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第一章 中

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 肝心の上野さんはこの調子である。さすがにこのままではまずい。
「まあ何とかなるんじゃないかな。俺とはもう普通に話せるんだし」
「そうかしら? あなたとは最初からこんな感じだったような気がするんだけど」
 言われてみれば確かにそんな気がする。最初に仲間意識だとか普通オーラだとか言ってたな。
「それに比べて藤井さんなんてコミュ力の権化みたいな人じゃない。そんな相手、緊張しないわけがないわ」
 まあ俺も藤井さんは苦手なタイプではあるんだけど、コミュ力の権化ってなんだよ。それじゃあ俺たちはコミュ障の権化なのか? それはともかく
「上野さんってクラスの人のこと、わりとよく見てるんだね。今思えば俺のことも俊之のことも知ってたし」
 前から気になっていたのだが彼女はクラスの人の性格まである程度把握しているようだ。
「そんなの当然じゃない。人と仲良くなるためには相手のことをしっかり覚えなきゃ失礼でしょ?初日に家で名前を暗記するのなんて常識よ」
 どこの国の常識でしょうか……。それで、友達は今までにできましたか? というのはきっと聞いてはいけないことなのだろう。
「何よ、そんな微妙な顔して。何か言いたいことでもあるの」
「いや~別に……」
「そういえばあなたは勉強会したことあるのよね。何か気をつけなきゃいけないこととかある?」
 勉強会で気をつけなきゃいけないこと、言っている意味がよくわからない。勉強会は勉強会だ。課題やら自分がやっておきたい教科の教材をそれぞれが持ち寄って各々の得意な分野を活かし互いに苦手なところを補うように教えあう。とりあえず勉強道具だけ持って来てれば困ることなんてないし、気をつけておかなければいけないことなんて思いつかないが......。
「特に気をつけるべきことなんてないんじゃないかな」
「全く、使えないわね」
 ひどい……。
「そんなこと言われてもない物はないよ。普通は勉強会なんて大したイベントでもないし、そんなに身構えるようなことなんてないからさ」
「私にとっては一大イベントなのよ! このイベントが成功するかどうかで今後自信をもって生きていけるかが変わるくらいにね」
 今までの彼女からしたらハードルは高いかもしれないが、比較的彼女に好意的な藤井さんならば大丈夫だと思うのだが。それこそコミュ力の権化ならば相手の方から話しかけてくるはず。
「そんなに心配しなくても藤井さんの方から話しかけられた時にしっかり対応さえできれば大丈夫なんじゃない? むしろそこが一番心配だって話だけど、それにしたって少なくとも今の上野さんは、俺と話すようになる前の上野さんよりは人と話すことに慣れてるはずだよ」
「その通りではあるんだけど、大丈夫大丈夫って思おうとしても大丈夫には思えないのよね……」
 う~んわからないでもない。いくらテスト勉強を頑張っても大丈夫と思えない教科があるように、彼女にとってはそれほどまでのプレッシャーになっているのか。
「そうだなぁ、こうなったら当たって砕けるしか……」
「砕けちゃダメでしょ!」
 ですよね。

 とうとうこの日がやってきました! 第一回、ワクワクドキドキ勉強会! In渡会家! 
 いやまあそんなに張り切ることでもないような気もするけれど、上野さんにとってはまさしく一大イベントである。俺も昨日は彼女に対してあんな態度を取っていたが、自分を棚に上げてでもあんな調子だった彼女のことが心配になってくる。
 まあそんなこんなで少しそわそわしながらも約束通り彼女を駅まで迎えに行く。
 以前彼女とカラオケに行った時よりも暖かくなってきているからさすがに全身ジャージなんてことはないと思うのだが、いや、彼女ならありえそうで怖いな。
 勝手な想像をしながら道を歩いていると前方より見知った人が歩いてきた。
「あれ~溝部君じゃん! 渡会君の家に行くんじゃないの?」
 思った通り藤井さんである。
「お、おはよう。いや、俊之の家に行く前に駅に上野さんを迎えに行こうと思ってさ」
「え~なにそれ、私には迎えなんてないのに~ちょっとおかしいんじゃない?」
「いや、そういわれても……俊之からは何も聞いてないし」
「そりゃそうかもしんないけどさ~まあ渡会君の家なら一応知ってるし別にいいんだけどさ」
 やっぱり遊び行ったことがあるのだろうか。
「それにしても溝部君って上野さんにはやたらと積極的よね。やっぱり好きなの?」
「いや、それはないかな」
 なんとなくこの質問は予想できたので即答した。
「即答!? ますますわからないわね……」
 何を探ろうとしているのか……まあなんとくわかるけどさ。
「上野さんも待ってるだろうし俺は駅に行くけど……」
「あ、うん。私も駅から来たところだけどわざわざ別れるのも変か」
 えぇ……そこは先に行ってくれていいのに。
「ちょっと~露骨に嫌そうな顔しない! 傷つくわよ」
 どうやら顔に出ていたようだ。いけないいけない。
「べ、別に嫌ってわけじゃないけど……」
 まあ面倒だなとは思う。話題もなく二人で歩くのってつらいし。
「なによ~上野さんならいいの~?」
 何と言ったらいいかよくわからないのでとりあえずそのまま歩き始めることにした。
「……」
「……」
 やはりこうなってしまったか......。互いに特に喋ることもないままそこそこのペースで駅に向かって歩いていく。
「ねえ」
「……」
「ねえってば~」
「な、何ですか」
 どう反応すればいいかわからなくなって思わず丁寧語になってしまった。
「やっぱり溝部君って女子と話すの苦手よね?」
「ま、まあそうだけど……」
「じゃあ練習相手になってあげるよ! ほらほら話題振って!」
「ええ……いきなりそんなこと言われても……」
 一体何を考えているのか、まあ二人で歩いているのに何も話してないと確かに気まずいし周りから見ても謎の二人組である。
「う~ん、じゃ、じゃあ……昨日の夜何食べた?」
「カレーだよ。うちのお母さん、週末は大体次の日も食べられる料理を作って少し楽しようとするんだ~。うちのカレーまずくはないんだけど肉が少ないんだよね~。溝部くんちは昨日の夜何食べたの?」
 何食べたっけ? なんだか、藤井さんのペースに吞まれてど忘れしてしまった。
「忘れた」
「ちょっと~話振っといて忘れるとか~お年寄りかな?」
「あ、はい。すみません」
「今のは笑うところでしょ! ……本当に話すのは苦手なんだねぇ」
 ぐはっ! 今のは心が傷ついた。そんな哀れみのこもったような言い方しないで!
「そっちから話題振ってくれればなんとか話せると思うよ」
 やられっぱなしというわけにもいかないので話を振ってもらうことにする。このままだと上野さんの心配もあながち間違ってなかったことになっちゃうからね。
「そう?じゃあ……うわ、そういう風に言われると話題振りにくいわね。う~ん、じゃあ溝部君の趣味って何?」
「ゲーム、かな?」
 いつぞやと同じような返し方をする。
「どんなゲームするの?」
「う~ん......いろいろ?」
「なんでさっきから疑問形なのよ! しかも全然話がつながらないし」
「いや、趣味って言われてもピンと来なくってさ」
「なにかこう、これでは他の人には負けない! とか、これだけは譲れない! とかないの?」
 何かあったかな?
「ああ、小説とか漫画とかならそれなりに集めてるよ」
「なんでそれが最初に出てこないのよ~。で? どんな本読むの」
「趣味っていうか暇つぶしだからな~。小説はまあ、大衆文学? そんなにお堅いのは読んでないよ。図書室で古い小説を読んでみたこともあったけど読むのに疲れちゃってね。漫画は少年漫画ばっかりだな~」
「なんていうか、普通ね」
 普通で悪かったな。上野さんといい藤井さんといい何とも失礼なことを言ってくれる。ここまで普通普通いわれると返って普通じゃないように思えてきてしまう。
「ああ~いや、悪い意味じゃないのよ? なんていうかこう、普通すぎて逆にびっくりしたというか」
 何か変な特徴があるのを望んでいたような口調、まったくフォローになってないですよ藤井さん。
「まあつい最近までは自分でも、自分はいたって平均的な男子高校生だと思ってたんだけどね。コミュ力が平均に達してなかったのに最近気づいたんだけど」
「ああ、それであの宣言?」
「まあそういうこと。だからまだあんまりうまく話せないけど、これを機にこれからよろしくってところかな」
「その心意気は本物なわけね。いいわ、休み時間毎に後ろ向いて話しかけてあげるわよ」
「......それはちょっと遠慮したいかな」

