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第2話 旅立ち
しおりを挟む「うるさい。ほら、急げ……騒がしい人間共がやってくる」
村の方から人の声がする。
嫌な予感がして、私は荷物をまとめにかかる。
まず、母の形見の宝石箱を持ち上げた。この箱の中身のおかげで今まで食うに困ることはなかった。
中にはぎっしりと宝石が詰まっている。
それらは私の父からの贈り物だったという。
私は父の顔を知らないが、母は父が死んだとは言っていなかった。
きっと父はどこかの成金だったのだろう。
私を産むだけ産ませて手切金代わりに宝石を押し付けてどこかに消えてしまったのだろう。
「…………」
縫っている最中だった刺繍布を裁縫箱に押し込める。
あとはなんだろう。私は何を持っていけばよいのだろう。
私の持つべき物なんて大してありはしないのだ。
少し迷ってから、私は一冊の本を棚から取りだした。
それも父の残したものだった。
中身を読んだことはないけれど、病床の母が時たま愛おしげにその表紙を撫でていた。
私も母も字は読めないから、これが何の本かはわからなかった。
読んでくれるような知り合いだっていない。
それらすべて布袋に詰め込んで、私はユリウスを見た。
「それだけでいいのか、それでいいんだな」
「は、はい……」
念を押して私が返事するのを待ってから、ユリウスは私を抱き上げ、家の外に出た。
家の外には村の人々が集まっていた。
「なんだ!」
「何の騒ぎだ!」
松明を手に、次々と責め立てる村人を、ユリウスが冷たい目で睨みつけた。
「……黙れ」
ユリウスの言葉には魔力でも宿っているかのようだった。
村の人たちは一気におし黙って、ユリウスの姿を一斉に見つめた。
「……抜いてもいいんだぞ」
ユリウスはそういうと腰の剣に手を伸ばした。
「や、やめて!」
私は思わず叫んでいた。
村の人たちのことは、好きではない。
それでも傷付けられるのをよしとはできない。
ユリウスは手を止めた。
「……お人好しめ。来い、レヴィアタン」
そう呟いて、ユリウスが右手を掲げると、空の月が翳った。
私達が空を仰ぐとそこには巨大な翼の生えたドラゴンの姿があった。
村の人たちから悲鳴が上がる。
紫色のドラゴンは悲鳴に頓着せず、風を起こしながら、私達の真横に着陸した。
金色の目がユリウスを真っ直ぐ見つめている。
ユリウスはドラゴンにうなずいて見せた。
「よし、行くぞ、女」
「み、ミラベルです」
「ミミラベル?」
「ミラベル!」
「そうか、行くぞ、ミラベル」
そう言ってユリウスはドラゴンの背に乗った。
「さあ、帰還だ、レヴィアタン。むさ苦しい人間の園から逃走だ」
ドラゴンは小さくうなずくと空へと羽ばたいた。
ああ、村が小さくなる。
私の家も小さくなる。
人々はただ見上げることしかできない。
誰の手も、石も、声すらも届かない遠い空に、私は今、ユリウスと飛び上がっている。
冷たい夜風が頬を撫で、私の銀色の髪がなびいていく。
「……高い」
「怖いか」
どこか気遣うようなユリウスの声に首を横に振った。
「いいえ」
ずっと怖かったものからは、今まさに遠ざかろうとしていた。
私は空を見た。
何も遮るもののない夜空に月が光っていた。
「……私、これからどうなるの?」
「魔王城で君には、魔王の子を産んでもらう」
「……それって、あなたの子供ってこと?」
「…………」
ユリウスはしばらく黙っていたが、うなずいた。
「そうだ、俺の子供を産んでくれ、ミラベル」
初めて会ったばかりの人からのあけすけな願いに、私は戸惑いを隠せず、黙り込んだ。
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