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第6話 入浴

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 風呂というものに、恥ずかしながら私は初めて入った。
 話に聞いたことはあったし、村にも村人が経済状況に合わせて週1や月1で入るお風呂屋さんはあったけれど、当たり前のように私たち母子は使わせてもらえなかった。
 家で冷たい水をかぶるのが私にとっての行水だった。

「わあ……」

 5,6体のニンフたちが有無を言わせず私のボロ着をひん剥いて、温まっている湯の中に私を導いた。
 体の芯から温まる、お風呂というのはとても不思議な場所だった。
 裸を初めて会った彼女たちに見られていることを気にしている暇もなかった。

 彼女たちの方も特に気にしていないようだった。

「泡風呂にしてしまいましょう」

「長旅の汚れを落としてしまいましょう」

 ニンフたちは楽しげにそう言うと手から泡を出した。

「うわあ……」

 私はうっとりとそれを眺めた。
 泡は手で掬うとすぐにかき消えた。

「あ、ありがとうございます、ニンフさん」

「あらあら、おかしい人」

「ニンフにさん付けだなんておかしいわ」

「何度も言いますけれど、堂々としてくださいませ、お妃様」

 ニンフたちはそう言ってころころと笑いながら、私の体を柔らかい布で擦った。

 彼女たちは水の中に溶けるようにして入ってきた。
 水の中でニンフは自由自在だった。

 お風呂にどれほど浸かっていただろうか?
 我を忘れるほどの時間を湯の中で過ごし、ゆっくりと体を温めた。

「僭越ながら、お妃様、そろそろのぼせてしまいますわ」

「お上がりくださいませ」

「あ、はい……」

 どこか名残惜しい気持ちで立ち上がると、今度はシルフたちが4体ほど寄ってきて羽根を動かした。
 そうすると私の体には風が吹き付け、水滴はみるみるうちに乾いていった。

「すごいわ……」

 至れり尽くせり。私の人生の中でこれほど丁重に扱われたのはきっと物心つくより前、赤ん坊の頃くらいだろう。

 用意されていた黒色の寝間着に身を包む。
 寝間着は薄手で少し心もとなかった。
 リボンを前で結んでもらう。このリボンをほどけば簡単に脱げてしまいそうな寝間着。
 魔王のために妃が身につける寝間着。

 鏡の前に座らさせられ、髪を梳かれる。

 鏡の中の私は母譲りの丸っこい灰の目に不安の色を浮かべ、口はきゅっと結ばれていた。
 銀の髪が櫛を通す度に軽くなっていくようだった。


 寝室の明かりはロウソクが一本揺らめくばかりで薄暗かった。

「こちらのベッドでお待ちくださいね」

 私はほぼ押し倒されるように寝台に寝かされた。

「この部屋はお妃様のお部屋ですから、どうぞ好きにお使いくださいませ。飲み物も置いておきますわね、おぎしますか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

 シルフとニンフの集団はそうして部屋から去って行った。
 あっという間に私は一人きりになった。

「……あ、荷物……」

 ここに来てようやく私はその存在を思い出した。
 慌ててベッドから飛び起きると、サイドボードに私の持ってきた布袋がそのまま置かれていた。
 どうやら服を脱がされた時に一緒に取り上げられていたのだろう。

 中を改める。
 宝石箱。裁縫箱。一冊の本。ちゃんと全部入っていた。

「ふう……」

 一気に現実を思い出す。
 私がここに連れてこられた理由。
 今までの惨めな私、これからどうなるかわからない私。

「…………ユリウス」

 か細い声で名前を呼ぶと、私は一気に寂しい気持ちになった。

「王妃」

 タイミングよく聞き覚えのある声がした。

「あ……」

 部屋の外から控えめな低い声が聞こえた。

「はい、私います」

「入るぞ」

「どうぞ」

 シンプルな寝間着に着替えたユリウスが入ってきた。

「こちらのドアが俺の寝室と繋がっている。鍵はかけられるから、俺を拒みたいときは、いつでもかけておいてくれ」

「……は、はい」

 拒むことを許してくれる。たとえ建前だとしても。
 どこまでも優しい。

「さっそくで悪いが……初夜だ」

 その言葉に体がきゅっとこわばった。

 魔族の世界では婚前交渉は普通なのだろうか?
 それとも、もう結婚した扱いになってしまったのだろうか?

「……今日はやめておくか」

 気遣わしげにユリウスが首を傾けた。
 薄暗い部屋でも彼の表情はよくわかった。

「いいえ、いずれすることなら……早くに」

 私は布袋をサイドボードに戻すと、ベッドに横たわった。

「そうか」

 ユリウスがベッドに腰掛けると、ベッドが軋んだ。

 私は深く息を吐いた。
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