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中学生 2
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「おまえらああああああああああああああ!」
イノTの怒号が職員室に響く。今回ばかりは形通りの謝罪は駄目だろうなと、諦めていた。流石に、やり過ぎたのだ。
原因は当然の矢井田だ。こいつ、あろうことかイノTの車にギザ10で傷を付けまくったのだ。俺と蒲ちゃんはとばっちりだった。偶然近くを通りかかり止めようとしたのだが、それを運悪く近くにいたチクり魔下田に見られるという愚策を演じてしまった。
言い訳が許されるような雰囲気ではない。目撃者もいる。しかも当の矢井田は黙秘を貫き、俺らの擁護すらしない。何だこの屑。
「なんか言うことはねえのかああああああ!」
もうイノTのTがT―REXのTになりかけている。激高し顔も真っ赤だ。きっと頭頂部の禿まで赤くしているに違いない。
さりとて迂闊なことは言えない。と、言うかやってないことを認めて良いものか……。もうすぐ受験だ。内申もある。こんなことで足を引っ張られるのは嫌だ。
「先生、桜井は関係ないよ」
逡巡していたら、蒲ちゃんがまるでその辺に散歩に出たくらいの気軽さで口を開いた。
「ああ~~~!?」
「ごめんなさい。こいつは通りがかっただけで、俺と矢井田に巻き込まれただけだから」
あろうことか、蒲ちゃんは頭を下げる。しかもやってもいない罪を被って。
「いや、蒲ちゃん!」
「桜井、俺ら庇わんでええの」
どん、と蒲ちゃんに平手で胸を突かれ、俺は言葉に窮した。
「矢井田もほら、謝れ」
蒲ちゃんは矢井田の頭を押さえつけ、一緒に頭を下げる。
「桜井は何もせんよ、先生。俺らが悪ふざけしただけやし」
「……親を呼ぶからな」
「ええよ、ごめんなさい」
蒲ちゃんのコロコロした笑顔に毒気を抜かれたのか、以降イノTは事務的にその後の処理を始めた。俺は一人家に帰され、悶々とその日を過ごした。
「蒲ちゃん!」
「おう、桜井」
翌日、蒲ちゃんは何時ものように学校へとやって来た。何も、本当に何も変わらずに。
俺は廊下の隅で独り佇んでいた蒲ちゃんに声を掛けた。
「どうしてあんなこと言ったんだよ」
「だって、事実やろ? 桜井はなんもせんと」
「だから、それは蒲ちゃんも一緒だろ!?」
俺の憤懣はそこだ。何で矢井田のしでかした不始末をわざわざ被ってやったんだ?
「桜井は受験あるやろ?」
「そりゃそうだけど……」
それは蒲ちゃんだって、一緒のはずだ。
「それなりのところ狙っとるんやろ? それに、それはイノTも分かってるわ」
「は?」
意味が分からない。蒲ちゃんは何を……。
「あいつ、自慢しとったで廊下で。今年は成績がいい生徒が多いって。ぎょーさんええ高校に送り出せば自分の評価も上がるってな」
ちっぽけな自尊心(プライド)やけど、と蒲ちゃんは何事もないように言う。
「あれでも大人や。俺ら怒っても何もないことぐらい分かっとるわ。でもムカつくから謝らせたいだけで。でも桜井は処分したくないねん。自分の評価に関わるから。だからこれで、手打ちにしよってこと」
「何だ、そりゃ……」
ざっけんな。
「それが蒲ちゃんが俺を庇う理由なのかよ! 蒲ちゃんが損してるだけじゃねーか!」
まるで態度を崩さない。ずっと、落ち着いたままの蒲ちゃんを見ていて自分の中で黒い、昏い、暗い何かがドンドン膨れ上がって来る。思わず俺は、蒲ちゃんの胸倉を掴んでいた。
天才の為に馬鹿が土台になるなんて当たり前のことだ。だが、俺は蒲ちゃんの犠牲が、全く嬉しくなかった。
そんなことを考えていると、俺の手を、しかし振りほどくでもなく、蒲ちゃんは優しく握り返して来た。
「ん~、そうでもないで?」
「――」
「お得やろ? 友達が困らんで済むやん」
馬鹿だ。
「友達おったら、俺の人生ずっとプラスや」
笑っている。
「おーっす! 桜井~昨日は大変だったんだよ~。あの後さ~」
その時、俺らの後ろから呑気な声で矢井田が声を掛けてきた。
「イノTの奴ほんまうぜ~よな~。でも少しスッとしたぜ。いつも自慢していた車だったから……」
俺は、矢井田をぶん殴った。
「がっ!?」
矢井田は廊下に一回転して倒れた。
「蒲ちゃんに、感謝しろよ」