 そんなこんなで藤井さんと二人で駅の近くまでやってきた。先ほどまで通っていた住宅街とは違ってこんな朝でもやはり人通りは多い。
「えーっと、上野さんは……」
 いた。さすがに今回はジャージではないようだ。なんていうんだろうか、こう、ちゃんと余所行きの格好って感じだ。
「おはよう、上野さん。今日は普通の格好なんだね」
「……お、おはよう」
 おや、なんだかいつもと違うご様子。
「おはよう! 上野さん!」
 あ~この人いたんだった。それなら上野さんのこの感じはむしろ普通なのか?
 それにしてもここまで露骨にコミュ障っぽいとは思わなかったな。これなら周りにもコミュ障って知れててもおかしくないはずなんだけど。
「それにしても上野さんって喋るとこんな風だったっけ? なんかイメージと違う気がするんだけど」
 やはり藤井さんは疑問に思ったらしい。そういえば上野さん曰く、緊張しすぎて無表情になる。とのことだったのでもしかしたら今は緊張がマックスになっていないということなのか。これはコミュ障が少しは改善されているとみてもいいのかな。
「えっとその、もともとこんな感じっていうか……」
「そうなの? 聞いてた話とも教室での印象とも違うような気がするんだけどなぁ」
 さすが空気を読むことに長けていそうな藤井さんだ。そこはかとない聞かないでオーラを感じ取ったのかスッと引いた。
 その場でとどまっているわけにもいかないし間がもたないので、俺たちはひとまず俊之の家に向かって歩き出した。
「そういえば溝部君、さっき上野さんの服装を見て今日は普通って言ってなかった?女の子に対してそれは失礼なんじゃないのかな」
 藤井さんが上野さんには聞こえにくいように言ってきた。言われてみれば確かに失礼だとは思うが、前はジャージだったからな。こんな風に行ってしまうのもしょうがないと思う。
「しかも今日はってことは前にも一緒に遊んだりしたってことよね?」
「いや、それはその」
「溝部君って、実は案外手が早かったり?」
「だからそういうわけじゃないって!」
「ムキになるところがちょっと怪しかったり」
 このまま反論し続けても意味はなさそうだな……。
 予定通りコンビニによって上野さんが昼食を買うので、俺はついでに俊之の家に持っていくお菓子を選ぶことにした。藤井さんも何やら買っていくそうなので三人がそれぞれ別の売り場に歩いていく。
 男ばかりで集まるときはいっつもスナック菓子ばかり買っていくけれど、ここはやはり甘いものも買っていくべきだろう。女子が好みそうなお菓子、うん。全然わからん。まあお徳用みたいなの買っとけばはずれはないだろう。
 お菓子も適当に選んだし、さっさと買って店の外で二人を待とう。

「おまたせ~溝部君、ちょっと待たせちゃったかな?」
「……おまたせ」
 俺が店を出てから少し時間を空けて二人はそろって出てきた。二人ともお弁当を買ったのか、少し大きめの袋を持っている。
「お弁当選ぶのに時間かかったの?」
 最近のコンビニ弁当はすごいからな。俺もたまに買うことはあるがいろんな種類があるし量もなかなか、選ぶのには時間がかかるのも当然だろう。
「ま、まあそんなところよ……」
 上野さんが少し狼狽えたように答える。お弁当を選ぶのに真剣になったことが恥ずかしかったのだろうか。
「よし! それじゃあ渡会君の家に向かいましょうか!」


