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第1章 雪と石と

第1話 後宮の石

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凜凜りんりん! 凜凜!」
 宮殿から自分を呼びつける声に、庭でのんびりと赤い花に水をやっていた凜凜は飛び跳ねた。
「は、はい、雪英せつえいさま!」
 慌てて振り返れば、透き通るような紗衣しゃぎぬを羽織り、胸から下は長裾ちょうきょを引きずり、髪型はおびただしいかんざしのついた宝髻ほうけいに結い上げ、顔には白粉をはたき紅を引いた美しい女がいた。
 まさに後宮の妃と呼ぶにふさわしいいでたちのその女は、キツい目つきでこちらを廊下から見下ろしていた。
 対する凜凜は宮女がよく着る交領くみえりの上着、下は長裾だが、動きやすいようにはしたなくもたくし上げていて、髪型はふたつのお団子に結い上げた簪一つ挿していない双環髻そうかんけい、顔は化粧っ気のない地味な顔つき。みすぼらしいとしか言いようのない、宮女らしい地味な格好だった。
「だから央賢妃おうけんひとお呼びってば。まったく本当にどんくさい子だこと」
 女は腹立たしげに自分に与えられた名を誇った。
「申し訳ありません……」
 凜凜はしょんぼりと頭を下げた。
「花に水やりなど他の者に任せておけば良いでしょう。あなたの役目は何? 私の侍女でしょう? ほら、さっさとこちらにおいで。もちろん汚れた手足をちゃんと拭ってからよ」
「はい……」
 央賢妃――央雪英は政治家・央角星かくせいの娘であり、凜凜はその侍女である。

 雪英が後宮に上がってから、もう半年が経とうとしていた。
 父の政治手腕のおかげで後宮では賢妃、上から数えた方が早い位を戴いていたが、雪英に与えられた宮殿、玄冬殿げんとうでんに皇帝の訪れは未だない。
 そのため雪英は大層焦り、苛立っていた。他の妃嬪ひひんたちのところにも皇帝が通っていないらしいという噂ただひとつによって、かろうじてその気位は保たれていた。
 一方、凜凜は元から央家の侍女だった。雪英とは年がふたつしか違わない。凜凜の方が年下だ。凜凜は幼い頃から雪英の遊び相手として育った。
 雪英が後宮に上がるとなったとき、真っ先に連れて行くと言ったのがこの凜凜だった。凜凜に拒否権はなく、拒否をするつもりもなかった。
 央家にいた頃の雪英は気の強い性格ではあったが、決して意地の悪い女ではなかった。だから凜凜はその姿に憧れ、仕えることに誇りを持っていた。

 それがこのようにとげとげしく険悪な雰囲気を出すようになったのは、間違いなく後宮に上がってからであった。
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