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第45話 待つ日々
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翌朝、鐘の音を聞きながら、なんとか私はベッドから這い出た。
見るからに寝不足だったらしく、ニンフからは二度寝を勧められた。
しかし、普通の生活をしたかった。
ユリウスが帰ってきたとき、あなたがいなくても大丈夫だったから心配しないでと言いたかった。
午前中は私室のソファでぼんやりと過ごした。
午後には賢者の授業があった。
「こんにちは、先生」
「ああ、こんにちは、お妃様。昨日は間に合いましたかな?」
「はい。なんとか」
「それは何より」
賢者は深くうなずいた。
「それでは、遅れを取り戻すため、必死に勉強しましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
その日の文字の授業は絵本とともに行われた。
賢者が絵本を逆さから読みながら、読み聞かせてくれる。
そして私は絵本のページの文字を書き取る。
それはとても骨の折れる作業だった。
文字と意味と音を結びつけていく。
楽しいようでもあり、おっくうでもあった。
「……ふう」
薄い絵本一冊を読み終えるのに、本来の何倍もの時間をかけたのはわかった。
「お疲れ様です、お妃様。お妃様の学びの態度にはこの賢者、感服するものがあります。まるで幼い頃の陛下のようです」
「……陛下も、あなたが教えていたのでしたね……」
ユリウスはどんな子供だったのだろう。
「……そういえば、陛下が魔王になって陛下と呼ばれる前はなんと呼ばれていたのかしら?」
「王子殿下ですね」
「ああ、そうなるのですね……」
「陛下は、必死に勉強をされていました。勉学こそがこの世界で身を助けると彼は幼心に知っていたのです」
「勉学……」
思えばユリウスは大人になった今もよく勉強している。
書庫や賢者の部屋で出会ってきた。
問題を解決するために勉強をしているのだ。
なんとなく私はユリウス以外のことも気になりだした。
「……ところでヴァンパイアは、どういう人? ……じゃなくてどういう魔族?」
「執事殿は愉快な方です」
賢者の声に笑みが混じった。
「自由で、奔放で、陛下の元で従順にしているのは陛下を心底信頼し、仕えるに足ると信じているからで、本来の彼は自由人ですね」
なんというかイメージ通りだ。
「きっと……執事殿はお妃様すら利用しようとされたのでは?」
鋭い。
「え、ええ。でも不思議と嫌な気分はしなかったの。陛下のためでしたから……」
「そういう男です、執事殿は。少なくとも陛下が陛下である限り、そしてお妃様が陛下にとって大切な方である限り、執事殿は陛下とお妃様の味方ですよ」
「そう……陛下が私が城の外に出るならヴァンパイアをつけると言っていたの。お強いの?」
「ヴァンパイア族は多才なのです。執事殿は執事殿でお強いですしね。幼い頃から鍛錬を欠かさずにいらっしゃいました」
「それは心強いことですね。……竜息病の対処って難しいのですか?」
「……竜息病の対処は、そうですね。少し、難題ではありますが……きっと大丈夫でしょう」
「そう……。もし、私が文字を読めるようになったら……」
竜息病の対処を探して書庫に来ていたユリウスの手助けができるだろうか?
