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第三章 恋するエルフ
10回目から始まる恋模様 4
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「で、どうするのよ! 私のこと!」
プリプリ頬を膨らませながら彼女は怒っている。怒っているが、もはやかわいいもんだ、と思う。
「どうするって、お前……」
もうここまでやっておいて、どうするもこうするもないのだが、一応『手続き』というものは大事だ。
「……好きだ。付き合ってくれ」
彼女は一瞬、物凄く嬉しそうな顔を覗かせたあと、すぐに勝ち誇ったかのように口元をニヤリ、と歪ませる。しかし、すぐにその高慢ちきな態度を改めるようとしたのか、自分の頬をバシッと張った。
「――ごめん」
「え、だ、駄目なの?」
「ち、違うわよ! あの……よ、宜しくね」
「よ、宜しく」
俺たちは居間の畳の上に座り、お互い下を向いて、そう挨拶した。
はて、めでたく俺たちはカップルになったわけだが……これから、ど、どうしよう?
「え……っと、えーと。何しよう、か?」
「え? う、うん」
「ち、ちなみに、どこまでしてもいいですかね?」
バチコーン!
「あ、貴方、言い方に恥じらいってものがないんですの!?」
素早い平手打ちで俺の頬にまたしても紅葉の勲章が増える。
「す、すいません。でもほら、付き合ってすぐに致す方々もこの世には多くおりますし」
「わ、私くらい高貴になると、結婚まで清い体のままです! 失礼な……本当に失礼な方ね!」
ううむ、そもそも彼女が出来るのが久々過ぎて、すっかり付き合いの感覚を無くしている。このままではひどい墓穴を沢山掘りそうだ。
「……じゃあ、遠距離恋愛ということになりますが」
「そ、そうね。でも、会いに来るわよ。それで……準備が出来たら私もこっちに住むわ」
「と、いうことは、ええと、結婚を前提にお付き合いするということで?」
「ほああああああああああああああああ!?」
「いや、だってそう言うこと……だよね? こっち来るって」
最悪婿入りまで考えたんだが、そうか、来るのか。
「だ、だって、この私が、初めて好きになった人と添い遂げられないなんて間違っていますもの! そう思うでしょう?」
「お、おう」
プライドの在り方が間違っている気もするが、まあ、かわいい気がするからOK。
「でも結構クリアしなきゃならんハードル高いよな。俺、エルフの里に挨拶行くの怖いんだが」
「……まだ先のことを考えても仕方ないでしょう? 本当に結婚する、という段階になったら考えればいいのよ」
ミリアルから若干頼もしさを感じる。
「お前、案外太いよな」
「はぁ!? 何を失礼な……」
「あ、いや精神的にって話! た、頼りにしてるよ!」
そこで俺は大事なことを思い出した。正直、こっちのほうが気が重い話だ。あいつに、どう報告しよう……。
「何、暗い顔してるのよ? 嬉しくないの?」
「う、嬉しいよ! すっげー嬉しい! 嬉しいから……悩むこともあるんだって」
「ならいいですけど……」
「それにしても異種族、異世界婚か……その辺りどうなってるのか、ちゃんと出来るのか調べないとなあ」
聞く相手はあのシルクハットエルフしかいないが、絶対からかわれる気がする。
「ねぇ」
「ん? 何だ?」
「そろそろ、ていうか、夕方には私、帰るのよ? 無理言って日帰りで来てるのに」
「あ、うん……って日帰り!?」
「そうよ。元々異世界で私が男に襲われたって話になってるから監視の目をすり抜けるの大変なのよ。一泊でもしてバレたら次来れなくなるかもしれないし」
「……お前、随分と無茶な」
言い掛けて、止めた。暴走エルフお嬢様のこいつのパワーはそのまま愛でた方がきっと、楽しい。
「だから、ね?」
うん? 首を傾げて彼女は俺の胸に、とん、と頭を乗せる。
「……そうだな、まず、やることがある……よな」
俺は居間の鳩時計を見てから彼女の手を握り、そして――
◆
「いらっしゃいませー」
幡ヶ谷六号通り商店街の和菓子の老舗、最初にミリアルに贈った団子を買った場所へ俺たちは来ていた。
「三時のおやつだもんな! さて、どれにしようか」
握った手の相手からやたらでかいため息が聞こえた気がしたが、なぜだろう?
