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第12話 渇望

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 片付けをして、私は刺繍箱を寝室にしまった。

 ついでに布袋を覗き込む。
 自分の荷物が刺繍箱以外にはふたつ。
 宝石箱と古びた本。

 宝石箱を開ける。
 中にはぎっしりと宝石が詰まっている。
 魔王城の呼び鈴についていたのと勝るとも劣らない宝石たち。

 母が死んでから、私に人間界での心残りがあるとしたら、父くらいのはずだった。
 それでもあんな生活をしているのを助けてくれない父のことを、取り立てて愛しく思うことはなかった。
 私と父を繋ぐたった二つのもの。宝石箱と読めもしない古びた本。

 ……そういえば、ユリウスの言っていた『私の魔族の子を産める血筋』とやらは、父と母どちらから受け継いだものだったのだろう?
 ユリウスに聞けば分かるだろうか?

「ユリウスに……」

 また会うことになるだろう。
 まさか一度の交わりですぐに子供が出来るとも思えない。

 私は腹を撫でた。
 ユリウスの放ったほとばしりがまだ熱を持っているようだった。

 ドレスが乱れるのも気にせず、私はベッドに身を埋めた。
 昨夜は緊張していて気付かなかったけれど、ベッドはとんでもなくふかふかしていて体がすっぽりと沈んでいった。
 胸中に湧き上がってくる思いに苦笑する。
 ただ一回体を交えただけだというのに、私の心はユリウスへの愛しさを育みつつあった。

「……馬鹿ね」

 私と彼の関係は子をなすための関係だ。
 こんな思いなどさっさと捨ててしまわなくては。

 そう思いつつも、体が、心が、頭が、ユリウスのことを忘れてくれそうになかった。

 昨夜、触れられた身体のすべてが疼くようだった。
 思わず太ももを擦り合わせる。
 貫かれた痛みは、未だそこにじんじんと残っている。
 しかし、残っているのは痛みだけではない。
 頭からつま先まで燃え上がるように火照る熱。
 身体がそれを覚えている。

「ふー……」

 次はユリウスにいつ会えるだろう? 彼はいつ会いに来てくれるのだろう?
 触れられて、もてあそばれて、めちゃくちゃにされる。
 胸中に嵐のように渦巻く思いと欲望を制御しようと私は必死に目を瞑った。
 暗闇の中にユリウスの顔が浮かんできて私は慌てて目を開いた。

 気を紛らわすために宝石箱をしまい、布袋から古びた本を取り出した。
 本の字を私は読めない。本には挿絵と呼べるものはない。
 ずっしりと重たい本を、ベッドに腰掛けた膝に置き、パラパラとめくる。
 古びた本の読めない文字を必死で追いかけることで、私は焼き付いて離れてくれそうにないユリウスの姿を視界から追い出そうとした。
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