上 下
61 / 105

第61話 襲撃

しおりを挟む
「違う……違うはず……たとえそうでも……きっと……きっと関係ない人だわ……」

 うわごとのように呟く。
 嫌な予感がする。
 手が震える。
 私は思いきって本をもう一度開いた。

 目が、目が滑る。

 残りの文章はほとんどただの日記だった。
 書いている人も書いている間にこれが誰かに宛てたものだということを忘れていたのではないだろうか。
 今日は身内でパーティーを開いた。
 今日は机仕事ばかりだった。
 今日は賢者と話をして有意義だった。
 今日は竜息病のドラゴンの腹を殴ってきた。
 今日は四族と魔法の稽古をした。

 そんなどこか聞き覚えのあるエピソードに私の震えは全身に至っていた。

 耐えきれなくなり、私は最後のページまで一気に本を飛ばした。

『……マリアベル。君は死んでしまったのだな』

 その文字は力なく震えた手で書かれたように読みづらくなっていた。

『この治る見込みのない体の不調はそういうことであろう。魔王族のつがいの話をしておけば、君は魔界について来てくれただろうか。いいや、私のことはもういいのだ。魔界のことは息子のユリウスが魔王としてすべて引き継いでくれるだろうから。心残りは、ミラベルのことだ。私の可愛い娘が、健やかであることを望む』

 何度も文字を読み返した。読み間違いがないか、読み落としがないか、何度も、何度も震えながら、私は読んだ。読みたくないと思いながら、読んでいた。

「嘘だ……」

 私の父親が、魔王だった?
 そしてユリウスの父親でもあった?

「どうしよう……」

 だとしたら、私とユリウスは、きょうだいだ。

 体が震える。
 きょうだいが交わること、それは禁忌だ。
 許されないことだ。
 それを私達は何度重ねてきただろう?

「ど、どうし、たら……」

 フラフラとベッドから立ち上がる。
 これをユリウスに、伝えるのか? 伝えたらどうなるのだろう?

 足がすくむ。動けない。

 寝室の扉に手が伸びて、そして扉を開けることなく私は鍵を閉めていた。

「……嘘だ……」

 グルグルと回る思考。
 扉から遠ざかって、窓の外を眺める。
 今日は曇り空だった。

 そんな空の中に、異物が混ざっていた。

「……なに、あれ」

 その異物はどんどんと大きくなる。
 それはこちらに向かって飛来してきていた。
 ただの鳥ではない。巨大すぎる。
 そもそも羽根が生えていない。よくわからない、何か。

「……きゃああああ!?」

 巨大なそれは、そのまま私が眺めていた窓から部屋に飛び込んできた。
 窓だけでなく壁までもが崩れていく。

「あはは! 見つけた! 見つけたぞ!」

 空いた壁の向こうでは、レヴィアタンほどの大きさのずんぐりとした動物が空を飛んでいた。
 しかししゃべっているのはカバではなかった。
 カバの上に乗った角の生えた男だった。
 山羊のような立派な角が生えている以外は人間とあまり変わりない。

「だ、だれ……?」

「俺は、俺こそが、正当なる魔王族の子! アーダーベルト! 簒奪者のユリウスから、お前を攫いに来た! 真の魔王の娘よ!」

「…………」

 本当に、私は魔王の娘だった。
 その衝撃に体が震える。
 だから私は肝心な言葉を多く聞き逃していた。

「さあ、来い!」

 アーダーベルトは私の腕を強く掴んだ。

「い、いや、離して……離して……!」

「ミラベル!?」

 扉からユリウスの声が聞こえる。
 鍵が閉まっている扉。
 ガチャガチャとなんとか開けようとしている音がする。

「…………」

 私は、抵抗をやめた。
 ユリウスと顔を合わせたくなかった。
 合わせられなかった。

「良い子じゃないか。そら、飛べ、ベヒモス!」

 おとなしくなった私を男は動物――ベヒモスの上に乗せると、大空へと舞った。

 それと同時に私とユリウスの部屋を繋ぐ扉がぶち破られた。

「……ミラベル! ……アーダーベルト!?」

 どうやらこの男とユリウスは顔見知りらしかった。

「じゃあな、ユリウス!」

「ミラベルを返せ! この野郎!」

「ははは、それがこのお妃様、帰りたくなさそうだぞ」

「何を訳の分からないことを! ミラベル、待ってろ、今助けに……」

 私は、ユリウスから、目を反らした。
 目をどうしても合わせられなかった。

「……ミラベル?」

 ユリウスが戸惑う。

「お妃様!? ユリウス! レヴィアタンを!!」

 ユリウスに次いで私の部屋に入ってきたのだろう。ヴァンパイアの声が聞こえてくる。
 だけどユリウスはレヴィアタンを呼ばなかった。

 私達は空に高く舞い上がった。

 初めて魔界に来たとき以来の空の移動が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。

処理中です...