「おーおー三人そろってご到着か。これは樹、両手に花ってやつか」
 俊之の家について早々、このからかいの言葉である。
「ふふふ溝部君、いつの間にか私まで毒牙にかけていたのかな?」
 この二人は相変わらず二人で俺を弄ぶのが好きなようだ。
「……」
 どう反応していいのかわからなくなってる上野さんはとりあえず今は放っておこう。
「そんなことより、さっさとお前の部屋で勉強会だろ」
 適当に流してさっさと案内しろと促す。
「はいはい、用意はできてるから先に行って待っててくれよ。俺は飲み物とか持ってくからさ」
 わかったよと返事をしていつものように俊之の部屋に向かう。
「あ、それじゃあ私手伝うね~」
 藤井さんは俊之の手伝いをしに行った。必然、上野さんと二人きりになる。そのまま俊之の部屋に入ると
「ちょっと溝部君! 最初から藤井さんが一緒にいるなんて聞いてないわよ!」
「それに関しては途中でばったり会ってしまったからしょうがないだろ……」
 あそこであのまま別れていくのも何となく難しかったからな。
「私の方は心の準備ができてなかったのよ! いつもよりは、まあ、ましだったけれども……」
 あれはむしろ逆効果だ。というわけにもいかず
「少しは話せたなら多分大丈夫。今日一日頑張ってみようよ」
「それはいいんだけど、あなたなんだか藤井さんと話すのにもう慣れてない?」
 藤井さんがやたらと話しかけてくるからこっちも少しは慣れていたのだろう。
「駅までの道中でな……ずっと話しかけられたんだよ……」
「そ、そう……なんか、ごめん」
 俺の苦労が少しは伝わったようだ。コミュ力が高い人はむしろ喋ってないと落ち着かないのだろうか、というくらい藤井さんは話しかけてくるからな。喋らないとそれはそれで間がもたないから助かる面もあるけれど、やはり苦手な女子との会話はまだまだ苦痛である。
「でもあなたが私以外の女子にも慣れ始めているのは確かなのよね。だとしたらまあ、よかったんじゃない? 一応成果は上がってきてるってことなんでしょ。あとはそうね、私も頑張らなきゃダメよね」
 彼女は誰に対しても基本コミュ障なので俊之と藤井さん、そのどちらもが大きな課題になっている。
「ひとまずは女子同士ってことで、藤井さんと話せるようになっておくといいんじゃないかな。ほら、俺だって同性なら大丈夫なわけだし」
 異性よりもハードルは高くないはずだ、という風に提案する。
「私は別に男子が苦手っていうわけじゃないんだけど……後々のことを考えたらそれがベストでしょうね」
 どちらも等しくハードルは高かったようです。
「まあどちらとも普通に話せるようになるのが本当はベストなんでしょうけれど、さすがにそれは難しいわよね。少しずつ慣らしていく感じで行かなくちゃ」
 とりあえず方針も固まったところで残る二人の足音が聞こえてきた。俺と上野さんはささっと勉強道具を取り出して、布団のかかってない俊之のこたつの上に並べ始めた。
「おっ、二人ともやる気満々ね」
 ニヤニヤしながら藤井さんが入ってきた。彼女は台の上にお盆ごとコップを置いてわざわざ俺の隣に座ってきた。小さめの正方形の台なんだからそれぞれが四ヶ所に分かれて座ればいいのに、また俺をいじりに来たんだな。しかしこれは、そうとはわかっていても、
「近い近い近い近い!」
 体をくっつけてくるとは、藤井さんは一体どういうつもりなのか。いや百パーセントからかいなんだろうけどこれはやばい。何がやばいってもうマジやばい。いい匂いするし……。ダメだダメだこれ以上は身がもたん。俺は急いで隣の辺に移動した。
「あらあら~そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに~」
 どっかのおばちゃんみたいな口調で彼女はまだからかおうとしてくる。俺はもう顔が真っ赤になってるはずだ。さらに恥ずかしい。
「ちょ、ちょっと、そっそこまでよ。溝部君、嫌がってるでしょ」
 ここでまさかの上野さんの助け舟だ。ちょっとどもってるけどナイス!
「おっとこれはなんだ? まさか樹を巡っての女の戦いが勃発しているのか?」
 火に油を注ぐとはまさにこのことだ。ここで俊之が上野さんの助け舟を見事に破壊した。ほら上野さんもなんだか変な顔になってるから! あの無表情になりかけてるから!
「ホントいい加減にしてくださいお願いします……。というかさっさと勉強始めようよ」

