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第2章 石の花

第20話 愛

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「……帰ってこないかと思った」
 古堂が凜凜の部屋を訪ねてきて、そう言った。
「帰してもらえなかったらどうしようかと思いました」
 お茶を飲み、寝台に腰掛けながら、凜凜もそう返した。
「……何か、ご用でしょうか、古堂様」
「凜凜」
 古堂は凜凜の頬に手を当てた。腫れはだいぶ引いていた。
 皇帝にも頬に同じことをされたのに、熱が違う。何かが違う。
 それが色恋のあるなしなのだろうか、同じ行動だというのに、感情一つでこうも違うのだろうか。
 凜凜がそう思いをめぐらせていると、古堂は口を開いた。
「ねえ、凜凜……玄冬殿を出て、皇帝陛下の元でお世話になることはできない?」
 凜凜の腹は一気に冷えた。
「そ、それは雪英様のご意向ですか?」
「いいえ、私の独断です」
 その返答に凜凜はほっと胸をなで下ろした。
「でも、こないだのようなことが二度三度とあっては……雪英様のためにもならぬし、陛下の寵姫を害したとなれば、その内ただでは済まなくなるかもしれません……」
「き、気を付けます。私、雪英様の目の届くところに入らぬよう気を付けますから……気を付けるから、玄冬殿に置いてください。嫌です。ここを離れるのは嫌。雪英様の近くにいたい……」
 涙混じりに凜凜は古堂に訴えた。
「どうして?」
 古堂の問いかけは簡素であった。
 簡素が故に凜凜は答えに詰まった。
「どうして……どうして……?」
 湯呑みを強く握りしめて、凜凜は自分に問いかける。
 ふと、皇帝の言葉が脳裏に甦った。
『これが愛だと思う』
「……これは愛だと思います」
 凜凜の返答に古堂は瞠目した。
「……わかりました」
 その声は揺らいでいたが、凜凜はひとまず胸をなで下ろした。
「とにもかくにも今後は気を付けてください。先日のようなことがまた起これば、今度はわたくしからあなたの配置換えを上奏します」
「……はい」
 凜凜は神妙にうなずいた。

 凜凜は部屋の中から外を眺めた。
 残雪はほとんどなく、茶色い地面が見え始めていた。
 いずれ花が咲くだろう。雪英が愛した花たちが。
 だけどもう自分がその花に水をやることは許されないのだ。
 雪英の視界に入らないように、気配さえ気取られぬように、伽羅の香りをまき散らかさぬように。
 凜凜は息を潜めて玄冬殿に居座り続ける。
 ただ、雪英の側に居たいという自分自身のわがままのために。
 凜凜は手の平に六花の手巾と人形とを並べて置いた。
 雪英にあげたもの、雪英からもらったもの、どちらも凜凜の手の平にある。
 雪英の手には一生返らないもの。
 それでも、凜凜と雪英を繋いでいた確かなもの。
「……雪英様」
 凜凜はふたつの宝物を握り締めて、泣き出した。
 声を抑えた静かなそれはいつまでも続いた。
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