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1話

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「Hello? how are you? おーい、さっさと起きろ」
 一人の青年が、何もない空間にぽつんと佇んでいる。そして、その青年に幼い男の子が、真っ白な服を着て、見た目とは似合わない喋り方で声を掛けた。

「ん……? ここは……」
 自分はどこにいるのかと、青年が目を瞬かせて呟くと、その目の前には、金髪にクリ目の男の子が立っていた。
「ふん、やっと起きたか。氷室麗央」
 子供は足を大の字でドンと構えると、上から目線で言い放った。発言が少々イラッと来るが、第一次反抗期なのかと可愛くも見える。

「えーと……。ママと迷子? ここはどこかな?」
 子供扱いして、優しく質問する彼の言葉に、男の子は顔を真っ赤にして声を上げた。
「は? 子供扱いすんじゃねぇぞ! 僕は天使だ」
 顔に似合わないギャップのある言葉遣いに、麗央はある意味驚いた。天使なんて、行動が成っていなさすぎて、信じられるわけもない。
 でも、天使に憧れているってのが、子供として可愛らしいなと、思わず噴いて笑ってしまった。
「お、おい! 何で笑ったんだよ⁉︎ バカにしてんのか?」
 子供は、何をしても可愛い。ギャップのある言動に癒されながら、自称天使の児子の文句を、麗央は微笑んで聞いた。

「ふおっほっほ。イエラには威厳が無いのう」
 すると、不意に老人の笑い声が聞こえた。麗央はその方向に振り向くと、そこには長い髭を撫でながら、柔和な笑顔を浮かべている年寄りが立っている。

「ほら、爺ちゃん来たよ」
 男の子の背中をトントンっと軽く叩いて、麗央は老人の方向に体を向ける。すると、男の子はわあっと走っていった。
「神様ー! こいつ悪い子だから、地獄行きにしましょう」
 爺ちゃんの所に駆け寄った男の子は、白い服を小さく引っ張って言った。まるで、親や先生に言い付ける低学年の子のようだ。

「いやいや、ダメじゃよ。この青年は、魂の濃い貴重な存在じゃから」
 神様とか魂とか、若干変な言葉が入っていたが、あまり気にならず、子が家族の元に帰れたというのが嬉しくて笑った。

「おやおや。何やら勘違いを起こしておられるようなので、儂から説明させていただこうかのう」
 老人は麗央の所に近づいて来た。
 そういえば、この人の足音なんて聞こえなかった。それに、ここはどこなんだろう。
 違和感と疑問を思いつつも、麗央は近いてくる老人に、ニコリと笑う。
「話をしたいんじゃが、聞いてあまり動揺しないでもらいたい」

「良いですよ。どうしましたか?」

「立ち話もなんじゃから、とりあえず座って話そうかのう」
 すると、老人はパチンっと指を鳴らした。
 その瞬間、ビュンと音が鳴って、目の前にはパッとテーブル、椅子、お茶、お菓子が現れた。
「へ? え?」
 何もない空間から、急に物が現れたことに驚いて、麗央は後ろに二、三歩引いた。目の前の席に誘導され、「ああ」と言いながら、恐る恐る座る。

「これでも結構動揺してしまっているのう。まあ、お茶を一口飲んで、落ち着きなさい」
 トポトポとティーカップに琥珀色の紅茶を入れると、老人は麗央の前に置いた。なぜか、優しい微笑みに気持ちが吸い寄せられ、自然と持ち手に手が動き、ゴクッと一口飲んだ。
「美味しい……」
 ホッとするようなお茶の暖かさに包まれ、蜂蜜の甘い味と良い香りつい呟く。顔に蒸気が当たるのが、何気なく気持ち良い。
 カタッと受け皿の上にカップを戻すと、麗央は老人の方を真っ直ぐと見た。

「儂は人間界でいう“神”じゃ。
 単刀直入に言うと、麗央、君は死んでしまった。そして、来世では異世界に行かないか?」

「ああ、やはりそうでしたか……。俺はあの時、死んだんですね」
 そう言って納得するように頷き、お茶をもう一口飲んだ。その様子に自称天使、いや、事実天使であるイエラが困惑した。
「え、それだけ? 僕の時は天使ということすら信じてくれなかったじゃん。もう少し取り乱したりしないの?」