朱里視点 勉強会

 今日は待ちに待った勉強会。不安とワクワクで少し寝不足だけど顔に出てはいないはず。クラスメイトの家に集まって一緒に何かするなんて私にとっては初めてのことだ。
 彼と話すようになってから、本当に初めてのことがたくさんで毎日が充実しているように感じられる。彼と話せるようになって以前の私より、少し自信もついてきてるんじゃないかな。
 改めてそう思いながら彼との待ち合わせの時間に間に合うように家を出た。服装は前回の彼の反応から見てもジャージはまずそうなので季節に合わせて選んだ。いつも乗っている電車も時間が違えばそれだけでなんだか気分が高揚する。車窓からの風景は一人でカラオケに行くか学校に行くかしかなかった今までとはなんだか違って見える。電車の中では特にすることもないのでいつもは単語帳を開いているのだが、今日はずっと外の景色を見ていることにした。毎日の通学路でもじっくりみてみると気づいてなかったことはあまりにも多い。あっ近くにあの店あったんだ。今度行ってみよう。
 そうこう考えてるうちに待ち合わせ場所の駅に着いた。気合を入れて電車から降り、駅前で彼が来るまで待機する。SNSでの連絡を見る限りどうやら彼は待ち合わせの時間にピッタリ来そうな感じだ。この間にコンビニでお弁当とか買っておけばよかったかなと思ったが、どうせ道中にもコンビニはあるし、駅前のコンビニよりももしかしたらいいお弁当が残ってる可能性もあるかもしれないと自分を納得させる。
 待ち合わせの時間を過ぎても彼が来なかったので少し心配になったが、少し時間が経ってから彼はやってきた。急いでその方向に歩いていこうとしたがそこで私の足は止まってしまった。彼の隣には藤井さんがいたのである。
「聞いてないわよ……ま、まだ心の準備が」
 彼もこちらに気づいたのか、どんどんどんどん近づいてきている。これはまずいことになったと思いつつ、もう逃げ場はどこにもない。腹をくくるしかないのか。いや、彼とコミュ障を脱却すると誓ったんだからそもそも逃げるわけにはいかないのよね。ええいどうにでもなれ!
「おはよう、上野さん。今日は普通の格好なんだね」
「……お、おはよう」
 今日は普通の格好なんだねって何よ! 普通ここは女の子の服装をほめるところでしょ! そんなに前回のジャージは変だったのかしら……。
「おはよう! 上野さん!」
 すごい元気ねこの人。なんだかうまく話せるか心配になってくる……。
「それにしても上野さんって喋るとこんな風だったっけ? なんかイメージと違う気がするんだけど」
 本当に溝部君の言った通り、勝手に私のイメージは私とはかけ離れてできているみたい。何がいけなかったのかしら? やっぱり無表情よね。なんとかして直さないと。
「えっとその、もともとこんな感じっていうか……」
 少し笑いながら間違いを正してみる。
「そうなの? 聞いてた話とも教室での印象とも違うような気がするんだけどなぁ」
 なんだかニヤニヤしながらおもしろそうにこっちを見てくる藤井さん。私、この人苦手かも。
 その場に留まってるわけにもいかないのでさっさと渡会君の家を目指して歩き出す。ここまで来るのに藤井さんに慣れてきたのだろうか、彼はぎこちないながらもなんとか会話をしているようだ。歩くペースもちょうどいい。必然私は一人余るわけだが、心の準備ができていなかった分今は非常に助かる。
 予定通りにコンビニに入ってお弁当を買うことにする。二人も何か買うみたいなので一緒に入って別々の売り場に歩いていく。本当に最近のコンビニ弁当はすごい。まず種類が異常に豊富だ。惣菜パン、菓子パンなどを合わせるといったい何種類存在しているのだろうか。これは個人的な感想だが味もスーパーの弁当よりおいしいように感じる。
 お弁当は決めたが、さらにおにぎりかサンドイッチのどちらかを追加で買おうと悩んでいると、いつの間に隣にいたのか、横から藤井さんが話しかけてきた。
「結構いっぱい食べるんだね~。そういえば学校で食事してるところ見たことない気がするな」
 いきなり痛いところを突いてくる。馬鹿正直に答えてもなんかおかしいことになりそうなので適当に答えよう。
「えっとその、……一人で食べてることが多いかな」
「へ~そうなんだ。どこで食べてるの?」
「それは……その……」
 またもや痛いところを突かれた。人気のないところに行って食べてますなんて言いたくないし、言ったら言ったでもし来られても困る。
「はは~ん秘密の場所ってやつですかな?それなら聞かないほうがいいかな」
「そ、そうなのよ。ははは……」
 なんか勝手に納得された。こちらとしては都合がいいので良しとしよう。続けて彼女は話しかけてくる。店の中なんだからもう少し静かにしてほしいのだが。
「それにしてもさ、溝部君とあなたってどういう関係なの? 彼、どう考えてもコミュ障なのにあなたに関しては割と気楽な感じじゃない?」
「友達よ」
 何か考える前にその言葉が出ていた。
「へえ~友達、ねえ」
 彼女のほうを見てみるとなんだかニヤニヤしている。
「な、何かおかしかった?」
「いや、別におかしくはないけど、おもしろいな~って。あなたもコミュ障っぽいし、もしかしてコミュ障仲間的な?」
「うっ……」
 図星である。コミュ力が高い人は頭の回転も速いらしい。いや、冷静に考えたら誰でもわかることなのかな?
「まあいっか! 溝部君はもう店出たみたいだし、早く買って出ようよ」
 適当に話を切り上げられた。なんだか彼女は私を弄って楽しんでいる節がある気がする。
 店を出ると溝部君が待っていた。
「おまたせ~溝部君、ちょっと待たせちゃったかな?」
「……おまたせ」
「お弁当選ぶのに時間かかったの?」
 あながち間違いでもないが何とも言えない。
「ま、まあそんなところよ……」
 しまった。少し狼狽してしまった。変に思われてないだろうか。
「よし! それじゃあ渡会君の家に向かいましょうか!」
 藤井さんの発言で特に何もなく三人そろって歩き出した。

