19 / 105
第19話 光る糸
しおりを挟む
ユリウスと別れて向かった宝物庫では、獣が走り回っていた。
額に鏡をつけたふさふさの獣。
その艶やかな毛に私は見覚えがある気がした。
「お妃様、こちらカーバンクルです。宝物庫の番をしています」
「ああ、刺繍糸の……」
カーバンクルたちは美しい毛並みをしていた。
「カーバンクルは宝石を守る習性があります。いかにお妃様であろうとも勝手に持ち出そうとすれば、獰猛に牙を剥きますのでどうぞお気をつけください」
「宝石……ね」
私にとって宝石は、生活のためのものだった。
その美しさを愛でるものではなかった。
今はもう生活のことを気にすることはない。
純粋に、美しい宝石として見れる。
そのはずだけれど、今までの習慣が私にそれを許さなかった。
「…………」
宝石、それに絵画や彫刻。その美しさを堪能することが、私には出来なかった。
知識が足りないのだ。それを痛感する。
「……次に行かれますか?」
どこか気遣わしげにニンフが声をかけてくれた。
「……ええ」
私は頷き宝物庫を後にした。
「こちら玉座の間です。陛下に下々の者が謁見される時に使う場所ですね」
空間は広く、天井が高い。床が鏡のように輝いている。
そして最奥には、背もたれと肘掛けのある豪華な椅子が置かれていた。
「魔族が……陛下に会いに来たりするの?」
「はい。この間は竜の巣の近くに住む魔族が竜息病についての嘆願書を持ってきました」
「竜息病……?」
「竜の息には毒があり、魔族といえども竜の息を吸えば死病にかかるのです。そして集落にまで竜の息が回ってしまっているらしいのです」
「それは大変ですね……じゃあ、レヴィアタンにも毒が……?」
「あの子はちょっと違う種ですね」
「そうなのですか」
竜にも色々いるらしい。
「ええと、対策は……どうするのですか?」
「先代魔王陛下は、竜を空に飛び上がらせ腹を殴りつけて毒素を吐き出させてました」
「……ダイナミックですね」
なんとも言いがたく私はそう言っていた。
ユリウスも同じことをするのだろうか?
なかなかに想像しがたい。
「……おそらく陛下はもう少し穏便な方法を探して書庫においでになったのかと」
「ああ、なるほど」
「そしてこちらがバルコニーです」
ニンフの後に続く。
広いバルコニーに出る。
昼の光に照らされて、私は目を閉じる。
「お披露目式はこちらで行います。お城の庭も開放されます」
「ここから……」
バルコニーから庭を見下ろす。
花が咲き乱れているのが見えた。
さすがに花までは黒くなかった。
「…………」
ここから私が魔族を見下ろす日が来るのだろうか?
いずれ生まれる子供を抱いて、お披露目する日が来るのだろうか。
そうまで私はこの魔界に馴染むことができるのだろうか。
お飾りのただ子供を産むためだけの王妃が。
「……ふう」
薄暗いため息が出た。
「お疲れ様です。お部屋に一旦戻りましょうか。お昼の準備ができているはずです」
「……ええ」
ニンフの心遣いに私はうなずいた。
お昼と同時に刺繍糸も部屋に届いていた。
昼を食べ終えると私は再び刺繍に手を伸ばした。
持ってきたあまり質の良くない布には、カーバンクルの輝く刺繍糸はあまりに不釣り合いだった。
「…………」
これでカーバンクルの刺繍糸に見合う布が欲しいというのはあまりにわがままなような気がした。
それでもいずれ持ってきた布は尽きるだろう。
そしてその時はきっとあの仕立て部屋にある質の良い布を手に入れるほかあるまい。
私は少し手を止めて、持ってきた布にカーバンクルの刺繍糸を刺すのをやめた。
そして赤以外の糸で刺繍を再開した。
持ってきた物を使い切ってから、またカーバンクルの刺繍糸は使おう。そう思った。
額に鏡をつけたふさふさの獣。
その艶やかな毛に私は見覚えがある気がした。
「お妃様、こちらカーバンクルです。宝物庫の番をしています」
「ああ、刺繍糸の……」
カーバンクルたちは美しい毛並みをしていた。
「カーバンクルは宝石を守る習性があります。いかにお妃様であろうとも勝手に持ち出そうとすれば、獰猛に牙を剥きますのでどうぞお気をつけください」
「宝石……ね」
私にとって宝石は、生活のためのものだった。
その美しさを愛でるものではなかった。
今はもう生活のことを気にすることはない。
純粋に、美しい宝石として見れる。
そのはずだけれど、今までの習慣が私にそれを許さなかった。
「…………」
宝石、それに絵画や彫刻。その美しさを堪能することが、私には出来なかった。
知識が足りないのだ。それを痛感する。