それはちょっと大きすぎる望みのような気がして、私は語尾を濁した。
しかし賢者にはお見通しのようだった。
「ええ、きっとお力になれますよ。もっとも力になることをそこまで陛下はお妃様に切望されているわけでもないとは思いますが」
「そう、ですけれど……」
「あなたはあなたでいればよいのです。陛下が陛下でいることがあなたの幸せであるように」
「…………」
何だかここまで見透かされていると恥ずかしい。
私は顔を赤らめて顔を伏せた。
「きっと、あなたは文字を読めるようになります。あなたは地頭は悪くありません、お妃様。あなたは……ただ環境があまりよろしくなかっただけです」
私の境遇を憂うように賢者は沈んだ顔をした。
「先生……」
「魔王城があなたにとっていい環境というのもいささか皮肉な話ですがね……」
賢者は苦笑して見せた。
「さて、勉強を続けましょうか」
「はい」
その後、賢者の部屋を辞し、夕食を食べ、入浴を済ませ、また、ユリウスのいない夜を迎えた。
今日は昨日よりは早く眠ることができた。
見るからに寝不足だったらしく、ニンフからは二度寝を勧められた。
しかし、普通の生活をしたかった。
ユリウスが帰ってきたとき、あなたがいなくても大丈夫だったから心配しないでと言いたかった。
午前中は私室のソファでぼんやりと過ごした。
午後には賢者の授業があった。
「こんにちは、先生」
「ああ、こんにちは、お妃様。昨日は間に合いましたかな?」
「はい。なんとか」
「それは何より」
賢者は深くうなずいた。
「それでは、遅れを取り戻すため、必死に勉強しましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
その日の文字の授業は絵本とともに行われた。
賢者が絵本を逆さから読みながら、読み聞かせてくれる。
そして私は絵本のページの文字を書き取る。
それはとても骨の折れる作業だった。
文字と意味と音を結びつけていく。
楽しいようでもあり、おっくうでもあった。
「……ふう」
薄い絵本一冊を読み終えるのに、本来の何倍もの時間をかけたのはわかった。
「お疲れ様です、お妃様。お妃様の学びの態度にはこの賢者、感服するものがあります。まるで幼い頃の陛下のようです」
「……陛下も、あなたが教えていたのでしたね……」
ユリウスはどんな子供だったのだろう。
「……そういえば、陛下が魔王になって陛下と呼ばれる前はなんと呼ばれていたのかしら?」
「王子殿下ですね」
「ああ、そうなるのですね……」
「陛下は、必死に勉強をされていました。勉学こそがこの世界で身を助けると彼は幼心に知っていたのです」
「勉学……」
思えばユリウスは大人になった今もよく勉強している。
書庫や賢者の部屋で出会ってきた。
問題を解決するために勉強をしているのだ。
なんとなく私はユリウス以外のことも気になりだした。
「……ところでヴァンパイアは、どういう人? ……じゃなくてどういう魔族?」
「執事殿は愉快な方です」
賢者の声に笑みが混じった。
「自由で、奔放で、陛下の元で従順にしているのは陛下を心底信頼し、仕えるに足ると信じているからで、本来の彼は自由人ですね」
なんというかイメージ通りだ。
「きっと……執事殿はお妃様すら利用しようとされたのでは?」
鋭い。
「え、ええ。でも不思議と嫌な気分はしなかったの。陛下のためでしたから……」
「そういう男です、執事殿は。少なくとも陛下が陛下である限り、そしてお妃様が陛下にとって大切な方である限り、執事殿は陛下とお妃様の味方ですよ」
「そう……陛下が私が城の外に出るならヴァンパイアをつけると言っていたの。お強いの?」
「ヴァンパイア族は多才なのです。執事殿は執事殿でお強いですしね。幼い頃から鍛錬を欠かさずにいらっしゃいました」
「それは心強いことですね。……竜息病の対処って難しいのですか?」
「……竜息病の対処は、そうですね。少し、難題ではありますが……きっと大丈夫でしょう」
「そう……。もし、私が文字を読めるようになったら……」
竜息病の対処を探して書庫に来ていたユリウスの手助けができるだろうか?
それはちょっと大きすぎる望みのような気がして、私は語尾を濁した。
しかし賢者にはお見通しのようだった。
「ええ、きっとお力になれますよ。もっとも力になることをそこまで陛下はお妃様に切望されているわけでもないとは思いますが」
「そう、ですけれど……」
「あなたはあなたでいればよいのです。陛下が陛下でいることがあなたの幸せであるように」
「…………」
何だかここまで見透かされていると恥ずかしい。
私は顔を赤らめて顔を伏せた。
「きっと、あなたは文字を読めるようになります。あなたは地頭は悪くありません、お妃様。あなたは……ただ環境があまりよろしくなかっただけです」
私の境遇を憂うように賢者は沈んだ顔をした。
「先生……」
「魔王城があなたにとっていい環境というのもいささか皮肉な話ですがね……」
賢者は苦笑して見せた。
「さて、勉強を続けましょうか」
「はい」
その後、賢者の部屋を辞し、夕食を食べ、入浴を済ませ、また、ユリウスのいない夜を迎えた。
今日は昨日よりは早く眠ることができた。
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