「おーおー三人そろってご到着か。これは樹、両手に花ってやつか」
「ふふふ溝部君、いつの間にか私まで毒牙にかけていたのかな?」
 目的に到着早々このノリは一体。しかも私まで毒牙にって、私はすでに毒牙にかかってるのかしら。まあ溝部君を二人が弄って遊んでるだけってのはなんとなくわかるんだけど、こういう時どんな反応をしたらいいのか、私の経験値が圧倒的に足りていない。
「そんなことより、さっさとお前の部屋で勉強会だろ」
「はいはい、用意はできてるから先に行って待っててくれよ。俺は飲み物とか持ってくからさ」
「あ、それじゃあ私手伝うね~」
 ちょっと黙ってしまっていた間に話は纏まったようで、ひとまず私は溝部君についていく。
 渡会君の家は玄関から広くゆったりとした雰囲気で、きれいに掃除もされているようだ。まあ掃除してないのに人を招き入れる人もいないとは思うけれど。
 どうやら二階に渡会君の部屋はあるようだ。他人の家の二階にいきなり上がるのには少し抵抗があるが、溝部君は勝手知ったる様子で上に上っていくので置いていかれないようについていく。
 そして突き当りの部屋、ここが渡会君の部屋らしい。部屋に入ると二人っきりだったので早速今日の文句を言ってやることにした。
「ちょっと溝部君! 最初から藤井さんが一緒にいるなんて聞いてないわよ!」
 こちらとしては覚悟のタイミングがずらされたので本当にびっくりしたのだ。
「それに関しては途中でばったり会ってしまったからしょうがないだろ……」
「私の方は心の準備ができてなかったのよ! いつもよりは、まあ、ましだったけれども……」
 少なくとも無表情になってしまうことはなかったと思う。
「少しは話せたなら多分大丈夫。今日一日頑張ってみようよ」
「それはいいんだけど、あなたなんだか藤井さんと話すのにもう慣れてない?」
 彼のコミュ障ばかりがどんどん改善されているような気がする。
「駅までの道中でな……ずっと話しかけられたんだよ……」
「そ、そう……なんか、ごめん」
 なんだか悲壮感が漂っている。私も彼女にずっと話しかけられたらあんなふうな顔になってしまうのだろうか。
「でもあなたが私以外の女子にも慣れ始めているのは確かなのよね。だとしたらまあ、よかったんじゃない? 一応成果は上がってきてるってことなんでしょ。あとはそうね、私も頑張らなきゃダメよね」
 そうだ、私もコミュ障を改善していかなければならない。
「ひとまずは女子同士ってことで、藤井さんと話せるようになっておくといいんじゃないかな。ほら、俺だって同性なら大丈夫なわけだし」
 私にとっては異性も同性も大して違いはないのだが、女子の友達を作るということにおいてはやはり藤井さんと仲良くなることが先決だろう。
「私は別に男子が苦手っていうわけじゃないんだけど……後々のことを考えたらそれがベストでしょうね。まあどちらとも普通に話せるようになるのが本当はベストなんでしょうけれど、さすがにそれは難しいわよね。少しずつ慣らしていく感じで行かなくちゃ」
 とりあえず方針も固まったところで残る二人の足音が聞こえてきた。私と彼はささっと台の上に勉強道具を出して並べた。
「おっ、二人ともやる気満々ね」
 そういって藤井さんはお盆とコップを台の上に置いて、なぜか溝部君の隣に座った。体をくっつけて。一体何を考えているのか……。
「近い近い近い近い!」
 彼は顔を赤くしながら急いで彼女と距離を取る。どうやら彼女はこういった彼の反応を楽しんでいるようだ。ニヤニヤがすごいことになっている。
「あらあら~そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに~」
 なんだか見ていると少しイライラしてきたので一つ物申そうと思う。
「ちょ、ちょっと、そっそこまでよ。溝部君、嫌がってるでしょ」
「おっとこれはなんだ? まさか樹を巡っての女の戦いが勃発しているのか?」
 私が言った後にタイミングを見計らったかのように渡会君が言った。溝部君を巡って争うですって? それは流石にないわね。
「ホントいい加減にしてくださいお願いします……。というかさっさと勉強始めようよ」

 というわけでとうとう勉強会が始まった。ひとまず苦手な教科の勉強をしようと思い数学から取り掛かる。苦手と言っても全く分からないわけでもないし、ひとまず教科書の例題、問題集の該当箇所をなぞってやっていく。う~ん、他の人に聞くことも特にない。だって解説載ってるし。少し不安になってきたので周りの様子を見てみると、三人とも普通に勉強をしている。やってる教科もバラバラで、彼らも特に聞きたいことはないようだ。
 もしかして勉強会ってコミュ障の改善にはならないんじゃあ……。
「どうかした? 上野さん、わからないところでもあった?」
 こちらがきょろきょろしていたことに気づいたのか、藤井さんが話しかけてきた。
「いや、えっと、そういうわけじゃないんだけど……」
「なに?静かなのが気になるの」
 首肯をすると
「まあ最初はこうなんだけどね、大体こういうのってみんな集中力切れてきて途中から雑談になったり、別のことし始めるのよ」
「そうそう、大体俺と樹が一緒に勉強してたらこいつ、すぐにゲーム始めるんだよな」
 それは、勉強会と言えるのだろうか。でも確かに、このまま勉強ばっかりしていても途中で飽きるわね。
「まあ俺より俊之のほうが頭いいからこっちは質問できてラッキーって感じで、飽きたらゲームしてるかな」
「あら、じゃあ私の方が渡会君よりも成績いいからどんどん質問してくれていいのよ」
 藤井さんがドヤ顔で溝部君に近寄っていく。
「いや、それはちょっと……。えーと、藤井さんは何の教科が得意なの?」
「そうねえ、あえて言うなら保健体育かしら」
「あ、そういうの結構ですんで」
 素っ気ない口調だが溝部君の耳はちょっと赤くなっている。
「なによ~つれないわね。まじめに言うと日本史以外は結構いい点とってるわよ」
 日本史が苦手なのか。確かに高校から日本史って一気に情報量が増えて私も戸惑った覚えがある。特に平安時代辺りの漢字の覚えにくさは……。
「頭いい人のこういうのって当てにならないからな。大体他の教科より少し点数が低いだけで高得点だから」
 溝部君がどこか遠いところを見つめながらそんなことを言う。
「そんなことないわよ~多分」
 それにしても溝部君はさっきよりもさらに彼女と打ち解けているようだ。私も負けてはいられない。
「わ、私は理数科目が苦手なんだけど……」
「そうなの? 私は得意だから教えられるわよ」
「え、えっとそれじゃあ後で化学を教えてもらえないかしら」
 私は化学の計算が苦手なのだ。先生は算数の問題みたいなもんとか言ってさらっと計算していくが、あんな説明でわかるわけがない。
「ええ、いいわよ!」

