モニターが殺してくれる

夜乃 凛

文字の大きさ
上 下
26 / 37
第三章 アラシノナカ

論外

しおりを挟む
 その時、バタンと音がした。
 加羅と刀利、平川が倉庫のドアを見た。音のした方向だったからだ。
 ドアが閉まっている。部屋が暗くなっていた。
 そして扉の鍵が閉まる音がした。
 咄嗟に加羅は扉に駆け出していた。ドアノブを握る。押す。しかしドアはびくともしない。外側から鍵をかけられたのだ。

「加羅、開かないのか!?」

 平川が後に続いた。

「開かない。外から鍵がかかってる。完全に閉じ込められた」

 悔やむように呟く加羅。見通しが甘かった。倉庫の扉は内側に鍵穴がないのだ。したがって鍵がかけられてしまった今、部屋から出る方法はないのだ。

「どうしますか?部屋から出る手段、ないですよね」

 刀利が冷静に状況を分析している。恐怖心を持ちながらも、どこかそれを冷静に俯瞰している彼女が喋っている。死体と一緒の部屋。しかも暗い。恐怖心に支配されてしまってもおかしくないだろう。

「館の人々の電話の番号を聞いておくべきだった」

 加羅はスマートフォンを取り出している。電波は良好。

「完全に閉じ込められたな。外に出れるチャンスがあるとすれば、マスターキーを持った誰かが外から扉を開けてくれるしかない」

 平川は現状を言葉にした。

「私達が閉じ込められたことは、いま外から私達を閉じ込めた人しか知らないでしょうし、扉が開いたら殺人犯と対峙することになるんですかね。こうなると、応接室のみなさんが心配ですね。刑事の平川さんが動けない。部屋からも出れない。出来ること、ないですよね?どうしますか?」

 刀利は加羅の方を向いて喋っている。
 加羅は考えていた。閉ざされた扉。マスターキー。扉以外に倉庫から出る手段はないのか。加羅には一つだけ考えがあった。殺人犯がまたやってくる前に、倉庫から抜け出す方法が。

「殺人犯が来る前にこの倉庫を出ることが出来るかも知れない。しかし、重要な選択を迫られることになる。一回のミスが命取りになるかもしれない」

 加羅がいった。刀利と平川は驚いている。

「どうやって出るんですか?ええと、待ってください。考えます」

 刀利は頭を回転させた。犯人が帰ってくるまでに、部屋から抜け出す方法があるだろうか?扉以外の所から脱出するのだろうか。いや、不可能だ。壁をすり抜けられる幽霊でもない限り。扉のピッキングなども不可能だ。そんな鍵穴もないし、そもそもそんな技術を持った人間がいない。警察に連絡しても到着はまだだ。間に合わない。館の人間に連絡を取れればよいが、誰も番号を知らない。誰も知らないのだから救援は呼べない。
 そこまで考えて刀利は閃いた。

「四方木さんの携帯電話ですね?」

「その通り」

 加羅は頷いた。前に、四方木が加羅に通話履歴を見せていた。リッキーの番号は確実に載っている。

「じゃあ、連絡すればいいんじゃないか?四方木さんなら館の人物と連絡を取り合っているはずだ。少なくとも、秋野さんの番号くらいはあるだろう。死人の携帯電話を借りるのも申し訳ないけど」

 平川は四方木の死体の側に寄った。体を調べると、四方木は確かに携帯電話を持っているようだった。

「そうする前に、推理しなければならない。間違った人物に電話をかければ、俺たちは殺されてしまうかもしれないんだ。犯人に電話してしまえば、俺たちを障害とみなして始末しに来るかもしれない」

 加羅は煙草を取り出していた。携帯灰皿も持っている。こんな所で吸ってはいけないが、頭をフル回転させるための処置だった。

「間違った人物を推理しなければならないのですね?」

 刀利は疑問を呈した。

「そう。犯人に電話してしまえば、他の人物に連絡されることを恐れ、俺たちを消しにくるかもしれない。平川、四方木さんの電話を貸してくれ」

 煙を吐き出す加羅。平川は言われた通りに、四方木の死体の内ポケットから取り出した携帯電話を加羅に渡した。煙草を持つ手と反対の手で受け取る加羅。
 加羅は電話の通話履歴を確認した。その間、静寂が辺りを包んでいた。平川も同じく煙草を吸い始めていた。

