寝坊少年の悩みの種

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第七章 体育祭

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 体育祭までは日にちがそんなにない。せいぜい前日準備と片付け、あとは練習に使うものの出し入れか。
 一年生の団体競技は綱引きになっている。綱なんか出したことないけど、まあ指示に従ってやればいいだろう。重たかったらいやだな。
 そう楽観視していたのだが、よくよく考えればこういった行事には常連の早織が一年生を仕切るのは当然の事だった。
 俺たちは早織の命令に従って動いていく。早織はなんだか無表情で指示を飛ばしている。そんなことはないのだろうがなんとなく怒っているように見える。
 うう、自分で蒔いた種とはいえ胃が痛くなる思いだ。同じ思いなのか葵も微妙な顔をしている。俺は気を紛らわせるために残りの係の男子に話しかける。
「これ結構重たいな」
「そうだな。もっと男子が多かったらよかったかも」
「だな」
 会話終了。
 自分のコミュニケーション能力の低さを今ほど恨めしいと思ったことはない。
 視線を前方に戻すと一瞬、早織がこちらを見ていたような気がした。しかしその顔はやはり無表情で何を考えているかわからない。
 表情豊かだった早織とはまったくもって別人だ。あの頃は感情もわかりやすかった。……一番大事な部分は全くもって読み取れていなかったわけだが。
 そんなこんなでこの日の係の仕事も終わり憂鬱な時間からも解放される。今日で確か全体での競技の練習ってのは終わりだったはずだ。前日まで集まることはないだろう。

「はあー疲れたー」
 いつものファミレス。今日はバイトもなかったが俺と葵は最近なんだかんだで一緒に行動している。
「俺、なんか胃が痛い」
「早織なんだか怖いわよね。感情を表に出さないところとかまったくもって別人じゃない」
 彼女も俺と同じ感想を抱いていたようだ。
「原因がこっちにあるから余計に気疲れしちゃうのよね。何か言ってもだめだし、かといって無視を決め込むのも精神的にきついし。もうちょい穏便にやっとけばよかった」
 本当に一体何をやったんだこいつは。
「そうだ! ストレス解消にカラオケでも行かない?」
 あまりにも唐突。しかしカラオケか。しばらく行ってないな。
「別に構わないけど、俺あんまり歌える曲多くないぞ?」
「いいのいいの。ストレス解消になればそれで。弘治も大声出しときなさいって」
 こうして俺たちはストレス解消という名目でカラオケに行くことになったのだった。

 受付を済ませて個室に入る。二人だからか結構狭い部屋だな。
「飲み物代はもったいないから水にしましょ。ここ、水ただなのよね」
 そう言いながらサクッと注文を済ませ座る。
「へえよく知ってるな。結構来るのか?」
 飲み物はソフトドリンク頼まないといけないと思ってた。
「中学の時はそれなりにね。最近はバイトばっかで友達と遊ぶってこともなかったから、ずいぶんと久しぶりだけど」
「俺はカラオケ自体ほとんど来たことなかった。一応学校側からは行かないように言われてたし、中学卒業してから高校入学までに数回友達と来たけどまだ全然なれないな」
「ゲーセン、カラオケ、ボーリングには行くなってやつね。大体どこの学校も言ってるけどあってないようなもんでしょ」
 今思えばそうなんだが律義に守ってたんだよな。
「じゃあ私から曲入れるわ。弘治も入れなさい」
 葵は機械を操作して曲を入れたようだ。次第に曲が流れ始める。
 うーん聞いたことない曲だ。まあいい俺も探そう。そう思いリモコンに手を伸ばす。
 前奏が終わり歌に入ったようだ。原曲を知らないから何とも言えないがうまい。伊達にカラオケ慣れしていないということか。聞いてるだけで心地よいのだがなんだか歌詞が小難しい。
 いかんいかん、俺も何か入れないとな。ここは無難な選曲で行こう。誰もが知ってる名曲だ。
 ほどなくして葵の歌が終わる。
「うまいな。何の曲なんだ」
「うっ、何の曲って言われても……アニソンよアニソン」
 ちょっと視線を外しながら答える。
「今のアニメの曲だったのか。かっこいいな」
「でしょ! アニメの内容ともマッチしてて大好きなのよね!」
 急にテンション上がったな。まあそれほど好きなんだろう。
「それにしても葵、アニメとか見るんだな。なんてアニメなんだ?」
「おっ、もしかして興味あり? 色々教えちゃうよ!」
 その瞬間なんだか悪寒がした。次の曲が鳴り始めたのは運がよかったのかもしれない。
「あ、これマイクね」
 マイクを受け取り歌い始める。葵の後じゃ数段落ちるだろうが俺もお気に入りの曲だ。負けてられない。
 それにしてもほんとに大声を出すと気持ちいいな。以前来たときは大人数で騒ぐのが目的だったからあんまり意識してなかった。
 だんだん気持ちよくなってきた俺は自然に体が動き出してしまう。葵も静かに聞いているので自分の声がしっかり聞こえてくる。
 歌い終わると何とも言えない心地よさに気分が高揚していた。
「よかったよ弘治。で、これ何の曲?」
「えっ」
 俺は有名な曲を入れたはずなんだが……その後もいろんな曲を歌ったが俺と葵の間には共通する曲なんてなかった。聞けば普段からアニソンしか聞いてないらしい。
「言ってなかったっけ? 私アニメ大好きなのよね。バイトもグッズ買うために始めたし。結局あんまり買ってないけどさ」
 初耳である。この前買い物に行ったときはそんなそぶりは見せていなかったと思うが。
「ああ、グッズ買いに行くのはあそこじゃないのよ。それより弘治、よかったらおすすめのアニメ教えるわよ」
 先程の悪寒が再び俺を襲う。その先に言ったら戻れないと直感が訴えている。しかしまあ少しならいいかとその場で承諾してしまった。

 日はすっかり暮れていた。
「いやー疲れた!」
「けどストレス解消にはなったよ」
 来てよかったな。そう思った。
「でしょ? また来ましょ」
「ああそうだな」
「それまでにアニソンを予習しておくこと!」
「……善処します」
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