭に動いたからだ。
守屋がフリスビーを投げるような動作で、右腕を振る。その軌跡を追うように炎が広がり、俺たちに迫りくる。
「ゲンキ‼︎」
レイラが何を言いたいのかを察した俺は、考えるよりも先に両手の指を動かしていた。
想像したというよりはむしろ防衛本能に近かったが、なんとか俺の望み通りにそれは顕れた。
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