「電話をかけられるのは、秋野さん、七雄さん、リッキーさん、権田さん、アキラさん。五人だな」

「七雄さんは亡くなられてしまいましたね。アキラさんも除外してもいいんじゃ?」

「アキラさんに電話をかけるのは論外だな。論外だよな、平川?」

 加羅は煙草を吸っている平川を見つめながらいった。

「そうか。そうか……ああ、論外だよ」

 平川はどこか納得したような表情で肯定した。刀利の目にはそれが少し不思議に映った。

「残り三人ですね。秋野さんとリッキーさんはマスターキーを持っていて、権田さんはマスターキーを持っていない。滝瀬さんとは通話履歴がないんですね」

 刀利は考えている。

「事実はその通りだな。しかしリッキーさんは除外する。リッキーさんが白なら、今は本陸にいるはず。電話が繋がっても助けに来るのに時間がかかる。もし館の近くにリッキーさんがいるなら、それは黒だ。犯人に電話してもしょうがない。どの道意味が無いのだから、リッキーさんに電話はかけられない」

「じゃあ、秋野さんか権田さんですね」

「そうだな」

 加羅は煙草を揉み消した。

「マスターキーを持っているし、女の子だし、秋野さんに電話すべきでは?こっちは三人です。平川さんもいますし、殺されるようなことは……」

 刀利は自分の発言に違和感を抱きながらも喋った。
 秋野か。
 権田か。
 どちらが正解か。

「秋野さんか、権田さんが、仮に犯人だったとする。しかしその場合、二人には大きな差がある」

 加羅は静かにいった。

「加羅さん、差とは?」

 説明を求める刀利。自分の頭の回転が少し遅くなっている気がした。

「秋野さんと権田さん、いずれも一緒にいた人物がいる。執事の四方木さんと、コックの滝瀬さんだ。四方木さんは罪を犯した。滝瀬さんは今のところはだが、罪を犯していない。秋野さんと権田さんのアリバイを証明する場合、信憑性が高いのは権田さん達、コック組だ。秋野さんは四方木さんが捕まってからは一人で行動していたようだし、秋野さんと権田さん、どちらが怪しいかといえば、秋野さんになる。というより、秋野さんが怪しいというよりは、権田さんが怪しくないということだ。俺たち三人を殺す実力がないから、倉庫の中に閉じ込めたという可能性もある。閉じ込めるだけなら、女の子でも出来る」

「腑に落ちました。それで、権田さんに連絡するとして、なんて言うんですか?倉庫に閉じ込められたから、マスターキーで開けてくださいって言うのですか?権田さんは鍵を持っていないから、秋野さんに貸してもらって来てください、という感じに?」

「そうなるな。しかし、電話を受ける側の事を考えると不気味だろうな。四方木さんの携帯から電話が来るんだから」

「もしかしたら権田さん、電話に出ないかもしれませんね」

「その場合は、次の手を考えないといけないな」

 加羅と刀利の会話。平川は吸っていた煙草を揉み消した。

「加羅、犯人が仮にこの部屋に突入してくるかもしれないが、犯人の目星はついているのか?」

 平川が尋ねた。

「アキラさんが殺された事件は、仮に四方木さんの言うことを信じるとしよう。七雄さんを毒殺した犯人もわからない。道間夫人を殺した人間もわからない。わからないことだらけだよ。ただ、可能性を排除していって、アキラさんの死体が無くなった事件はわかった。わかってしまった。平川、お前にはわかるか?」

 加羅が低いトーンで語る。刀利は驚いていた。刀利の推理よりも、加羅の推理ははるかに進んでいるようだ。
 一瞬だけ沈黙があった。平川は考え込んでいる。

「わかる。ただ、刀利君の前では言えない」

「わかるか。もう一服したら、電話を権田さんにかけよう」
 加羅はそう言うと、二本目の煙草に火をつけた。同じく平川も二本目の煙草に火をつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

警狼ゲーム

如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。 警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

虹の橋とその番人 〜交通総務課・中山小雪の事件簿〜

ふるは ゆう
ミステリー
交通総務課の中山小雪はひょんなことから事件に関わることになってしまう・・・無駄なイケメン、サイバーセキュリティの赤羽涼との恋模様もからんで、さて、さて、その結末やいかに?

日月神示を読み解く

あつしじゅん
ミステリー
 神からの預言書、日月神示を読み解く

処理中です...