寝坊少年の悩みの種

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第三章 寝坊少年と幼馴染

3-2

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 今となっては日常の風景。朝から委員長がリビングにいる事に全く違和感がない。初日にも思ったが馴染みすぎだろ。
「そういえば、昨日のは結局何だったんですか? 確か串田さんとか」
「あああれね、バイト先が一緒なんだけどまあいろいろあって」
 さすがに母さんがいるところで父さんの現在の家庭の話はしたくない。
「いろいろですか」
「うんいろいろ」
 委員長は後でいろいろ聞かせてもらおうか。といった表情で目線を向けてくる。察しがよくて助かるが説明は面倒だな……。
「ご飯も食べ終わったみたいですしそろそろ行きますか」
「そうだな、じゃあ歯磨いてくる」
 歯を磨いてから二人で家を後にする。母さんも当然のようにお見送りしてくれるのだが……もうどうでもいいね。
 一階まで下りながら俺達はそろって無言だったが、何となしに俺が口を開く。
「今日の日課って何だっけ」
「朝確認したんじゃないんですか? 確か現代文、生物基礎、数学、英語表現、古典、物理基礎じゃなかったですかね」
 よく覚えてるな。さすがまじめな委員長だ。素直に感心する。
「? そこで何してるんですか? 同じ学校の生徒みたいですが」
 しかしマンションから出てすぐのところで委員長が唐突に建物と建物との間に話しかける。とうとうおかしくなってしまったのだろうか。原因はやっぱり俺か? 俺のせいなのか?
「なぜ隠れるんですか? 出てきてください。事と次第によっては……」
 ちょっと、何言ってるのこの人なんか怖いんですけど。でも本当に人が居るなら気になるのは確かだ。俺は確認することにした。早足で近づきながら挨拶を口にする。
「おはようございま―――」
 そこまで言って俺は言葉を失ってしまった。そこにいたのは近所に住んでいる知り合いで、昔は仲良しだったのだがある時期から疎遠になっていた。早川早織、その人だった。
 少し前に言ったかもしれないが、同じ学校に通う疎遠になった同級生とは彼女の事である。
 髪型はポニーテールで、運動部らしく程よく鍛えられた体はスタイルがいい。キリッとした顔立ちも相まって制服がとてもよく似合っている。
 入学式の時にちらっと見かけてから全く見ることはなかったが、体育科で運動部の彼女が朝練もせずになぜこんなところにいるのか。
 しばらく互いに言葉もなしに見つめ合っていると、はっとしたように彼女が言葉を発し始めた。
「おっ、お二人はどういうご関係で!」
 い、いきなり何なんだ。
「クラスメイトですけど」
 委員長が即答する。そこは友達じゃないんですね……。
「ただの?」
「ただのクラスメイトです」
「じゃ、じゃあなんで同じ建物から出てきたの!」
「私もここに住んでいるからですが」
「や、やっぱり同棲……」
 話が飛躍している。なんで同棲って発想に至ったんだ。
「いえ、彼の部屋の上の階に住んでいるんですよ。同じクラスなので一緒に学校に行っているだけです」
 おお、さすが我らが委員長。全く動じずに、簡潔に要らないことは言わずに話している。
「な、なるほど。じゃあ本当にただのクラスメイトなんですね」
「はい」
 話は丸く収まったみたいだがどうしてこの時間に早織がいるのかという疑問が残る。久しぶりに話すので少し気まずいが黙っていては話にならない。
「それで早織、朝練とかいいのか?」
「きょ、今日は弘治に聞きたいことがあって、そ、その、朝練は休んだ」
 朝練を休んでまで聞きたいことがあるとは意外だ。それにしても早織ってこんなにおどおどした喋り方するやつだったか?
「こ、弘治とその、串田さんって、その、つ、付き合ってる、の?」
 ああ、そのことか。女子ってこういう話題好きだもんな。わざわざ疎遠になっていた早織までが聞きに来るとは思わなかったが、ここで誤解はしっかり解いておくか。
「それ、私も聞きたかったんですよね。実際のところ何があったんですか?」
 ……委員長も女子だったな。まあこの二人になら話しても問題ないだろう。
「その噂は事実無根だ。実はだな―――」
 俺は串田さんが父さんの再婚相手の娘であること、昨日はその母親、由紀さんとお話をしていたこと、俺と串田さんはただのバイト仲間であることを誤解の無いようにわかりやすく伝えた。
「それはまた複雑ですね。だからさっきは話さなかったんですか」
「ああ、母さんの手前、あんまり気持ちのいい話じゃないだろうからな」
 二人でうんうん頷いていると、早織が首を傾げた。まだ何かわからないことでもあるのかな。
「その、二人は玄関でその話をさっきしそうになったってこと? それとも……」
 さっきまでテンパってたやつの思考とは思えない。確かに不自然な場所ではあるが普通の奴ならスルーしてただろう。昔から妙に鋭いと思っていたがいまだ顕在か。
 まずいと思ったのか委員長が耳を貸すようにと手招きをする。
(遠藤君、この子にはちゃんと伝えた方がいいんじゃないですか?)
 意外なことに委員長は伝えた方がいいと主張する。
(このままだと変な誤解されそうですし、なにより誤魔化しきれそうにないです)
 そう言われれば確かにそうだ。誤魔化し切れる相手ではないと俺も思う。無言で頷きOKを出す。
「な、何をこそこそしてるの? 弘治と、えっと」
「橋本です。先ほどは誤魔化そうとしてしまいましたがきちんとお教えすることにしました。実は―――」
 委員長は事の顛末を端的に説明する。早織はそれでようやく得心が言ったという風に頷いた。
「そっかーなるほどね! 先生に頼まれて毎朝迎えに行くようになったと。なるほどなるほど。それでリビングに上がって敦子さんと仲良くなったと。うんうん、って私が納得すると思うの!?」
 どうやら納得していたわけではなかったようだ。
「学校の先生が女子生徒にそんなこと頼むなんておかしいでしょ! それにそんなのもう、か、通い妻みたいなものじゃない!」
「か、通い妻って」
 さすがの委員長もこれには面喰ったようで、自分の行動を思い返しているのか、遠くを見つめながら何かを考えていたかと思うと、今度は下を向いて耳まで赤くなっていった。
 委員長が照れると俺もなんだか照れ臭くなる。顔に血が集まっていくのが感じられた。そんな俺たちの様子を見て早織はさらに言葉を重ねる。
「やっぱり、先生に頼まれたなんて嘘っぱちなんでしょう?」
「いや、早織それは本当だ。嘘だと思うなら佐々木先生に聞いてみてくれ」
 言うと決めた以上あくまで誠実に伝えるしかない。まっすぐ早織の目を見て伝える。
「ほ、本当? ホントにホント?」
「ああ、本当だ」
 早織が押し黙る。きちんと伝えたのでこれがダメだったら佐々木先生に泣きつくしかない。
「……よ」
「よ?」
「よかったあああああああ!!!!!!」
 そう叫びながら早織はその場にへたれ込んだ。ちょっと待ってくれよ、マンション前には別に人通りがないわけじゃないんだから、こんな状態を誰かに見られたら非常にまずい。
 助けを求めて委員長の方を向く。
「……じゃあ、その、私はこれで失礼します!」
 嘘だろ!? 委員長は脱兎のごとく走り去っていった。それにしても足速いなーなんて現実逃避しているわけにはいかない。一刻も早く早織を落ち着かせなければ俺がお縄についてしまいかねない。
「早織! おい早織! しっかりしろ!」
 とりあえず肩を揺さぶってみる。いーち、にーい、さーん。ブンブンブンブン揺さぶると次第に落ち着いて来たのか、
「ちょっと、分かったからやめて弘治」
普通に話せるようになったっぽいな。しかし道行く人の視線が痛い。
「とりあえずここを離れるぞ」
「う、うん。わかった」
 こうして俺たちは二人で駅の方に向かった。