「……そうね、私が好きになった男って、こういう奴よね」
フフフ……と俺にそっぽを向いて彼女は自嘲気味に笑っている。
「で、どれにする?」
「……ええっと、みたらしは外せないわよ? それで、これなあに?」
「ああ、大納言か。それは大納言小豆っていう豆を使った餡子を塗った団子だな」
「ふうん……真っ黒だけど、美味しいの?」
「美味いぞ? てか餡子自体は食べたことあるだろ?」
「ないわよ。緑色の豆を砕いた、ずんだ? っていうのと胡麻と、みたらしだけでしょう?」
「あれ? ああ、そうだったのか。じゃあ、これ食べて見るか? 団子のスタンダードオブスタンダード、まあ基本、だな」
「え、気持ち悪い」
気持ち悪い、と言われても別に腹は立たなかった。餡子を初見の外国人にも多く見られる反応だったし、苦手という人間もいる。実際この異世界民泊でも好き嫌いは半々くらいだった。
「あ、ごめん。別に、貴方が勧めた物が不味いって意味じゃ……」
「いやいいよ。それが普通かもしれん。でも……」
餡子の味を知って貰いたい。その気持ちだけは何故か強く俺の心に引っかかる。
「なら、これ食べて見てくれないか?」
俺は店のカウンターの左側にある、包装されたそれを指さす。
「これ? 中身は何?」
「気に入らなかったら俺が食べるよ。でも、きっと好きになってくれると思う」
俺たちはそれと、あといくつかの団子を購入して屋敷へと戻った。
◆
「どうぞ、粗茶ですが」
俺たちは縁台に腰掛け、ポカポカの日差しを浴びる。傍らには湯飲みと団子、それと買ってきた包みをお盆に乗せ、いつでも食べれる状態になっている。
買ってきたみたらし団子の包みをお互いゆっくりと剥がしていく。
垂れる黄金の汁を掬い取るように、舌にそれを乗せる。
ふにゃ~という声と共に横にいるエルフ娘が身体を捩る。
「相変わらず、美味いなあ」
甘じょっぱい汁を大量に纏わり、柔らかく、そのため一日で消費期限が来てしまう団子がそれと合わさり何処までも溶けていく。そりゃあ、変な声も出るわな。
「美味しいけど、あの緑色の団子はないのね……」
残念そうに彼女は呟く。
「ああ、ずんだは春から夏にかけてだからね。今の時期はないよ。あれは未成熟な大豆を砕いて作るから」
「ああ、そうなのね。だから鮮烈な味わいが残るのかしら」
「そうだね。成熟しちゃうとそれはもう別の食べ物だから。青いままそれを食べる楽しみとしてあれはあるんだと思う」
若いときの一瞬を封じ込めて、美味しく召し上がる。そう――。
「ほら、ついてる」
俺は彼女の頬についたみたらしの餡を自分の唇でぬぐい取った。
「!!!!!!!!」
彼女は顔をトマトのように紅潮させ目を白黒させて何事か抗議するように口をもごもご動かす。
「な、なんだよ。これがして欲しかったんだろ?」
「っそ……そそそそそそそそそそうだけど! で、でも! あうう……」
力なくポカポカと彼女の拳が俺の胸を打つ。やっぱ面白いなこいつ。
「……ど、鈍感野郎かと思ったら、案外こいつ……」
「まあ、一応三十だしな」
元カノもいたし、という話はしないことにした。きっと機嫌を損ねるからだ。
「それで、これ」
俺は買ってきた包みをビリっと破り、中から半月形の茶色い物体を取り出した。
「……何それ?」
「どら焼き」
正確な商品名は『餅のどら焼き』だ。
「焼いた生地に餡子を挟んだだけの代物だよ。一口齧ってみて、嫌なら俺にくれ」
「う、うん……」
彼女は白い手でそれを掴むと、恐る恐る、それを齧った。
「!」
一口噛んで、彼女は俺の方を見た。
「――面白い」
美味しいはなく、面白い。なるほど、その感想もわかる。
「何か、こう、もちっとした感触で歯が弾かれて、それで……しっとりとした生地とああ、来たわ……あ、甘ぁ……」
そう言うと彼女は目を細めて中空を見つめた。