 その後もまた黙々と勉強を続け、皆の集中力が切れる頃にはもうお昼になっていた。
「おっと、もうこんな時間か。皆そろそろメシにしようぜ」
 渡会君のこの一言から私たちはそれぞれお昼ご飯の準備をし始めた。
「じゃあ俺はいったん家でご飯食べてくるから」
 また後で、と言って部屋から出ていく溝部君。すっかり忘れていたが彼の家はこの家の隣にあって、休日は親がいるからご飯も一緒に食べるようにしているらしい。わざわざ作るのにお弁当を買うのはもったいない、だそうだ。家族仲は良好なようだ。
 というわけで今この場にはコミュ力の塊二人とコミュ障一人、彼が戻ってくるまでのこの時間が今日一番の壁であることは言うまでもないと思う。
 ぼーっとしているわけにもいかないので早速お弁当を食べ始める。すると私のお弁当を見た藤井さんが声をかけてきた。
「そういえば上野さんはお弁当、結局何買ったの~」
「ええっと、その、のり弁とサンドイッチだけど……」
 今日は手堅くのり弁と追加のサンドイッチにしておいた。サンドイッチは大好きなチキンカツサンド、あのコンビニチェーンのチキンカツサンドは肉厚でおいしいのだ。
「よくそんなに食べれるわね~。しかもそんなに食べるのにその体型……うらやまけしからん」
 痩せているといいたいのだろうか。彼女も別段太ってなどいないと思うのだが……。そんな思考が顔に出ていたのか、彼女は恨めしそうな目でこちらを見る。
「世の中の女子は常日頃から体型維持に全力を尽くしているというのに、そんなにがつがつ食べてそんな細身だなんて信じられないわ」
 いや、そんなことを言われても……。
「わ、私はその分、む、胸もないから……」
 私からすればもう少し体に丸みが欲しいところなのである。
「あ~まあ確かに胸は私の方が勝ってるかもだけど」
「あの~お二人さん。仲良くなってくれるのは一向にかまわないんだが、一応俺がいるのも忘れないでくれよ」
 確かに男子がいるのに今みたいな会話をするのはよくないわよね。逆セクハラ的な感じになっちゃうから。
「き、気を付けます……」
「でも渡会君だってこういう話題好きなんじゃないの?」
 男女比一対二のこの状況でまだこの話を進めようとする藤井さん。これじゃあ完全にセクハラである。
「普通は男子同士女子同士だけで話すからおもしろいんであって、女子からそんな話振ってこられりゃこまるだろ」
 何という冷静な切り替えし。もし溝部君なら今頃顔真っ赤になってどうしていいかわからなくなってるわね。
「まあそりゃそうか。こういう風に弄っておもしろいのは溝部君だけね!」
 彼女も自分と同じことを考えていたようだ。思わずクスッと笑いが漏れる。
「ふふっ、上野さんもそんな風に笑うんだね。初めて見たわ」
「俺も初めて見たよ」
 二人が笑ってこちらを見ていて、少し恥ずかしくなってしまい下を向く。
「も~照れちゃって~可愛いわね」
 下を向いていて見ることはできないが、藤井さんは絶対にあのニヤニヤした顔をしているに違いない。また弄られ遊ばれてしまった。きっとこの人は常にだれかを弄ることを考えているに違いなく、目下一番の標的である溝部君にはご愁傷さまとしか言いようがない。
 そのあとは二人が何やら話しているのを聞きいていたらいつの間にか昼食を終えていた。一番不安な時間だったのだが思いの外速く過ぎていってしまったようで、人の話を聞いてるだけでも時間の流れは違って感じるものなんだ。と感心していると溝部君が戻ってきた。
「戻ってきたか樹! 男一人は心細かったぜ」
 渡会君が思ってもいないことを言う。お前はそんなの全然平気だろ、というような顔をしながらさっきと同じ場所に腰を下ろし、少し私の方に近寄ってきて小声で話しかけてくる。
「上野さん大丈夫だった? 少しは話せた?」
 どうやら彼は彼で私のことを心配していたらしい。話せたかと言えば微妙なところだがまったく話していないわけでもないし、なかなか楽しい時間だったのでうなずいておく。すると彼は一瞬驚いたような顔をした後、少し微笑んで嬉しそうな顔をした。まったく、自分のことでもないのにどうしてそんなに嬉しそうな顔ができるのかしら。
 その後もまた勉強を始め、藤井さんに化学の計算の時に気を付けるべきところを丁寧に教えてもらった。頭がいい人は教え方もうまいのか、それがコミュ力によるものなのかはよくわからないが非常にわかりやすく、また彼女とも少し仲良くなれたような気がした。
 それからは男子二人が急にテレビゲームで遊び始めて私たちも巻き込まれたり、お菓子を食べながら少しずつ雑談ができるようになったり、私が今までに体験したことのなかったような楽しいを時間を過ごせたと思う。

 あまり暗くなっても危ないので夕方早めに解散することになり、私は藤井さんと二人で駅まで歩いていた。
「いや~今日は思ったよりいろいろ楽しかったわね! 上野さんはどうだった?」
「えっと、楽しかった、です」
「そう、よかったわ。……ねえ、朱里ちゃんって呼んでいい?」
「それは、構わないけど……」
「けど?」
「ちゃ、ちゃん付けはちょっと……恥ずかしいかなって」
 両親に小さい頃はそう呼ばれていたがこの年でそれはちょっと抵抗があったりなかったり。
「そう? じゃあ朱里でいいかしら。私のことは伊万里でいいわよ」
「う、うん、よろしくお願いします。……えーっと、伊万里?」
「ええよろしくね朱里。あなたといい溝部君といい、反応がいちいち可愛くてなんだかいじめたくなっちゃうわね」
 それから藤井さん、いや伊万里は溝部君を弄ったときの反応について話し始めた。こちらは聞いているだけだったけれど、彼女は彼のいろいろな反応についてびっくりするほどによく見ていた。中には私にも思い当たる部分もあり、興味深く聞いていたのだが、
「そういえば朱里の反応も……」
今度は私のことについて話し始めてだんだんと恥ずかしくなってきた。
「ちょ、ちょっとそこまででいいから!」
 そんな感じで駅までついて私たちは違う方向の電車にそれぞれ乗って帰った。
 私には今日、伊万里という新しい友達ができたのだった。

