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第11話 刺繍

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 朝食を食べ終えると、私は刺繍布と裁縫箱を持ち出すために寝室に戻った。

 昨夜、ここで起こったことを思い出すと心が跳ねる。
 風呂と朝食の間に誰かが動いてくれたのだろう。ベッドはすでに整えられていた。
 私の記憶と体だけが、ここであったことを思い出させる。

「ふー……」

 赤らんだ顔を何とか元に戻して、私は刺繍箱と刺繍布を手に取って部屋に戻った。

 その間に、テーブルの上はもう綺麗に片付けられていた。
 なんだかこうして次々と部屋の様子が変化していくのを見ていると、魔法にかけられているみたいだった。

 そのままテーブルの上に裁縫箱を広げる。

「お手伝いすることはありますか、お妃様?」

 ニンフがうやうやしく尋ねてくる。

「いいえ、大丈夫……少し、ひとりにさせてもらえる?」

「はい、もちろんでございます。わたくしどもに何かご用があれば、こちらの呼び鈴をお使いください」

 ニンフが示した呼び鈴は少し古びていた。
 呼び鈴の持ち手の部分には鮮やかな緑色の宝石がはまっていた。

「それでは失礼します」

 ニンフが立ち去る。広い広すぎる部屋にひとりぼっちになる。

「ふー……」

 息を吐いてから、刺繍布を取り上げる。
 母から教わったものの中で、数少ない生きていく上ではあまり必要のないもの。
 普通の人間であれば売り物にも出来ただろうけれど、私のような不吉な娘の刺した刺繍なんて欲しがる人間はいなかった。
 それでも暇があれば、私は刺繍をしていた。
 それは日々の生活のささやかな彩りになった。

 母から教わった図案の中には花嫁衣装用のものもあった。
 自分には縁遠いと常々思っていた花嫁衣装。

「……そういえば結婚式とかするのかしら?」

 私は独り言を呟いた。
 そうだとしたら花嫁衣装には自分で針を刺してみたいものだ。

 手が、草花や鳥を布の上に描き出していく。
 一日の用事、水をくみ上げたり掃除をしたり料理をしたり、そういうものがないと、刺繍はすぐに仕上がってしまった。
 ついでに、赤色の糸がなくなってしまった。

「…………」

 一枚の布いっぱいに彩られた図柄をぼんやりと眺める。
 この城では布や糸、針を手に入れることは出来るだろうか?
 ニンフもシルフも、ユリウスも立派な服を着ていたし、私自身だって綺麗なドレスを着せてもらっている。
 私に気を遣ってわざわざそうしているというのではないなら、服の文化は最低でもあるのだろう。
 少なくとも魔物は腰蓑一枚で暮らしているような野蛮な生き物ではなかった。

「あとで誰かに訊いてみよう」

 うんと伸びをした。肩がこっていた。
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