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第2章 石の花
第16話 花は咲いた
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最初わずかばかりの荷物と共に足を踏み入れた凜凜の部屋には皇帝からの贈り物が積み上げられるようになっていた。
見ただけでまばゆい宝石の輝きに、凜凜は身に余ると困り果てた。
古堂が万が一にも宮女が変な気を起こして盗んだりしないよう、鍵付の戸棚を用立ててくれた。
皇帝は時折、凜凜にあの宝石を身につけてこいと細かく命じたから、大変だった。
古堂が皇帝は玄冬殿の風紀を量っているのだろうと言っていた。
「刺繍はまだか」
「そう早くできるものではありません」
凜凜はきっぱりとそう言った。
宮女の手を借りれば、もう少し早く仕上がるだろうが、宮女たちは凜凜が育てていた花のことなど知らない。凜凜ひとりで刺す他ない。
「そうか……では六花でも眺めるか」
そう言って皇帝は窓の雪を眺めながら、一献を傾けた。
凜凜は酒は嗜まない。雪英もあまり強くはないので付き合わせられることがなかった。
しかし皇帝が用意した酒だ。むげにできるはずもなく、凜凜はままよと酒を飲み、すぐに寝台に倒れ伏した。
しばらくして目を覚ますと皇帝が困ったような顔で凜凜を覗き込んでいた。
「酒に弱いのであれば、そう言ってくれ。それなら飲ませなかったぞ、さすがに」
「は、初めて飲んだので……」
まだくらくらする頭を抑えて凜凜はやっとのことでそう答えた。
「そういうものか……」
皇帝はそう言うと凜凜の頬を撫でた。
そこから伝う熱に凜凜は目を伏せた。
――ずいぶんと、陛下に触れられるのに慣れてきた。最初は怖くて仕方なかったのに。
こうしてすべてに慣れていくのだろうか? そう思うと凜凜は眩暈がしそうだった。雪英以外に侍るのに慣れるのは嫌だった。凜凜の主人は誰がなんと言おうと雪英だった。たとえ後宮のすべての者が皇帝のものだとしても、凜凜は雪英のものであり続けたかった。
「ほら、水を飲め」
皇帝から水を受け取り飲み干すと、そのままふたりは寝台になだれ込んだ。
体が熱いのが、酒のせいなのかなんなのか、凜凜にはわからなかった。
「……よしうまく刺せた」
凜凜の顔が思わずほころんだ。
今は雪に埋もれてしまっているあの赤い花の形がよく写し取れていた。
これを雪英に見せられたなら、凜凜はそう夢想した。
見せられたなら、喜んでくれただろうか。
もう、忘れてしまっただろうか、凜凜に水をやるように命じたことなど。
今の凜凜がその刺繍を見せるのは雪英ではない。
その事実がせっかく刺した刺繍から色を失わせた。
凜凜は重いため息をつくと、外の雪を眺めた。
雪解けが待ち遠しかった。
――雪が溶ける頃には、陛下も私などには飽きているだろう。
彼女は心底そう信じていた。
凜凜の持ってきた刺繍を皇帝はいたく気に入った。
雪英に見せること叶わぬまま、その刺繍は皇帝の懐にしまわれた。
きっと雪英の目に触れることは一生ないのだろう。
そう思うと、胸が苦しかった。
見ただけでまばゆい宝石の輝きに、凜凜は身に余ると困り果てた。
古堂が万が一にも宮女が変な気を起こして盗んだりしないよう、鍵付の戸棚を用立ててくれた。
皇帝は時折、凜凜にあの宝石を身につけてこいと細かく命じたから、大変だった。
古堂が皇帝は玄冬殿の風紀を量っているのだろうと言っていた。
「刺繍はまだか」
「そう早くできるものではありません」
凜凜はきっぱりとそう言った。
宮女の手を借りれば、もう少し早く仕上がるだろうが、宮女たちは凜凜が育てていた花のことなど知らない。凜凜ひとりで刺す他ない。
「そうか……では六花でも眺めるか」
そう言って皇帝は窓の雪を眺めながら、一献を傾けた。
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しかし皇帝が用意した酒だ。むげにできるはずもなく、凜凜はままよと酒を飲み、すぐに寝台に倒れ伏した。
しばらくして目を覚ますと皇帝が困ったような顔で凜凜を覗き込んでいた。
「酒に弱いのであれば、そう言ってくれ。それなら飲ませなかったぞ、さすがに」
「は、初めて飲んだので……」
まだくらくらする頭を抑えて凜凜はやっとのことでそう答えた。
「そういうものか……」
皇帝はそう言うと凜凜の頬を撫でた。
そこから伝う熱に凜凜は目を伏せた。
――ずいぶんと、陛下に触れられるのに慣れてきた。最初は怖くて仕方なかったのに。
こうしてすべてに慣れていくのだろうか? そう思うと凜凜は眩暈がしそうだった。雪英以外に侍るのに慣れるのは嫌だった。凜凜の主人は誰がなんと言おうと雪英だった。たとえ後宮のすべての者が皇帝のものだとしても、凜凜は雪英のものであり続けたかった。
「ほら、水を飲め」
皇帝から水を受け取り飲み干すと、そのままふたりは寝台になだれ込んだ。
体が熱いのが、酒のせいなのかなんなのか、凜凜にはわからなかった。
「……よしうまく刺せた」
凜凜の顔が思わずほころんだ。
今は雪に埋もれてしまっているあの赤い花の形がよく写し取れていた。
これを雪英に見せられたなら、凜凜はそう夢想した。
見せられたなら、喜んでくれただろうか。
もう、忘れてしまっただろうか、凜凜に水をやるように命じたことなど。
今の凜凜がその刺繍を見せるのは雪英ではない。
その事実がせっかく刺した刺繍から色を失わせた。
凜凜は重いため息をつくと、外の雪を眺めた。
雪解けが待ち遠しかった。
――雪が溶ける頃には、陛下も私などには飽きているだろう。
彼女は心底そう信じていた。
凜凜の持ってきた刺繍を皇帝はいたく気に入った。
雪英に見せること叶わぬまま、その刺繍は皇帝の懐にしまわれた。
きっと雪英の目に触れることは一生ないのだろう。
そう思うと、胸が苦しかった。
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