 勉強会は途中から、具体的には俺が昼食を食べにいったん家に帰った後から、半ばお決まりのようなものだがだんだんと勉強会ではなくなっていった。俺が飽きてゲームし始めたのが原因なんだけどさ。
 そんなこんなでなーなーになって、何事もなく勉強会は終了した。暗くなると危ないので夕方五時くらいにはもう解散するということだったので、俺は俊之の家に残ってもう少し勉強して帰ることにした。こういう時に隣の家って気楽でいいよね。
 もちろん藤井さんと上野さんを送ることも提案した(俊之が)が、藤井さん曰く、まだ暗くなってないから二人でも大丈夫でしょ、とのことなので普通に帰ってもらった。
 それにしても上野さん、藤井さんと二人で大丈夫だろうか。藤井さんは俺たちみたいなのをいじるのが大好きなちょっと、いや大変変わった人だと思う。そんな藤井さんが今日の彼女の様子を見て弄ろうとしないわけがない!
「おいおい樹、そんな心配そうな顔しなくても、あの二人ならそれなりに仲良くやってそうだぞ?」
 とは俊之の言。こいつが根拠にするのならそれは俺が見ていなかったあの時しかあるまい。昼食から戻ってきたときには一応聞いたが、これは俊之にも聞いておく必要があるのでは。
「なあ俊之、俺が飯食いに行ってる間、二人の様子ってどうだったんだ」
「ん? ああ、なんだか楽しそうにしてたぜ。なんか胸の話とかしてたな」
 胸の話とは一体、おっぱいか、おっぱいの話なのか? そんな中に一人いた俊之がなんかかわいそうだな。
 それにしてもおっぱいか。よくよく考えてみれば確かに男子同士での会話には猥談はつきものだ。それが女子同士で行われないはずがない。今まで考えてもみなかったが、これは万能ではないにしろ同性と仲良くなるにはいい手段かもしれない。俺には特に必要はないが上野さんには言っておいた方がいいだろう。
「……おい、樹。何を急にそんな真剣な顔になってんだよ」
「いや、猥談とはその手があったか、と思ってな」
「落ち着け樹、女子に急に猥談なんてしたらただの変態だ」
「俺がするんじゃねえよ!」
「え、いやなに、上野さんにさせようとしてるの? こいつ大丈夫か……」
 完全にドン引きですといった感じで後退る俊之。おかげで冷静になれたよ。
 こんなこと提案するなんて、セクハラですよね。

 休みが明けた月曜日の昼休み、テストは明日からで今日からしばらく彼女との昼食もなくなるわけだが。
「上野さん、なんだかとても機嫌がよさそうだね」
 そう聞いてみると、待ってましたと言わんばかりに彼女は説明を始めた。
 まあ要約すると、藤井さんと二人で帰っているときに名前で呼び合うことになったらしい。そして今日の朝も普通にあいさつができた、と。
「これはもう友達になったって言ってもいいわよね! 友達二号よね!」
 その友達二号という表現はともかく、俊之の予想は当たっていたみたいだ。さすが俊之。
「じゃあひとまず勉強会は大成功だったってことで、次なる目標を決めようか」
 そう、ここで立ち止まっては意味がない。せっかく友達ができたならそう
「次なる目標って? 文化祭実行委員じゃなくて?」
「それはそうなんだけどさ、なんていうか、藤井さんと話すときに向こうからばっかり話しかけてもらったりしてない?」
 俺も昨日は途中で無理だと思ってしまったが、取り敢えず自分から話しかけられるようにならなくては駄目だと思うのだ。
「あ~……確かに言われてみればそんな気がするわね。自分からも話題を提供できるようにならないとだめってことね?」
「そう、その通り!」
「でも、話題の提供ってまだ難しい気がするのよね。例えば私とあなたの場合、今は共通の目標があるからこうやって話せるわけじゃない? でも私、藤井さんとの共通の話題なんて思いつかないのよね。趣味とかも知らないし」
「そこらへんは今から互いに知っていくしかないというか……」
「唯一の共通の話題といえば溝部君、あなたのことくらいね」
 え、それはどういう……。
「彼女、あなたのこと弄るのが今の楽しみらしいわよ。それくらいしか共通の話題が見つからないわね」
「いや知ってたけどさ! それを共通の話題にするのはおかしいんじゃないかな! 大体藤井さんは別に俺たちがどういう関係かも知らないわけで」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私たちがコミュ障仲間だってこともなぜだか昨日の朝にはバレてたし」
 どうやらはっきりとはいかないまでも俺たちがどういった関係性を持っているかは簡単に見破られたらしい。まさか俊之が教えていたとか? それもあり得そうだ……。
 まあそれはともかく、
「ひとまずは試験、頑張りましょうね」
ですよね。

「ああああああおわっだあああああああああぁ」
 テスト五日目、最後の教科が終わった瞬間張りつめていた教室の空気ががらりと変わって、みんなは謎の高揚感に包まれていく。誰もがこれからの午後は何をするだとかなんとか話し合っている中、俺はここ数日の疲れに体を支配されて机に突っ伏しながら呪詛を吐き出していた。
「溝部~、提出物あとお前だけだぞ」
「ああ、ごめんごめん」
 テストの後にはこれがつきものだな。この提出課題から問題をいっぱい出してくる先生も珍しくないし、むしろこの課題をやってないとテストの点数は大幅に下がるに違いない。
 ささっと提出してから家に帰る準備を始める。今日は帰って何をしようかと思考が皆に追いついたとき、いつものように俊之がやってきた。
「やっと終わったな樹、テストはどうだったよ」
「おつかれさん俊之、まあそれなりに解けたよ普通に」
 全部は解けなかったけどな。まさかあんな暗記ゲーの問題が出てくるとは、いやになる問題量だった。確かテスト作ったのは今年入ってきた先生だったっけな……。
「まあなんにせよ、テストが終わったってことは次は文化祭なわけだよ樹」
「それがどうかしたのか?」
「どうかしたかってお前……テスト週間に勉強以外のことが吹っ飛んじまったのか? やるんだろ、実行委員」
 そうでした忘れてました。俊之曰く俺と上野さんがコミュ障を脱却するための近道。人を無視できない、そんな環境に自ら飛び込んでいきコミュ障を矯正する荒療治である。
「そういえば上野さんは……」
「それならさっきなんかすごい速さで教室から出ていくのを見たぞ。走ってないのに人はあんな速さで移動できるんだな」
 やっぱりか……。学級会は明日だからきちんと連絡をしておかないといけない。もしかしたら他の人が立候補する可能性もあるからな。
「まあとりあえず帰るかな」

 家に帰ってからすぐ上野さんに連絡を取る。
『明日、学級会だけど段取り的には俺が立候補
 その後に上野さんって流れでいいよな』
 例外はあるかもしれないが大体こういう学級会ってのは常日頃からやる気のある、俊之みたいなリア充界隈が仕切るもんだ。そんな中で今まで特にこれといって何もしていない俺が立候補するには先手必勝、誰よりも早くパパッと内定をもらう以外に方法はない。
 男女一人ずつの実行委員、上野さんが先に決定したら隠れ上野ファンたちが一気に立候補すること間違いなしだろう。逆に俺ならば他の女子が立候補することもなくなるのではないかと思う。自分で言っててちょっと悲しいが。
『なんだかんだでそうすると私たちの関係が疑われそうな気がするけれど』
 問題はそこなんだよな。こんな風に立候補するとどう考えても怪しい二人になっちゃうという。しかしここは無理にでも二人で立候補する以外に方法はないわけで。
『どっちか片方だけが実行委員になっても仕方がないし
 ここは仕方がないんじゃないかな』
『まあそれもそうね』
 いよいよ明日、勝負の日である。