「……次に行かれますか?」
どこか気遣わしげにニンフが声をかけてくれた。
「……ええ」
私は頷き宝物庫を後にした。
「こちら玉座の間です。陛下に下々の者が謁見される時に使う場所ですね」
空間は広く、天井が高い。床が鏡のように輝いている。
そして最奥には、背もたれと肘掛けのある豪華な椅子が置かれていた。
「魔族が……陛下に会いに来たりするの?」
「はい。この間は竜の巣の近くに住む魔族が竜息病についての嘆願書を持ってきました」
「竜息病……?」
「竜の息には毒があり、魔族といえども竜の息を吸えば死病にかかるのです。そして集落にまで竜の息が回ってしまっているらしいのです」
「それは大変ですね……じゃあ、レヴィアタンにも毒が……?」
「あの子はちょっと違う種ですね」
「そうなのですか」
竜にも色々いるらしい。
「ええと、対策は……どうするのですか?」
「先代魔王陛下は、竜を空に飛び上がらせ腹を殴りつけて毒素を吐き出させてました」
「……ダイナミックですね」
なんとも言いがたく私はそう言っていた。
ユリウスも同じことをするのだろうか?
なかなかに想像しがたい。
「……おそらく陛下はもう少し穏便な方法を探して書庫においでになったのかと」
「ああ、なるほど」
「そしてこちらがバルコニーです」
ニンフの後に続く。
広いバルコニーに出る。
昼の光に照らされて、私は目を閉じる。
「お披露目式はこちらで行います。お城の庭も開放されます」
「ここから……」
バルコニーから庭を見下ろす。
花が咲き乱れているのが見えた。
さすがに花までは黒くなかった。
「…………」
ここから私が魔族を見下ろす日が来るのだろうか?
いずれ生まれる子供を抱いて、お披露目する日が来るのだろうか。
そうまで私はこの魔界に馴染むことができるのだろうか。
お飾りのただ子供を産むためだけの王妃が。
「……ふう」
薄暗いため息が出た。
「お疲れ様です。お部屋に一旦戻りましょうか。お昼の準備ができているはずです」
「……ええ」
ニンフの心遣いに私はうなずいた。
お昼と同時に刺繍糸も部屋に届いていた。
昼を食べ終えると私は再び刺繍に手を伸ばした。
持ってきたあまり質の良くない布には、カーバンクルの輝く刺繍糸はあまりに不釣り合いだった。
「…………」
これでカーバンクルの刺繍糸に見合う布が欲しいというのはあまりにわがままなような気がした。
それでもいずれ持ってきた布は尽きるだろう。
そしてその時はきっとあの仕立て部屋にある質の良い布を手に入れるほかあるまい。
私は少し手を止めて、持ってきた布にカーバンクルの刺繍糸を刺すのをやめた。
そして赤以外の糸で刺繍を再開した。
持ってきた物を使い切ってから、またカーバンクルの刺繍糸は使おう。そう思った。
0
お気に入りに追加
1,045
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る
束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました
ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。
幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。
シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。
そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。
ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。
そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。
邪魔なのなら、いなくなろうと思った。
そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。
そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。
無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。
【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される
吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる