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やっと婚約解消ができた!
しおりを挟む「私との婚約を解消して欲しい」
これは、私の婚約者である第一王子のエーリッヒ様が月一度のお茶会で開口一番に言った言葉である。
そして私は、考える素振りも見せず即座に返答した。
「承知致しました。では、こちらとこちらの書類にサインをお願い致します」
「……え、」
いつかこうなる日が来るだろうと予想はしていた。なので、いつでも出せるように持っていた婚約解消に関する書類をエーリッヒ様の前に差し出す。
あまりにも対応が早かったためか、エーリッヒ様は書類と私を見て目を白黒させている。
「どうかされましたか?サインしていただければ直ぐにでも手続きを始めさせていただきますが?」
「いや、あの………用意が良すぎでは無いか?」
「如何なる時も迅速に対応することをモットーとしておりますので」
「いや、でも、これは…」
いつもは表情をピクリとも動かさないエーリッヒ様は、珍しく眉をひそめ困惑した表情をしている。
私の前では無表情を貫いていたのに、珍しいこともあるものだ。
「君は…私が婚約解消と言って、なにか思うことは無いのか」
「思うこと…ですか? 強いて言いますと、最近エーリッヒ様と仲のよろしいご令嬢と婚約なさるのでしたら、 王妃教育は早くから始められた方がよろしいかと」
「いや、違う!私と婚約解消をして悲しくないのかと聞いているのだ!」
「…………は?」
初めて聞くエーリッヒ様の大声に驚き一瞬怯むが、言われた内容を頭が理解すると、自然と令嬢らしからぬ声が出てしまう。
何を言われてるのだろうか…?
悲しくないか?悲しむ要素なんてどこにあるのか逆に教えて欲しい程なんですけど…。
「あの…何に対して悲しめばよろしいのでしょうか?」
「なっ!何にって…それは……決まっているだろ。私と結婚できなくなるんだぞ」
「はい。解消するならそうなりますね」
この人は何を当たり前なことを言っているんだ?
そもそも私達の間には恋愛感情なんてものは微塵も存在しないし、婚約自体も王命であって、決して互いに望んた訳では無い。
その証拠に、エーリッヒ様の隣にはいつも私以外の令嬢がいるし。私もあまりそれを気にしてはいない。
なのに何故、結婚出来なくて悲しいという感情が生まれると思ったのか不思議で仕方ない。
「君は、私が好きだったのでは無いのか?普通、好きな相手から婚約解消を求められれば傷付くものじゃないのか」
何故か凄く不機嫌な顔をしながらそんなことを言われる、がーー。
「私がエーリッヒ様をお慕いしていた事は1度も御座いません。ですので、傷付くようなことはありえませんのでご安心ください」
「な、」
素直に答えれば、何故かエーリッヒ様の方が“心底傷付いた!!”という表情になって固まる。
何故そんな表情をされるか分からないし、どこで私がエーリッヒ様を好きだと思っていると勘違いしたのか疑問である。
婚約者としてエーリッヒ様に話しかけたりはしたが、それは特に好意があってしていた訳でもないし。
「君は、私が他の令嬢と話していると嫉妬したようによく注意してきたでは無いか」
「それは婚約者として注意しただけであって、私個人の感情ではありません」
「そんな…」
婚約者が居るのに節操無く別の令嬢と親しくしていれば、エーリッヒ様の評判に関わってくるので仕方なく注意しただけの話だ。
それに、エーリッヒ様の評判が下がれば王妃様から「貴女は婚約者としてなにをしていたのですか!」と、理不尽な怒りまで飛んでくるのだから注意するしかない。
ああ、今思い返してもあれは理不尽でしかない。
しかも、やりたくもない王妃教育を朝から晩までみっちりさせられ休みなんてなかった。
でも、やっと解放されるんだ!そう思うと今までの苦しんだ事も少しは水に流せる。
「さぁ、早くサインをしてください。面倒な手続き等は私が済ませておきますから安心してください」
「いや、しかし…そんなすぐに受理されるものでも無いだろうし…父上が認めるわけがないと言うか…」
何故かもごもごと言い出すエーリッヒ様に首を傾げる。
「何を仰っているのですか?婚約をした時に、エーリッヒ様自身が婚約破棄を申し出た際は了承すると陛下から言質を取ったでは無いですか」
「え…」
「それに、書面にしても頂いてます」
陛下の直筆サインが入った書類をエーリッヒ様に見せれば、何故か一瞬固まる。
が、次の瞬間に苦虫を噛み潰したような表情になった。
「どうかされましたか?」
「あ、いや…その……アリア?」
「はい?」
「婚約解消の件については、また後日話し合わないか?」
「何故でしょう?なにか、私が用意した書類に不備でもありましたか」
「いや、君が用意したものは完璧で不備は無いが…」
無いなら何が問題なのだろう?
歯切れの悪い言葉に内心苛立ちを感じているが、こういう場面で怒っては話が上手く進まないことがよくある。
なので、あくまで冷静にお話をする。
「さぁ、早くしてください。サインして頂いたら、すぐにでも手続きを始めますので」
「いや、しかし…そちらの家も大丈夫なのか?王族との繋がりが無くなってしまうぞ?」
「家族にはきちんと話してありますし、なんなら婚約解消には大賛成していただいてるので問題はありません」
「なぜ…」
そんなの、娘が王宮へ行くたびにゲンナリした顔をして帰ってきたら、親としても心配になるだろう。
それに、社交界で私が"婚約者から見放された女"なんて陰口を叩かれているんだから尚更だろう。
「一体何が問題なのだ!どうしてそんなに婚約解消を望んでいるんだ!」
「婚約解消を言い出したのはエーリッヒ様ではありませんか」
「ぐっ…確かにそうだが…」
またモゴモゴと何かを言っている。
こちらこそ、サインをするのにそこまで渋る理由はなんだと問いただしたいほどだ。
「さ、時間は有限です。本日サインを頂ければ最短で明日には婚約が破棄されるはずですので、サインを」
「ペ、ペンを今持っていない…」
「ご安心を、こちらにエーリッヒ様が愛用されている万年筆を用意しています。なんなら、サインなさった後にそのままお持ち下さい」
さぁ、サインを。と万年筆を差し出せば、エーリッヒ様は万年筆を親の仇のように睨みつけてくる。
何が気に入らなかったんだろうか。
「あの、見た目が嫌だとしても性能に問題はありませんのでお使いください」
「いや、だが…」
「男に二言はありませんよね?私のメイドも、しっかりとエーリッヒ様が婚約解消したいという言葉を聞いているですよ?」
「ぐっ…!わ、わかった!サインすればいいんだろ!」
エーリッヒ様は観念したように、万年筆を持ちサインを書きなぐった。
「これで満足か!」
「ええ、とても。最高の気分です。ありがとうございました。それでは、私はこれで失礼致します」
「え…まだお茶の時間が終わってないぞ」
「お茶よりも優先することがありますので、失礼致します」
一刻も早く婚約解消の手続きを取らなければいけないのに、のんきにお茶なんて飲んでられるわけない。
まだ何か言いたげなエーリッヒ様を残し、足早に王宮を出て家路へ急ぐ。
帰ったら真っ先にお父様とお母様に報告しないと。
これから忙しくなるけど、今までの婚約期間のことを思えばどうってことは無い。
やっと開放されるんだから、最後のひと頑張りをしますか!
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