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公演へ向けて

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 三か月後――。

「ほら、もっと足は高く! 左から2番目、半音遅れている!」

 エルフの里――その精霊樹の洞の前で早朝から厳しい練習が始まった。
 
 指導するのはミカだ。彼女には『組長(クラスマスター)』の座が与えられ、イチゾーとレイから指導に関することをみっちりをみっちり叩き込まれていた。

 あの後、彼女たちは今すぐにでも――と練習をしようとしたが、それを止めたのはレイである。

「まず――座学から始めるべきだね」

 基本的なダンスの技術は既に備わっていたエルフ達に必要なものは『歌唱』それと『演技力』――そしてなにより『心構えと知識』であった。

『清く正しく美しく』

 この言葉をまずイチゾーが授ける。今も続く、宝塚の絶対不文律である。

「シンプルだけど、これを守れない者はうちの歌劇団には不要だ。遵守するように心がけてほしい。そして、イチゾーさんがこの異世界宝塚歌劇団の理事長(ギルドマスター)。私が副理事長(サブマスター)兼、講師、そして演出家だ。私のことは気に食わない者も多いだろうが逆らうような真似は慎んでもらいたい――とはいっても」

 そういうとレイは歩み出て、高いジャンプを見せつける。

「スタア」

 続けてそう呼びかけると彼女を引き寄せ踊り始めた。

 全員が圧倒され絶句していた。その技術――二人が放ち続ける華々しいオーラに。
 踊り終え、レイはエルフ達に向き直る。

「これが今の君たちと僕らの差だ。そのあたりを踏まえたうえで――是非歯向かいに来てくれるなら、それなりの対応をしようじゃないか」

 歯噛みする者もいたが、圧倒的な実力差を見せつけられそれを口にできる者はいなかった。

「それではミカさん。貴方に今後の教育に関してのお話を致しますので、お付き合いください」

 レイはミカに教育係としてのそれを半月でたたき込み、元々指導者としての素質のあったミカはそれによく応えた。

 レイはミカに指導方法を叩き込んだのち暫く座学でタカラジェンヌとしての心構えと演目への知識を深めさせた。演目への理解も含め、それこそ年単位でかかるであろう知識の塊を彼女は驚くべき速度で吸い上げた。なぜなら――。

「異世界って便利だなあ、ってこういう時感じるわ……」

 自室でミカが自身で調合した魔法のポーションを飲み続けながら、それこそ不眠不休でスカステを見続けている姿をこっそり覗いていたレイはそう呟く。

「……覗きが趣味とは感心致しませんわ」
「ああ、ごめんなさい」
 
 レイは物陰から出て、部屋の中へと入る。
 ミカに気づかれていることは織り込み済みだった彼だが、一応謝ってみせる。

「いえ、私は本来もっとあなたに感謝すべきでしょう。これほどの知識と芸術を我らに提供してくださっているのですから」

「僕らのいた世界ではこのぐらいの舞台があるのは当然のことだと思われていた時もある。でも――」

 彼は映像の中で踊る憧れのトップスターを見つめる。

「それは当然のことなんかじゃなく、どれもかけがえのない夢のような煌きだったのだと、失った時にわかる」

 ――そしてそれは、失う直前の瞬間が、もっとも煌いているのだ。

 そう付け加えた彼の言葉にミカは頷く。

「だからこそ、精霊樹を元に戻すだけの力がこの舞台の上にある、と私は確信出来ます」

 エルフ達の中には当初、まだ彼らの言い分を疑う者はいた。最初こそ宝塚の映像の破壊力による勢いで賛同を示した彼女たちだったが、少し冷静になればそういう考えを持つ者も現れるのは当然と言えた。

 しかし、ミカは先頭に立ち彼女たちを説得した。彼女秘蔵のお宝本(アーティファクト)を開示して。(宝塚GRAPH及び歌劇など)

 そこに描かれたいたものが動いている映像と合わさり説得力を増し、アクアを除く全員は練習に参加し始めた。

「あれは助かりました。しかし皆がきちんと舞台に嵌ってくれるかは多少賭けではあったのですが」
「いえ、元々素養はあったのです。それを証拠に今は皆――日々宝塚の魅力に取りつかれて行っております。笑顔も――増えました」

 スカイステージから流される映像の魔力は日々彼女らを虜にしていった。
 鬱屈した日々、先の見えない不安も相まり、引き込まれるのも必然と言えたのかもしれない。

「彼女たちの楽しそうな顔を見ていると私も幸せを感じます。私は駄目な指導者でした。何も――させてあげられなかった」

 ミカの笑顔に一瞬破顔したレイだったが、すぐにそれを引き締めた。

「ですが、これからです大変なのは」

 真剣な表情のレイに、ミカは『聞きたくなかったこと』を尋ねた。

「それでは――『いつまで』このスカイステージは見られるのでしょう?」
「……気づいておいででしたか」

 寂しそうに、愛おしそうに――二人はスカイステージに映るスターたちを見守る。

「ええ、イチゾー様がお使いになった際、すでに宝珠に綻びが生まれておりましたことに気づきました。もう長くはもたない、と」

 イチゾーが最初に宝珠を使った際に不意に途切れた映像。
 それは意図的なものではなく――不具合によるものだった。
 経年劣化、魔力枯渇、配信障害――原因はイチゾーにも分からず、元々壊れ始めていたのだ。