「美味しい!」
面白いは美味しいにクラスチェンジした。
「初めは甘みを感じなかったけど、この生地を噛み終えるとすぐに後ろの甘い――この黒い餡が解けてくるのね。それで一緒に喉を通って……うん、これ、好きかも!」
「よかった、気に入ってくれて」
「うふふ。美味しい……そうか、これが餡子なのね」
生意気な口を叩いていた姿からは想像出来ないような、可愛らしい、無邪気な笑顔を彼女は見せる。
「――うん。ばあちゃんの、好きな味だよ」
「え?」
「藤間ふじ子。この屋敷を俺に譲ってくれた恩人であり、俺の祖母だよ」
俺は、ふじ子ばあちゃんの話をミリアルに語った。この屋敷を手に入れた経緯も含めて、だ。
「――そう、良いおばあ様ね」
「ああ、それに、ばあちゃんがここを残してくれなかったら俺たちが会うこともなかっただろうしな」
俺がミリアルを見つめると――一瞬、その姿が懐かしい『それ』と、重なった。
――大事におしよ。
「? 何か私の顔についてる?」
「あ、いや、何でもない、よ」
「あ! またキスする口実でも見つけようとしてたわね!? ほんと、もう、そういうことには……」
「ち、違うって!」
日が暮れる。ゆっくりと、平和な時間が過ぎていく。きっと、これからも楽しい時間は続く、そう思えた時に、砂時計の砂は落ちきる。シンデレラが帰らなければいけない時間を迎えたのだ。
「また、すぐ来るから」
裏口の木戸の前で俺たちは向かい合う。
「無理せず身辺整理してから来てもいいんだぞ? てか、俺の方から行くべきなんじゃないのか?」
「やめときなさい。あっちは魔物もいるし、そんな太ったお腹でやって来ても逆に食べられるのが落ちよ?」
「……一応、心配してくれているのか?」
「ふふ、どうかしらね?」
後ろの扉がボウッと光る。――時間だ。
「――またね」
「ああ――」
最後に握手するつもりで俺は手を伸ばす。彼女も自然と手を伸ばそうとするが――。
「だめ」
直前で、それは拒否されてしまった。
「ミリアル?」
「今触れたら、きっと戻れない」
優しさと、寂しさを混ぜたような――そんな顔で彼女は俺に微笑む。
「そんなこと――」
行かないで――。
やべえ。自分の中で、そんな声がしてしまう。俺も――帰って欲しくはないのだ。
「必ず、戻るから」
彼女の瞳がどんどん潤んでいく。絹糸のような金髪が、細かく揺れている。
「――ミリア……」
「伸――」
光が一瞬大きく強く煌き、それが落ち着いた時にはもう、彼女はいなかった。
――
お店紹介
「ハーベスト」
南欧料理を出す地元密着型のお店でランチタイムは常ににぎわっています。
夜に来てワインと共に料理を楽しむのも良いです。
いつも丁寧な仕事で同じ料理を提供してくれるほっとするお店ですね。
こっちは洋ですが、近くに和の良いお店が出来たので、どこかで新作として書いて紹介したいなと思っています。
プリプリ頬を膨らませながら彼女は怒っている。怒っているが、もはやかわいいもんだ、と思う。
「どうするって、お前……」
もうここまでやっておいて、どうするもこうするもないのだが、一応『手続き』というものは大事だ。
「……好きだ。付き合ってくれ」
彼女は一瞬、物凄く嬉しそうな顔を覗かせたあと、すぐに勝ち誇ったかのように口元をニヤリ、と歪ませる。しかし、すぐにその高慢ちきな態度を改めるようとしたのか、自分の頬をバシッと張った。
「――ごめん」
「え、だ、駄目なの?」
「ち、違うわよ! あの……よ、宜しくね」
「よ、宜しく」
俺たちは居間の畳の上に座り、お互い下を向いて、そう挨拶した。
はて、めでたく俺たちはカップルになったわけだが……これから、ど、どうしよう?
「え……っと、えーと。何しよう、か?」
「え? う、うん」
「ち、ちなみに、どこまでしてもいいですかね?」
バチコーン!