 そんなこんなで学級会、俺は全羞恥心を捨て去って一番に元気よく立候補しなければならない。
「それじゃあ前回言った通り、文化祭の実行委員を決めます。男子一人女子一人です。えーと、じゃあやりたい人~」
 来た! このタイミングを逃すわけにはいかない!
「はい! はい! はいはいはい!」
「お、おう。じゃあ男子は溝部でいいかな。他にやりたい人はいる?」
 クラスのみんなはクスクス笑ってはいるが、他に立候補しそうな気配はない。
「じゃあ溝部に決まりね。次は女子、誰かやりたい人」
 あとはこれで上野さんが手を挙げれば……
「はーい!」
 最初に手を挙げたのは藤井さんだった。え、ちょっとまってそれは
「ここは朱里に任せるのがいいと思います!」
 先ほどとは違いクラスがざわざわし始める。あかりという名前はこのクラスには上野さんしかいない。
 藤井さんの方を見ると彼女はこちらに気づいてウィンクをしてきた。いったいどういうつもりなんだ。
 一方上野さんはというと耳を少し赤く染めながらも無表情になっている。これは初めて見る表情だ。ちょっとおもしろい。
「ええっと、みんな静かに」
 委員長が全体を静かにさせて上野さんに尋ねる。
「と、言うことなんだけど、上野さんどうかな?」
 緊張と恥ずかしさが頂点に達したのか、おもしろいことになってしまっている上野さんだが、このことでさらに周りに注目されてどうしたらいいのかわからなくなってしまったのだろう。無表情で固まっている。
「う、上野さん?」
 委員長がちょっと弱腰になってしまうほどの無表情。しかしもう一度問われて少し冷静になったのか、その無表情のまま彼女は少し首を縦に振った。
「え? えーっと、やるってことでいいのかな? じゃあ決まりで」
 こうして何とか二人して実行委員になることができたが、この先一体どうなることやら。

「それじゃあ二人とも、続けてクラス企画の方を決めてもらいたいんだけど、任せて大丈夫?」
「あ、はい。じゃあ上野さん、行こうか」
「え、ええ」
 大分落ち着きを取り戻したのか、ようやく言葉を発するようになった。
「ひとまず上野さんは書記をしてくれ」
 小声で彼女に指示を出しておく。いきなり彼女に会の進行を任せるのは流石に難しいだろうからな。
 人の前に立って話すだけでも緊張する。こういったものは初めてなのでうまくできるか心配だが、少なくとも上野さんよりはマシにできるだろう。
「えーっと、じゃあまずは隣近所と、やっぱり班ごとがいいかな? 班ごとに文化祭でやりたいことについて話し合ってください。5分後にまた声をかけます。」
 これでいい。今まで経験してきた中でもスムーズな司会進行は大体こういう感じだったはずだ。そしてこの間に上野さんの様子をしっかりチェックしておかなくてはならない。
「上野さん、とりあえず、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないわよ……。伊万里のおかげで無事に実行委員になれたのは確かだけど、あんなにみんなに注目されたのは初めてでもうなんというか……」
 周りに注目されていたのは初めてじゃないと思うんですけどね。それこそ学年中から注目されてた人が何を言うのやら。
「それはともかく大分落ち着いては来たんだよね?」
「え、ええ」
「じゃあ今日はその落ち着きを保ったままでいてね」
「そんなこと言われても……まあ頑張るけど」

 5分後、全体が静かになり始めた。うちのクラス、なんか優秀じゃね? この調子ならさぞ良い意見が出ることだろう。少なくともこの件については次回に持ち込み、なんてことはないはずだ。
「えー、それでは意見を出してください。一班から―――」
 ということで一通り出そろった意見は以下のとおりである。
 一つ、劇。
 一つ、コスプレ喫茶。
 一つ、映画の作成。
 一つ、チョコバナナ。
 一つ、焼き鳥。
 一つ、お化け屋敷。
 とまあこんな感じに無難なラインナップなわけだが。チョコバナナ以外地味に全部大変そうだな。どう決めたもんかな……。
「ええー……それじゃあこれらについて何か意見がある人はいますか……。いないようでしたらそのまま多数決にしたいと思いますが……」
 結果的に言うと男子の大多数がコスプレ喫茶に手を挙げてコスプレ喫茶になったわけだが……。ううう、女子からの視線が痛い。
「……えっと、次に何を売るのかを決めたいと思います。意見がある人はいますか」
 とはいうもののなかなか意見が出てこない。このまま聞き続けてもなかなか進まないだろうし、いったいどうしたらいいのか。
「う~ん、上野さんは何か意見とかある」
 あ、なんかいつもの通りに話しかけてしまった。
「そうね、お茶とコーヒー、お菓子は適当に一種類委託販売みたいな感じでいいんじゃない? ……あ、えっとその、そんな感じが、いいと思います」
 最後は尻すぼみに言い直していたが、彼女もなんだか普通に話してしまったようだ。なれって怖いね。
「ええっと、他に意見がないならそういう方向でやろうと思うんですけどいいですか?じゃあ何を委託販売するかですけど……」
 なんだかみんな固まっているんだが……。
「はーいはーい!ドーナツがいいと思いまーす」
 そんな中でも藤井さんは元気に提案をしてくる。非常に助かるのでこのまま押し通させてもらおうか。
「それじゃあ委託販売でお茶とコーヒー、お菓子はドーナツで決まりでいいですか? 責任者は―――」
 その後、会計や食品関係などの責任者をあらかた決めて、肝心の衣装などについては後日に回ることになった。まあ初めての仕事にしてはグダグダにならずに済んで個人的には満足である。上野さんもさっきのことは特に気にしていないようだし。
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