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第1章 雪と石と

第5話 凍てつく

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「ほら、凜凜、また泣いて」
「ご、ごめんなさい……ひぐ……」
 作法の先生が帰った途端に、凜凜はおいおい泣き出した。そんな凜凜の背を雪英がさする。
 雪英が後宮に上がることが決まってから、雪英の教育にはより一層力が入れられるようになった。
 何故かその場に凜凜も同席させられ、逐一、教育を受ける。
 今日はお茶を飲むときの実技だった。
 凜凜は何度も手が震えて、作法を間違えた。
 その度に、作法の先生から手を叩かれ、凜凜の手の甲はすっかり真っ赤だった。
「ほら、ちょっとお待ちなさい」
 雪英はそういうと、雪降る庭にとことこと出て行った。
「あ……」
 凜凜が涙に濡れた顔を上げると、雪英は両手いっぱいに雪の塊を載っけて、戻ってきた。
「ほうら、冷やしましょう。赤いのがすぐ引くように」
「雪英様……」
「お前、私が後宮に上がったら、こうはいかないのだからね。私は上げ膳据え膳で、自分で庭に出ることすらきっと許されないわ」
「……雪英様」
「そうしたら、ねえ、凜凜。私がきれいだと思った花はお前が世話するのよ。枯らさぬように腐らせぬように……」
「はい……」
 手の痛みは冷たさと共に引いて行った。
 凜凜の顔を手巾で拭ってやりながら、雪英は儚げに笑った。

◇◇◇

 玄冬殿に戻った凜凜は雪英に皇帝へ願い事をしたことを話さなかった。話して変に期待されるのも、叱責されるのも怖かった。
 ただ医局に皇帝が来たこと自体は、さすがに話さざるをえなかった。
「そう……陛下が自ら医局に……」
 凜凜の持ってきた薬を苦そうに口に含みながら、ぼんやりと雪英は宙を見た。
「……視察、ねえ」
 この玄冬殿に視察が入れば会えるのだろうか。凜凜はふとそう思った。
「どのような方だった、陛下は」
「え、ええと……き、気さくな方でした」
「そう」
 雪英の顔色が険しくなる。
「まさか陛下へのお目通りをお前に先越されるとはね」
 その声音に含まれるとげとげしさに、凜凜は思わず息を呑む。
「神様は残酷なことをするわ」
 雪英の怒りは自分ではなく神に向けられた。凜凜はほっとする。
「でも、これで縁はできたと言えるのかもね……」
 雪英が切なげにそうつぶやく。
 凜凜もそう願いたかった。
「……陛下に献上するお茶を用意させましょう。喉に効くお茶」
「は、はい。古堂こどう様に言ってきますか?」
「そうして」
 古堂とは雪英が連れてきた侍女の中で一番年かさの女だった。後宮では女官の位をいただいている。
 玄冬殿の一切を取り仕切り、央家との連絡も担っている。
 薬を包んでいた紙を回収し、凜凜は雪英の部屋を辞した。
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