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第14話 知りはじめる

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「……と、あら、伝令ですね」

 ニンフが部屋のドアに向かって耳を澄ました。
 私には何も聞こえなかったが、彼女には何かが聞こえたらしい。

「ドアを開けてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。お願いします」

 ニンフがドアを開けるとそこには黒い羽根が艶やかな烏が羽ばたいていた。

「はいはい……ええ、わかりました」

 烏が鳴くのをニンフは頷きながら聞いていた。
 私にはただの鳴き声にしか聞こえないが、ニンフには意味がわかるらしい。

「お妃様、陛下が今日の夕食を一緒にとりたいとおっしゃっています」

 ユリウスと、夕食をともに。

「あ、はい、ぜひに」

 私は即答していた。

「わかりました」

 ニンフが烏に私の返答を伝えると、烏は飛び去っていった。

「それでは晩餐用のドレスを用意させますね」

「え? あ、はい、お願いします」

 今着せられているドレスも普段着にするにはなかなかの華美さだと思っていたが、どうやら魔王との晩餐に出席するにはこれでもまだ不釣り合いらしい。

 昼食を終え、ニンフたちが片付けてくれているのを眺めながら、私は口を開いた。

「あ、あの……私、刺繍が趣味で……ええと、針や糸、布を補充することは出来ますか? 赤色の糸がなくなってしまったの」

「わかりました。仕立て部屋に声をかけておきますね。ああ、それとも、仕立て部屋を訪ねてみますか?」

「……いいのかしら? 私、勝手に部屋を出て」

「あら、構いませんよ。お妃様ですもの。自分のお家だと思ってくつろいでくださいな。でも、どうしても気になるというなら、夕食時に陛下に確認してください」

「あ、そうですね。そうします」

「では仕立て部屋の方には私から確認しておきますね」

 ニンフはそう言って微笑んだ。



 昼飯を食べ終えて、私は夜のユリウスとの晩餐に向けて、ゆっくり休むことにした。
 部屋から出てもいいというニンフの申し出は思いもがけないものだった。
 なんとなく魔界に来たからには幽閉されているようなイメージがあったが、ユリウスも別に部屋に閉じこもっていろとは言っていなかった。
 ただ、言われたとおりに自分の家だと思って城の中を歩き回る気にもなれなかった。
 魔物は人間を食うものもいる。それは間違いないのだ。
 そういう魔物に出くわさないとは限らないし、それにユリウスが言っていた。

「心は自分で守れ」、と。

 ユリウスは心を乱されるようなことが起こり得ると思っているのだ、この城では。
 正直に言って、魔王に嫁入りした時点で、もうそれ以上に驚くようなこともないとは思うが、私はそれに従い、警戒をしなくてはいけない。

 ところでニンフやシルフは信頼していいのだろうか?
 ユリウスが私につけて、それ以上、干渉してこない以上、信頼しても良い気がする。
 本当に、私は何もわからないのだ。
 自分で自分を守るしかないのに、知らないことが多すぎる。

 私は知らなくてはいけない。

 きちんとここについて知らなくては。
 自分が何を出来て何が出来ないのか。
 きちんと把握しなくてはいけない。

 子供を産むためだけの存在だとしても、仮にもユリウスの王妃としてここにいるのだから。
 とにもかくにも、晩餐までの時間を私は静かに過ごした。
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