「あ、貴方、言い方に恥じらいってものがないんですの!?」
素早い平手打ちで俺の頬にまたしても紅葉の勲章が増える。
「す、すいません。でもほら、付き合ってすぐに致す方々もこの世には多くおりますし」
「わ、私くらい高貴になると、結婚まで清い体のままです! 失礼な……本当に失礼な方ね!」
ううむ、そもそも彼女が出来るのが久々過ぎて、すっかり付き合いの感覚を無くしている。このままではひどい墓穴を沢山掘りそうだ。
「……じゃあ、遠距離恋愛ということになりますが」
「そ、そうね。でも、会いに来るわよ。それで……準備が出来たら私もこっちに住むわ」
「と、いうことは、ええと、結婚を前提にお付き合いするということで?」
「ほああああああああああああああああ!?」
「いや、だってそう言うこと……だよね? こっち来るって」
最悪婿入りまで考えたんだが、そうか、来るのか。
「だ、だって、この私が、初めて好きになった人と添い遂げられないなんて間違っていますもの! そう思うでしょう?」
「お、おう」
プライドの在り方が間違っている気もするが、まあ、かわいい気がするからOK。
「でも結構クリアしなきゃならんハードル高いよな。俺、エルフの里に挨拶行くの怖いんだが」
「……まだ先のことを考えても仕方ないでしょう? 本当に結婚する、という段階になったら考えればいいのよ」
ミリアルから若干頼もしさを感じる。
「お前、案外太いよな」
「はぁ!? 何を失礼な……」
「あ、いや精神的にって話! た、頼りにしてるよ!」
そこで俺は大事なことを思い出した。正直、こっちのほうが気が重い話だ。あいつに、どう報告しよう……。
「何、暗い顔してるのよ? 嬉しくないの?」
「う、嬉しいよ! すっげー嬉しい! 嬉しいから……悩むこともあるんだって」
「ならいいですけど……」
「それにしても異種族、異世界婚か……その辺りどうなってるのか、ちゃんと出来るのか調べないとなあ」
聞く相手はあのシルクハットエルフしかいないが、絶対からかわれる気がする。
「ねぇ」
「ん? 何だ?」
「そろそろ、ていうか、夕方には私、帰るのよ? 無理言って日帰りで来てるのに」
「あ、うん……って日帰り!?」
「そうよ。元々異世界で私が男に襲われたって話になってるから監視の目をすり抜けるの大変なのよ。一泊でもしてバレたら次来れなくなるかもしれないし」
「……お前、随分と無茶な」
言い掛けて、止めた。暴走エルフお嬢様のこいつのパワーはそのまま愛でた方がきっと、楽しい。
「だから、ね?」
うん? 首を傾げて彼女は俺の胸に、とん、と頭を乗せる。
「……そうだな、まず、やることがある……よな」
俺は居間の鳩時計を見てから彼女の手を握り、そして――
◆
「いらっしゃいませー」
幡ヶ谷六号通り商店街の和菓子の老舗、最初にミリアルに贈った団子を買った場所へ俺たちは来ていた。
「三時のおやつだもんな! さて、どれにしようか」
握った手の相手からやたらでかいため息が聞こえた気がしたが、なぜだろう?
「……そうね、私が好きになった男って、こういう奴よね」
フフフ……と俺にそっぽを向いて彼女は自嘲気味に笑っている。
「で、どれにする?」
「……ええっと、みたらしは外せないわよ? それで、これなあに?」
「ああ、大納言か。それは大納言小豆っていう豆を使った餡子を塗った団子だな」
「ふうん……真っ黒だけど、美味しいの?」
「美味いぞ? てか餡子自体は食べたことあるだろ?」
「ないわよ。緑色の豆を砕いた、ずんだ? っていうのと胡麻と、みたらしだけでしょう?」
「あれ? ああ、そうだったのか。じゃあ、これ食べて見るか? 団子のスタンダードオブスタンダード、まあ基本、だな」
「え、気持ち悪い」
気持ち悪い、と言われても別に腹は立たなかった。餡子を初見の外国人にも多く見られる反応だったし、苦手という人間もいる。実際この異世界民泊でも好き嫌いは半々くらいだった。
「あ、ごめん。別に、貴方が勧めた物が不味いって意味じゃ……」
「いやいいよ。それが普通かもしれん。でも……」
餡子の味を知って貰いたい。その気持ちだけは何故か強く俺の心に引っかかる。
「なら、これ食べて見てくれないか?」
俺は店のカウンターの左側にある、包装されたそれを指さす。
「これ? 中身は何?」
「気に入らなかったら俺が食べるよ。でも、きっと好きになってくれると思う」
俺たちはそれと、あといくつかの団子を購入して屋敷へと戻った。
◆
「どうぞ、粗茶ですが」
俺たちは縁台に腰掛け、ポカポカの日差しを浴びる。傍らには湯飲みと団子、それと買ってきた包みをお盆に乗せ、いつでも食べれる状態になっている。
買ってきたみたらし団子の包みをお互いゆっくりと剥がしていく。
垂れる黄金の汁を掬い取るように、舌にそれを乗せる。
ふにゃ~という声と共に横にいるエルフ娘が身体を捩る。
「相変わらず、美味いなあ」
甘じょっぱい汁を大量に纏わり、柔らかく、そのため一日で消費期限が来てしまう団子がそれと合わさり何処までも溶けていく。そりゃあ、変な声も出るわな。
「美味しいけど、あの緑色の団子はないのね……」
残念そうに彼女は呟く。
「ああ、ずんだは春から夏にかけてだからね。今の時期はないよ。あれは未成熟な大豆を砕いて作るから」
「ああ、そうなのね。だから鮮烈な味わいが残るのかしら」
「そうだね。成熟しちゃうとそれはもう別の食べ物だから。青いままそれを食べる楽しみとしてあれはあるんだと思う」
若いときの一瞬を封じ込めて、美味しく召し上がる。そう――。
「ほら、ついてる」
俺は彼女の頬についたみたらしの餡を自分の唇でぬぐい取った。
「!!!!!!!!」
彼女は顔をトマトのように紅潮させ目を白黒させて何事か抗議するように口をもごもご動かす。
「な、なんだよ。これがして欲しかったんだろ?」
「っそ……そそそそそそそそそそうだけど! で、でも! あうう……」
力なくポカポカと彼女の拳が俺の胸を打つ。やっぱ面白いなこいつ。
「……ど、鈍感野郎かと思ったら、案外こいつ……」
「まあ、一応三十だしな」
元カノもいたし、という話はしないことにした。きっと機嫌を損ねるからだ。
「それで、これ」
俺は買ってきた包みをビリっと破り、中から半月形の茶色い物体を取り出した。
「……何それ?」
「どら焼き」
正確な商品名は『餅のどら焼き』だ。
「焼いた生地に餡子を挟んだだけの代物だよ。一口齧ってみて、嫌なら俺にくれ」
「う、うん……」
彼女は白い手でそれを掴むと、恐る恐る、それを齧った。
「!」
一口噛んで、彼女は俺の方を見た。
「――面白い」
美味しいはなく、面白い。なるほど、その感想もわかる。
「何か、こう、もちっとした感触で歯が弾かれて、それで……しっとりとした生地とああ、来たわ……あ、甘ぁ……」
そう言うと彼女は目を細めて中空を見つめた。
「美味しい!」
面白いは美味しいにクラスチェンジした。
「初めは甘みを感じなかったけど、この生地を噛み終えるとすぐに後ろの甘い――この黒い餡が解けてくるのね。それで一緒に喉を通って……うん、これ、好きかも!」
「よかった、気に入ってくれて」
「うふふ。美味しい……そうか、これが餡子なのね」
生意気な口を叩いていた姿からは想像出来ないような、可愛らしい、無邪気な笑顔を彼女は見せる。
「――うん。ばあちゃんの、好きな味だよ」
「え?」
「藤間ふじ子。この屋敷を俺に譲ってくれた恩人であり、俺の祖母だよ」
俺は、ふじ子ばあちゃんの話をミリアルに語った。この屋敷を手に入れた経緯も含めて、だ。
「――そう、良いおばあ様ね」
「ああ、それに、ばあちゃんがここを残してくれなかったら俺たちが会うこともなかっただろうしな」
俺がミリアルを見つめると――一瞬、その姿が懐かしい『それ』と、重なった。
――大事におしよ。
「? 何か私の顔についてる?」
「あ、いや、何でもない、よ」
「あ! またキスする口実でも見つけようとしてたわね!? ほんと、もう、そういうことには……」
「ち、違うって!」
日が暮れる。ゆっくりと、平和な時間が過ぎていく。きっと、これからも楽しい時間は続く、そう思えた時に、砂時計の砂は落ちきる。シンデレラが帰らなければいけない時間を迎えたのだ。
「また、すぐ来るから」
裏口の木戸の前で俺たちは向かい合う。
「無理せず身辺整理してから来てもいいんだぞ? てか、俺の方から行くべきなんじゃないのか?」
「やめときなさい。あっちは魔物もいるし、そんな太ったお腹でやって来ても逆に食べられるのが落ちよ?」
「……一応、心配してくれているのか?」
「ふふ、どうかしらね?」
後ろの扉がボウッと光る。――時間だ。
「――またね」
「ああ――」
最後に握手するつもりで俺は手を伸ばす。彼女も自然と手を伸ばそうとするが――。
「だめ」
直前で、それは拒否されてしまった。
「ミリアル?」
「今触れたら、きっと戻れない」
優しさと、寂しさを混ぜたような――そんな顔で彼女は俺に微笑む。
「そんなこと――」
行かないで――。
やべえ。自分の中で、そんな声がしてしまう。俺も――帰って欲しくはないのだ。
「必ず、戻るから」
彼女の瞳がどんどん潤んでいく。絹糸のような金髪が、細かく揺れている。
「――ミリア……」
「伸――」
光が一瞬大きく強く煌き、それが落ち着いた時にはもう、彼女はいなかった。
――
お店紹介
「ハーベスト」
南欧料理を出す地元密着型のお店でランチタイムは常ににぎわっています。
夜に来てワインと共に料理を楽しむのも良いです。
いつも丁寧な仕事で同じ料理を提供してくれるほっとするお店ですね。
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