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53、皇帝視点
しおりを挟むパーティの途中で席を立ち、戻ってきた皇后の目を見て心がザワついた。
元々、パーティ中にクルーエト子爵の息子が皇后に対して根も葉もない事を告げてきたことで、彼女が気にしていないか心配をしていたのに、戻ってきた彼女の目が赤くなっていれば心がザワ付くのも当然だ。
一体誰が、彼女をあんな風にしたんだ。もしかして、クルーエト子爵の話を信じた者が、彼女の事を傷付けたのか。もしそうなら探し出して罰を与えてやる。
彼女がどれだけリアムの事を可愛がっているかも知らずに、今日初めて見たであろう子爵の話を鵜呑みにするなど馬鹿げている。
そう怒りを覚える反面、私自身も彼女の事を見ずに、周りから聞こえてくる評価で彼女を判断していた事に罪悪感を抱く。
私が皇后とまともに話したのは、おそらくアイリが産まれてからだ。それまではイザベラから聞いた話や、イザベラへの態度を見て酷い人間だと判断していた。
だが、彼女と話していくうちに、あれは私の思い違いだったのではないかと思い至った。
この城に来た頃は、誤解を解きたいと何度も言って来ていた。だが、徐々に私の関心を引こうと無理に着飾ってみたり、猫なで声で話掛けてきたりと鬱陶しいくらいに、私を見つけては近寄ってきた。
イザベラの話を真に受けていた私は、人を平気で傷付ける人間とは話もしたくないと思っていた。だが、以前の彼女を思い出す度、私と話そうとする時は、いつも笑っているのに泣きそうな、痛ましい表情を浮かべていた様な気がする。
いや、気がするのではなく、実際はそのことに気付いていた。気付いていたが、幼い頃から私を支えてくれたイザベラの言葉を信じたくて、気付かないフリをしていた。
だが、彼女が私に薬を飲ませたあの夜。彼女の泣き出しそうな表情に気持ちが揺らいでしまった。寝室に勝手に入り、私に飲み物が入ったグラスを渡して来た時には、何かが混ぜられていることは気付いていた。
なんとも甘ったるい匂いに、どんな作用があるのかはだいたい予想が着いた。結婚したとは言え、相手に薬を盛るなど、牢屋に入れられてもおかしくない行為だ。私が一言言えば、直ぐにでも彼女を捕らえる事が出来た。
しかし、震えた手でグラスを持つ彼女の悲壮な表情に、手が勝手に動いてしまった。そして、薬の効果が現れてからも、抵抗しようと思えば出来たが、彼女のあまりにも弱々しい姿に、抵抗しようという気すら起きなかった。
あの時、初めて彼女を真っ直ぐに見た気がする。そして、あの時から彼女が本当に周りが言うほど酷い人間なのか、と私の中で疑問が膨らんでいった。
あの後も、彼女の私に対する媚びを売る態度も、周りに対する横柄な態度も、アイリが産まれるまで変わることは無かった。そして、寂しそうな、悲痛な表情も、変わらず隠しきれていなかった。
そんな彼女の事が少しだけ気になってイザベラに話してみたが、妊娠すれば情緒が普段より不安定になる、と言われれば納得するしかなかった。それからは、彼女の事はマーガレットに任せていつも通り極力関わらないようにした。
マーガレットの報告では、やはり横柄な態度で人に接し、お腹の子供のことを考えずに着飾ろうとする。という事が常に書かれていた。それを読み、イザベラの話が正しかったのだと自分に言い聞かせた。
そうでないと、今まで彼女に対してしてきた自分の態度が間違っていたと認めざるを得なくなるから。それに、信じていたイザベラが私に嘘を付いていたのかと疑わなくてはならないから…。
母が無くなり、それと同時に幼い頃から慕っていたマーガレットも何故か別の屋敷で働く事になり、拠り所のなかった私を唯一支えてくれたイザベラを疑いたくはなかった。
なので、皇后に対する違和感に気付かないふりをしていた。だが、それの選択は誤っていたのだと、アイリが産まれてから気付く。
アイリが産まれてからの彼女は、全くの別人と言っていいほどに変わっていた。あんなに媚を売って来ていたのに、私にハッキリ意見を言ってきたり、私の事など気にせずにアイリやリアムの事を優先していた。
初めは、本当に人が入れ替わったのではないかと疑ったが、元々あった違和感から、本来の彼女はこういう人なのではないかと思うようになった。
前の彼女はどこか無理をしていた気がしたが、今の彼女はいつも自然体で違和感などない。どういう理由で今まであんな態度を取っていたのかは分からないが、今の彼女には嫌な気持ちは湧いてこない。
それどころか、彼女がリアムに毒を盛ったと言われても、嘘だと確信を持って言える。それに、よく考えてみれば、以前の彼女も口調が厳しかっただけで、誰かに手を上げたりする様な人では無かった。
私に対して薬を混ぜた飲み物を飲ませはしたが、あそこまでする程、私が彼女を追い詰めてしまっていたのではないかと、今になって思ってきている。なので、あの事については彼女の普段の姿ではないと思っている。
そういえば、あの事について謝罪をしたいと言っていた。だが、私がその謝罪を受け入れても良いのかと思ってしまった。なので、あの場では話を終わらせたが、1度真剣に、以前の事も含め彼女と話し合わなければいけない。
しかし、当分は彼女とは会えなくなってしまった…。
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