「それにしても急にまたどうして朝練休んでまでうちの近くに来たんだ? そんなに噂が気になったのか」
「ど、どうしてってそれは、その……」
 まあいいか、とりあえず先にやることは、
「連絡先交換しないか? スマートフォン、買ってるだろ?」
「あ、うん!」
 最近慣れ始めた連絡先の交換。中学生の時は持ってなかったから早織の家の電話番号しか連絡先知らなかったんだよな。
「これで良しっと」
「うん、ありがと」
「こうしてまたお前と話せるとは思ってなかったよ。なんだか疎遠になってたからな」
 思春期の男女はいろいろ複雑だったのである。
「それはその、ごめん」
「なんで謝るんだよ。お互い様だろ?」
「……うん、良かった。弘治は変わってなかった」
 俺の身長が大して伸びてないことへの嫌味か?
「そういうお前は変わったな。昔はもっとはきはき喋ってただろ。高校入ってイメチェンでもしたのか?」
「し、してないよ! これはその、久々だからなんだか照れ臭くって……」
「あー、それもそうだな。まあこれからも話すかはわからんが、連絡くらいならいつでも寄こしてくれよ」
「うん、そうする!」
 噂が思わぬ形で早織と俺を再び引き合わせてくれた。百害あって一利なしな噂だと思っていたが、今回ばかりは噂様様である。
「そういえばよかったってさっきも言ってたよな」
「え?」
「ほら、あの叫んでたやつ」
「い、いや、あれは別になんでもないっていうか、き、気にしないで」
 何か慌ててるみたいに見えるが、
「そういうなら別にいいけど」
 今はただ、大切な友達とのよりが戻ったことを、素直に喜ぼう。
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