「だから、失われる前に我々がまずそれを見ておくことが重要なのです。次へと繋ぐためには観ねばわからぬことがこの世にはありますので」

「――ええ、その通りです。しかし、レイ様は具体的には、今後どうなさるおつもりなのですか?」

この感動を伝えてゆくことに、ミカは崇高な使命感を感じていた。それを理解してもらえたことが、同士が生まれたことがレイには何よりも嬉しかった。

「演目を定期的に行います。それも、観客の前で」
「観客――つまり、ここに人を入れると? イチゾー様に捧げるだけでいいのではないのですか?」
「はい。人々がこの舞台を観ることによって発生した感情こそが魔力の煌きとなり、精霊樹復活の力となります。なので、観客を入れることはマストですね。それに、精霊使であった彼女たちエルフに舞台に立つ喜びを味合わせて上げねばなりません。スカイステージを失ったそのあとに彼女たちに必要になるものですから」

 ミカは深く頷く。それこそが『生きがい』になるとわかっていたからだ。

「あの――それで演目は何を?」

 この質問はかなり重要なものだった。
 レイの表情が自然と引き締まるのを見てミカも緊張の度を高める。

「まだ劇は早いでしょうね。ショー形式でだけ、始めようと思っています」

 通常宝塚の公演は劇とショーからなる二幕形式か全幕通しての劇に、フィナーレというショーが付随する一幕形式がある。

「劇は早いでしょうか?」
「ええ、いくつか問題はありますが、その際たる理由は『物語性の違い』です」

 異世界と現代の宝塚では価値観も、時流も、歴史も、神のあり方も、すべてが違う。現代の劇をそのまま演じても理解され辛いのは当然である。

「こちらの世界に合わせた脚本の変更――『潤色』と呼ばれるものが必要です。それには期間も下調べもまだ足りていません。僕は世界を旅して見聞を広めましたが、それでも――今のエルフ達に合わせた変更を加えていかねばなりませんから」

 ――でもその時には、期待していてください。

 その自信あふれる笑顔で見つめられたミカの身体が大きく震えた。

「怖いですか?」
「いえ……武者震いです。どちらにせよ、イチゾー様とレイ様に従うほか我らの道はないのです。やります――いえ、やらせてくださいませ」

 そういって彼女は――

「あ、このシーン好き!」

 スカステに映る、何度目かのKAORIalive(※)の振付のダンスシーンに振り返って魅入ったのだった。(※ 振付指導の先生 世界的にも有名)







―というのが三か月前の話である。

 今彼女たちがやっているのは基礎練である。これから演技の練習もしていくことになるのだが――当然のことながらいくつもの問題が発生していた、それについて、今から彼は向き合うことになる。
 レイはレッスン場となっている精霊樹の洞の前に立ち並ぶエルフ達に向かってこう宣言した。

「これから先の授業において、男役と娘役の振り分けおよび成績順位をつけていきます」

 最も向き合わねばならない大事な、大事な人事の話を彼は口にした。

 男役トップスターを見慣れなさすぎた彼女たちは当然のことながら、そちらの役を熱望する者も多く、娘役の数が足りない事態になっていた。
 当然ながら、強制的に振り分けることになるのだが――全員を納得させるためには、そのオーディションを開催するのがよいだろう――ということになった。

「まず最初に言っておくことは、これは最終決定ではない――ということです」

 レイはそう前置きした。

「本公演までまだまだあなた方は覚えることが多い。当然未熟なままその時を迎える者も多いでしょう。なのであくまでこれは仮の配置であることを念頭に入れてください。それでも練習を始めなければならない以上、今回の決定の中ではその役としてしっかりとやって頂きます」

 至極まっとうな意見を前に異を唱える者もおらず、彼女たちは真剣にその時を待った。
 皆がライバルであり、平等な立場であることを強調されており、今から自分が如何に目立つ――良いポジションにつけるか、そこにみなは期待と不安を持ちながらことに臨むことになるのだ。

 そして、エルフ達の視線はある人物に自然と集まっていた。

 そう――スタアである。

(精霊使でもないのに――今あれだけの力をつけて)

 羨望、嫉妬――そういったあまり美しくない感情が彼女たちの間に広がっているのをレイは肌で感じる。

(しかし、それこそが芸事に深みを増すことにもつながる)

 だからこそあえて、レイは放っておく。――ただ一人を除いて。
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