一緒に罪を償ってくれた、友達なんだから。
俺はそのまま独りで、教室に戻った。
イノTの怒号が職員室に響く。今回ばかりは形通りの謝罪は駄目だろうなと、諦めていた。流石に、やり過ぎたのだ。
原因は当然の矢井田だ。こいつ、あろうことかイノTの車にギザ10で傷を付けまくったのだ。俺と蒲ちゃんはとばっちりだった。偶然近くを通りかかり止めようとしたのだが、それを運悪く近くにいたチクり魔下田に見られるという愚策を演じてしまった。
言い訳が許されるような雰囲気ではない。目撃者もいる。しかも当の矢井田は黙秘を貫き、俺らの擁護すらしない。何だこの屑。
「なんか言うことはねえのかああああああ!」
もうイノTのTがT―REXのTになりかけている。激高し顔も真っ赤だ。きっと頭頂部の禿まで赤くしているに違いない。
さりとて迂闊なことは言えない。と、言うかやってないことを認めて良いものか……。もうすぐ受験だ。内申もある。こんなことで足を引っ張られるのは嫌だ。
「先生、桜井は関係ないよ」
逡巡していたら、蒲ちゃんがまるでその辺に散歩に出たくらいの気軽さで口を開いた。
「ああ~~~!?」
「ごめんなさい。こいつは通りがかっただけで、俺と矢井田に巻き込まれただけだから」
あろうことか、蒲ちゃんは頭を下げる。しかもやってもいない罪を被って。
「いや、蒲ちゃん!」
「桜井、俺ら庇わんでええの」
どん、と蒲ちゃんに平手で胸を突かれ、俺は言葉に窮した。
「矢井田もほら、謝れ」
蒲ちゃんは矢井田の頭を押さえつけ、一緒に頭を下げる。
「桜井は何もせんよ、先生。俺らが悪ふざけしただけやし」
「……親を呼ぶからな」
「ええよ、ごめんなさい」
蒲ちゃんのコロコロした笑顔に毒気を抜かれたのか、以降イノTは事務的にその後の処理を始めた。俺は一人家に帰され、悶々とその日を過ごした。
「蒲ちゃん!」
「おう、桜井」
翌日、蒲ちゃんは何時ものように学校へとやって来た。何も、本当に何も変わらずに。
俺は廊下の隅で独り佇んでいた蒲ちゃんに声を掛けた。
「どうしてあんなこと言ったんだよ」
「だって、事実やろ? 桜井はなんもせんと」
「だから、それは蒲ちゃんも一緒だろ!?」
俺の憤懣はそこだ。何で矢井田のしでかした不始末をわざわざ被ってやったんだ?
「桜井は受験あるやろ?」
「そりゃそうだけど……」
それは蒲ちゃんだって、一緒のはずだ。
「それなりのところ狙っとるんやろ? それに、それはイノTも分かってるわ」
「は?」
意味が分からない。蒲ちゃんは何を……。
「あいつ、自慢しとったで廊下で。今年は成績がいい生徒が多いって。ぎょーさんええ高校に送り出せば自分の評価も上がるってな」
ちっぽけな自尊心(プライド)やけど、と蒲ちゃんは何事もないように言う。
「あれでも大人や。俺ら怒っても何もないことぐらい分かっとるわ。でもムカつくから謝らせたいだけで。でも桜井は処分したくないねん。自分の評価に関わるから。だからこれで、手打ちにしよってこと」
「何だ、そりゃ……」
ざっけんな。
「それが蒲ちゃんが俺を庇う理由なのかよ! 蒲ちゃんが損してるだけじゃねーか!」
まるで態度を崩さない。ずっと、落ち着いたままの蒲ちゃんを見ていて自分の中で黒い、昏い、暗い何かがドンドン膨れ上がって来る。思わず俺は、蒲ちゃんの胸倉を掴んでいた。
天才の為に馬鹿が土台になるなんて当たり前のことだ。だが、俺は蒲ちゃんの犠牲が、全く嬉しくなかった。
そんなことを考えていると、俺の手を、しかし振りほどくでもなく、蒲ちゃんは優しく握り返して来た。
「ん~、そうでもないで?」
「――」
「お得やろ? 友達が困らんで済むやん」
馬鹿だ。
「友達おったら、俺の人生ずっとプラスや」
笑っている。
「おーっす! 桜井~昨日は大変だったんだよ~。あの後さ~」
その時、俺らの後ろから呑気な声で矢井田が声を掛けてきた。
「イノTの奴ほんまうぜ~よな~。でも少しスッとしたぜ。いつも自慢していた車だったから……」
俺は、矢井田をぶん殴った。
「がっ!?」
矢井田は廊下に一回転して倒れた。
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俺はそのまま独りで、教室に戻った。
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