「さっき、神様が何もない空間に物を出していたので、まさかと思ったんです。それに、途中で自分が呼吸していないことに気付いたので……」
 イエラは、動転した様子で神様と「人間ってこう言うやつだっけ」と言い、戸惑いは消えなかった。
「いつも驚かせる方が、逆に驚いてしまったのう」
 神様は微笑が口角に浮かび、癖で髭を触り触りした。

「それでは本題に入ろう」
 一人で困惑しているイエラを差し置いて、神様は話を進めようとする。
「はい、お願いします」

「異世界では、儂が作った体に入ってもらうから親や家族はいない。年齢は子供なら怪しまれずに済むだろうで、大体七、八歳くらいじゃな。
 身分は平民だが、割と身分差に寛大な場所を選んどる。そして、神からのギフトを一つプレゼントじゃ」
 すると、神様はまた指をパチンと鳴らした。そして、それと同時に、目の前には白色の球体が現れる。
 大きさは、ハンドボールほどの半透明の物体。

「これは、何でもありの最強なボールじゃ」
 麗央は「最強なボール?」と神様に聞き返した。ギフトと言われ、何かと思いきや全くの想像外の物だったからだ。

「そうじゃ。君の想像通りに動かすことのできるボール。それだけじゃない、大きさも硬度も色も形も、何でもありに変化させることができるんじゃ。
 しかし、それをするには、それ相応の鍛錬が必要だがな」

「か、形って……、もうほぼボールになってなくないですか?」
 神様は麗央の言葉に「まあまあ」と流して、扱い方を教えてくれた。
 注意点はたった一つ。他人に譲ってはならない。
 神様からのギフトを、他人にあげるなんてするわけない、と思いつつも麗央は逆に盗まれないか不安になった。神様から贈り物と言うことで、価値が高いからだ。

「でも、これがギフトなのはなぜですか? 漫画や小説でも異世界転生とかはよく読むんですけど、こういうのは初めて聞きます」

「それは、ルールじゃな。転移してもらう側なので、お礼にプレゼントをしなきゃじゃろ?
 君はハンドボールが好きだったようだから、ボールを転移先で上手く活用してもらいたいんじゃ」

「なるほど、ありがとうございます。しかし、なぜ俺は転移するのですか?」

「魂が濃いからのう。君は儂らにとって貴重な存在なのじゃ。転生は、世界を成り立たせるための神の仕事の一部。色々と理由はあるが、仕事の話は外部に漏らすことを禁じられているため、詳しくは話せん」

 それから麗央と神様は、異世界について心行くまで時間をかけて話し合った。

「よし、これで決定じゃな。しかし、怪我をしにくいや、健康な体だけで良いのか? もっと頼めば、強力な武術や魔法もできるのじゃぞ?」

「あ、はい。俺は、怪我のせいで大好きなハンドボールができなくなってしまったので、これからの人生では、健康に生きたいと思っているんです」

「そうか、そうか」
 神様は髭の中で、明け方の三日月のような笑みを浮かばせていた。イエラは腕を組んで「神様から直々にもらった人生のチャンスだ。すぐ死んでチャラにすんなよ」とツンツンした様子で言う。耳を赤くして、背中だけを見せていた。

「イエラ、死神や貧乏神に転職したいのか?」

「ひ、ひええ。神様、それだけは勘弁してください!」
 麗央はその会話を笑いながら眺めていると、急に体が淡い光に包まれた。

「もう時間じゃな。それじゃあ、楽しくやっていくんじゃよ?」
「し、幸せに生きろよ。皆、お前の楽しい人生を望んでいるからな!」
 自分の発言に恥ずかしがるようなイエラに、そのツンデレが可愛く似合っている。
 それが見えたのを最後に、光は徐々に強くなり、麗央の視界が遮られていく。
 その直後、麗央は一際強い光に飲まれ、暖かさに包まれた。ゆっくり目を瞑ると、晴れ晴れした微笑を口角に漂わせる。

 そして、その光が消えた時、麗央だけでもなく神様も天使も、その場から姿を消した。
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