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そして幕は上がる

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 時は巡る。
 
 ――その日のことを私は一生忘れないだろう。

 スタアは里に新たに建立された大きな白い劇場を見つめる。
 最初の公演が終わった瞬間の光景と――そのあとを私は一生覚えている。
 歓喜と興奮と――新たな『敵』が現れた、あの時を。

 ※※

「さて、準備はいいかい?」
 
 エルフの里は朝から普段とあまりにも違う賑わいを見せていた。

 ――ついに、公演初日を迎えたのだ。

 前乗りしてきた貴族やマウンテン一家の女性たちが買い物や観光している姿が里のあちこちで見られた。
 各地で話題になっていたとはいえ、この数は――とエルフ達も驚きを隠せないでいた。

(緊張しているな。当然か)

 控室に集まったエルフジェンヌたち、レイは舞台監督として彼女らの様子を観察していた。

 完成した大劇場――収容人数1000人のそれはこの世界における最大規模の劇場だった。
 半円形の形の白い建物の中には売店もレストランもあり、アメニティも充実している。
 見たこともない設備が数多く、案内用の立て板も、店員も多かった。

 劇場は元々精霊樹のあった洞――そのすぐ上に建てられている。
 新しい精霊樹の芽が生えたのはその少し横のほうで、そこは広い中庭になっている。
 
『観客からの力を得たら色々劇場がパワーアップすると思うよ?』

 とは精霊樹すみれちゃんの弁である。

 これだけの規模とプロモーションを経て、すでに期待値は高まるだけ高まっていた。それは彼女たちの緊張も――である。

「人前でやることは初めてじゃない」

 レイは皆の前で口を開く。

「だが、これだけの人数を集めての公演は初めてで、当然のように舞台は生ものだ。なにが起きるのかわからない。ひょっとしたら舞台中に客席で喧嘩が起きないとも限らない。しかし――だ」

 レイはもう一度彼女らを一瞥し、普段通りの笑顔を見せた。

「君たちがやるべきことはいつも通りのパフォーマンスで『お客様』に夢を与え楽しませることと『自分たちが』楽しむこと、だ。決して笑顔を忘れずに、ね」

 みな――天井を見て、息を吸って。

 レイの合図で、全員が大きく息を吸い込む。

「はい、こっちみる」

 天井を見ていたエルフ達がレイの顔を見ると――

「「「ぶっ!」」」

 レイの変顔に思わず全員が噴き出してしまった。
 ひとしきり笑い、皆が落ち着いたタイミングでレイは宣言した。

「今できる最高を、お客様と精霊樹(すみれちゃん)に届けようじゃないか」
「「「おーーーーーーーー!」」」

 ※※

 観客席は異様な雰囲気に包まれていた。
 客席の8割が女性で占められた空間。物珍しさから集まった層が半分、残り半分は実際に劇団の宣伝公演を見た層だった。
 期待と不安――そして――。

「はん、見てみたいとゴルドに誘われて来てみたが、本当に女性ばかりの劇団なんて成立するのか?」

 そう言って前方の席でふんぞり返る、銀のストライプ柄の赤い軍服に身を包んだ美丈夫がいた。その横にはゆったりとした翠のローブを纏った長い金髪の細身の美丈夫がその様子を見て微笑みを返す。
 傍から見れば溜息の零れそうな美男子の並びである。

「まあいいじゃないかシルバ。嫌ならわざわざ出向くこともなかっただろうに」
「はん、まあ一度ぐらいは巷で噂の『女だけの歌劇団』てやつを拝んでやろうと思ってな。女だてらにそんなもんが出来るのかってね。女は女、男は男。そう役割を決めて育てられるのが世の常だ。そのせいで俺は家族の中で最も強いし有能だが――領主にはなれねえんだから」
「……『シルヴィ』」
「やめろ、その名で呼ぶな」

 ゴルドは肩を張って溜息を吐くシルバを優しく見つめる。

『シルバ』こと『シルヴィア』は男装の麗人である。
 男勝りの暴れん坊として育ち、頭脳の方も兄妹の中では図抜けていた。しかし、彼女は女であり、男系を優先する貴族社会においては出世の道などありえなかった。

「女みたいなりをしてると舐められるんだよ。俺より弱っちい上に、馬鹿な奴らに。本当にめんどくせえ」
「ふふ」
「何笑ってんだ? いいか、つまらねえもんだったら承知しねえからな。形ばかり男を真似たような奴らだったら……」
「まあまあ、あとは実際に見てのお楽しみってことで。……それにね、シルバ。僕は純粋に興味があるのさ、吟遊詩人として、ね。ほら、見てごらんよ」
「あん? なんだその手に持ってる変なもんは?」

 ゴルドは覗き口のある奇妙な道具を2つ、手に持っていた。

「さっき貸出があったから借りておいたんだ、ほら君の分だ」
「……どうやって使うんだ?」
「ほら、こうやって覗くんだ」
「うわ、なんじゃこりゃ……」
「遠くを見るための道具『オペラグラス』って言うらしいよ。舞台をよりよく見てもらうためだって、配布してたんだ。ね、すごいでしょ? それに……目立たないように隠しているけど、各所にどうみても魔道具が仕込まれている。あれが舞台装置だとしたら――どう働くんだろうね?」
「まじか……うん? 確かに変だな、密閉された劇場にも関わらず、息苦しくねえ。なんか使ってんのかこれ。だとしたら、とんでもねえ金の掛けようじゃねえか」

 改めてシルバは劇場の端々を見る。

(きめ細けえ仕事してやがるな。この椅子だって、ものすげえ高いだろ。それにあの舞台の前にある橋みてえなのはなんだ? ふん、俄然興味が湧いて来やがったぜ)

「はぁん、さてどんなお手並みか拝見させて貰おうじゃないか。つまらないものだったら――」

 ――カラン、コロン。

 どこからともなく、開演を知らせる鐘の音が劇場に鳴り響く。
 劇場内のざわめきが止み、一瞬静寂が訪れたタイミングで――。

『――本日はようこそおいでくださいました。華組のアクア・スターです』

 響きあるアルトボイスが客席に響く。念のため付記すると、アクア・スターとはアクアの芸名である。

(――どこから!?)

 客席に思わずどよめきが走る。
 魔法の中には風で遠くに音を届けるものもある。客のいくらかはそれだろうか、とあたりをつけたが魔法を身に着けている者はより深い困惑を覚える。
 舞台袖でそれを見ていたドワーフたちは思わず親指を立て合う。
 彼らが、レイが見つけたという音響を増幅する石を埋め込んだこの世界初の『マイク』を生み出していた。


(――魔法なのか? 一体、どうやってこの広い空間に声を響かせてるんだ?)

 ゴルドは微笑みを崩していないが、内心は冷や汗を流していた。
 このような舞台装置を彼は全く知らなかったからだ。

『本日は、この歌劇団――『アナザータカラヅカ』旗揚げ公演になります。皆さま――心ゆくまでお楽しみ下さい』

 ざわめきはまだ収まっていなかったが、落ち着きあるその声に促されるように次第に静まっていく。

『それでは! お待たせいたしました! 『ミステリアスエレメンタル・ショー Re:BIRTH 二十二場を、指揮レイ=アマツカによってお送りします』

 銀橋――舞台最前列の席のすぐ前にある、舞台左右を繋ぐ細い橋。そのすぐ向こう側がオーケストラピットと呼ばれる音響を操る場所になっている。そこからちょこんと顔を出したレイが客席に向かって頭を下げる。

 響く拍手――そして、舞台の幕は上がった。
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