上 下
44 / 45

第44話 求婚

しおりを挟む
 ベアトリクスは固まった。
 ローレンス国王からはベアトリクスとランドルフは夫婦と同格に扱うよう王命があった。
 しかしもちろん結婚したわけでもなければ、きちんと婚約を交していたわけでもない。
 どこか宙ぶらりんなままここまで来ていた。

 それをランドルフが一言で突き動かした。

 目の端でヘッドリー一家をうかがうと、総じてどこか苦笑いをしていた。
 末っ子のこういう向こう見ずなところを、彼らはよく知っていた。

「あ、え……あの……」

 答えに窮するベアトリクスにランドルフの目にどんどんと不安が募っていく。

「あ、いや、違うのよ? 嫌なわけではないの、もちろん」

 ただ何故今なのだと困惑しているだけである。

「……急にどうしたのかと思ったの」
「言うのなら、せっかくなので、家族の前で、と……」

 思い切りがよすぎる。
 これでベアトリクスに断られたらどうするつもりだったのだろうか。
 いや、王がそうしろと命じている以上、ふたりには結婚する義務すらある。
 自由な恋愛を選んだはずのベアトリクスだったが、今となってはランドルフと結婚する義務が発生している。
 ランドルフと正式に結ばれることが嫌なわけではないが、少し閉口したくはなる。

 だからベアトリクスがランドルフの求婚を拒むことはない。
 しかし、ランドルフにそう言った打算などないだろう。
 それが、ベアトリクスにはよくわかっていた。

「……わかりました。あなたと結婚します、ランドルフ。ふつつかな女ですが、どうぞよろしくね」

 ベアトリクスは完璧な淑女の笑みを浮かべて、ランドルフに手を差し出した。
 ランドルフはその自分の手の中にすっぽり収まる小さな手を握り締めると、そのまま手を引いた。

「あ……」

 ベアトリクスはランドルフの腕の中に抱きしめられた。

「も、もう、ランドルフ!」

 ベアトリクスは赤面してその胸板を軽く叩く。びくともしなかった。

「ごほん」

 ランドルフの父が咳払いをする。

「えー、あー、我が息子が格別のお引き立てをいただいているようで、何よりです」
「ええ、本当に……」

 ランドルフの腕の中に包まれたまま、ベアトリクスはうなずいた。

「この人は、私にとって、とても大切な人です。王宮へ送り出してくださり、ありがとうございます。ヘッドリー辺境伯」
「いえ……こやつに務まるか不安でしたが……安心、しました」

 ヘッドリー辺境伯はしみじみとそう言った。

「……今後のことは、またお話ししましょう。ランドルフ、ベアトリクス姫殿下を客間にご案内してくれ」
「はい、父上」

 ランドルフはようやくベアトリクスを解放すると、うなずいた。



 ベアトリクスのために用意された部屋は、塔の三階にあった。

「塔は五階建てです。一番上まで上がるのはお疲れになるだろうということで、三階が一番グレードの高い客間となっています」
「ありがとう」

 ランドルフが解説しながら、客間を開く。
 客間もやはりそこまで大仰に飾り立ててはいない。
 ただ置かれているものが、派手さこそないものの高級であることは目に見て取れる。

「こちら今は亡き王太后様がお泊まりになった部屋でもあります」
「……そう」
「……複雑そうですね」
「あの方には、正直言って良い思い出がないの」

 ランドルフが重たい扉を閉めたのを確認してから、ベアトリクスはそう言った。

「……ローレンスお兄様と私達きょうだいが親しく出来ているのは、奇跡みたい」

 ベアトリクスはソファに腰掛けながら、そう言った。

「ああ、そうだ、ランドルフ、あなたの部屋が見たいわ」
「ええと、最上階ですよ」

 ちょっと困ったようにランドルフはそう言った。

「鍛錬と称して子供の部屋は一番上にあるんです。兄の子達もそちらに。両親は賓客より上にいるのは失礼だから二階ですね。なんかややこしいですけど」
「ふふふ、実益と建前を両立させた結果ね。別に嫌いではないわ、そういうややこしいの」

 ベアトリクスは穏やかに微笑んだ。

「そうですか……自分は、ちょっと苦手でしたね」
「そういうものが苦手で、よく王宮に上がろうと思えたわね」
「……ここにいても、やることがありませんから」

 ランドルフは苦笑した。

「別に、嫌いだったわけではないんですよ、ここが。両親も、二人の兄も、別にここにいればいいと言ってくれたし、俺にだってまあ、仕事はないわけじゃない……でも、二人の兄は優秀で……」

 ランドルフは言葉を選びながら、考えながら、話を続ける。

「……試してみたくなったのです。三男坊に産まれてしまった自分の……才覚、みたいなものを」
「あなたが試してくれて良かった」

 ベアトリクスはにっこりと微笑んだ。

「そうでなければ、出会えなかったもの、ね……ああ、いや、あなたがここにいても、いつかは出会っていたかもしれない。でも、それはきっと王太后様のように私がどこかへお嫁に行くとか……そういう場合だけだわ」
「……ええ、飛び出してよかったです。あなたに出会えた」

 ランドルフも、心の底からうなずいた。

「少し休んだら、五階まで昇ってみるわ」
「……部屋、片付いてるかな……」

 ランドルフは苦笑した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】後宮の秘姫は知らぬ間に、年上の義息子の手で花ひらく

愛早さくら
恋愛
小美(シャオメイ)は幼少期に後宮に入宮した。僅か2歳の時だった。 貴妃になれる四家の一つ、白家の嫡出子であった小美は、しかし幼さを理由に明妃の位に封じられている。皇帝と正后を両親代わりに、妃でありながらほとんど皇女のように育った小美は、後宮の秘姫と称されていた。 そんな小美が想いを寄せるのは皇太子であり、年上の義息子となる玉翔(ユーシァン)。 いつしか後宮に寄りつかなくなった玉翔に遠くから眺め、憧れを募らせる日々。そんな中、影武者だと名乗る玉翔そっくりの宮人(使用人)があらわれて。 涼という名の影武者は、躊躇う小美に近づいて、玉翔への恋心故に短期間で急成長した小美に愛を囁いてくる。 似ているけど違う、だけど似ているから逆らえない。こんなこと、玉翔以外からなんて、されたくないはずなのに……――。 年上の義息子への恋心と、彼にそっくりな影武者との間で揺れる主人公・小美と、小美自身の出自を取り巻く色々を描いた、中華王朝風の後宮を舞台とした物語。 ・地味に実は他の異世界話と同じ世界観。 ・魔法とかある異世界の中での中華っぽい国が舞台。 ・あくまでも中華王朝風で、彼の国の後宮制を参考にしたオリジナルです。 ・CPは固定です。他のキャラとくっつくことはありません。 ・多分ハッピーエンド。 ・R18シーンがあるので、未成年の方はお控えください。(該当の話には*を付けます。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

処理中です...