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第40話 少女の迷い
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「…………」
クレアはまたうつむこうとしたが、ベアトリクスの頬に添えた手がそれを許さなかった。
「……今、答えを出さなくても良いです、クレア嬢。明日まで時間はあります。あなたが迷うなら滞在日数も増やしましょう。ただ、目をそらさないで、クレア嬢。あなたに突きつけられている決断は、逃げても、いつか、また、あなたに突きつけられます。時間をかけても良い。どうか、決断をしてください」
「ベアトリクス様……」
クレアはそらしていた目をベアトリクスにぶつけた。
ベアトリクスは微笑みで答えた。
「大丈夫。ここでのことはよそには漏らしません」
「時間を、ください」
「分かりました」
ベアトリクスは頷いた。
「仔細は省きますがサーヴィス領滞在を長引かせるかもしれません……ヘッドリー領滞在が短くなるかも、ごめんなさいね、ランドルフ」
「いえ、姫様の思いのままに」
ランドルフは微笑み、話を続けた。
「クレア嬢との話し合いは首尾よく行きましたか?」
「伝えるべきは伝えました。あとは彼女次第です……ああ、でも、そうだ。ランドルフ、頼みがあります」
ベアトリクスは小さく微笑んだ。
クレア・サーヴィスはサーヴィス家の庭を歩いていた。隣には侍女が着いている。
空を見上げてはため息をつき、地面を見下ろしてはため息をついた。
2年前に母が死んだ。父は泣きながら後添えをもらうつもりはない。だからサーヴィス家を継いでくれとクレアに頭を下げた。
いつも甘いくらいに優しい父から頼み事をされたのは初めてだった。
だからクレアはそれを受け入れた。
2人の妹はまだまだ幼い。クレアが継ぐしかない。それは分かっていた。
母が死んだと言うことは年の近い父だっていつ死んでもおかしくないのだから。
クレアには万が一父が死んだときの後ろ盾がなかった。
だから、クレアの婚約者は権力のある家の次男坊三男坊を中心に探されていた。
クレアはそれを受け入れた。
別に好きな人がいるわけでもない。
家のためになる人と結婚できるならそれが一番だ。
しかし、まさかそれが王太子になるなんて、クレアは思いもしなかった。
アルフレッドとの婚姻の話が出たときさすがにクレアは戸惑った。
確かに王太子は国王ローレンスの息子ではない。従弟だ。
ローレンスに子供ができれば、アルフレッドの地位は不安定な物になるだろう。
それでも王族だ。サーヴィス公爵家にとって願ってもいない大物ではあった。
だけどクレアには不安があった。
自信が王族の婚約者になる不安があった。
仮にローレンスに子供ができなかった場合、クレアは王太子妃になる。
サーヴィス家は妹たちが継ぐだろう。
妹たちのことは心配していない。幼くとも優秀な妹たちだ。
結婚相手さえ見極めれば何とでもなる。
だからクレアが心配しているのは自分のことだった。
自分なんかに、この田舎者貴族に、王太子殿下の妃が務まるのか?
務まる気が、しなかった。
憂鬱な思いは同じ所ばかりをグルグル回った。
そうしている間に前方に1人の男の姿が見えた。
ランドルフ・ヘッドリー。ベアトリクスが連れてきた護衛騎士で、ベアトリクスの間違いなく愛人か何かに当たる男。
国王公認で夫婦と同格の扱いをされている男。
「……ランドルフ・ヘッドリー」
ヘッドリー領は近隣だ。ヘッドリー辺境伯のことは耳にしている。
辺境伯自身ならまだしも、その三男坊にもなれば、サーヴィス公爵の後継ぎであるクレアよりは微妙に身分は下だ。
「どうも、改めてご挨拶にうかがいました。クレア嬢」
「……あちらで、お話ししましょう」
ガゼボを示したクレアにランドルフは恭しく礼をした。
「ベアトリクス姫殿下に言われて、アルフレッド殿下の話をしにきました」
「なるほど」
「自分は王宮で姫殿下の護衛をしつつ、アルフレッド殿下に剣の稽古を付けております。姉君である姫殿下ご本人がお話されるよりは、まだ客観的にものが見れるだろうとの仰せです」
「…………」
クレアはランドルフの真っ直ぐな瞳から目をそらし、ガゼボの外を眺めた。
夏のクレマチスが咲き誇っていた。
白く主張するクレマチスを目に焼き付けながら、クレアは口を開いた。
「……アルフレッド殿下のお姿はどのようなものかしら?」
「お姿、ですか」
ランドルフは最初に聞かれるのがそれだとは思っていなかったのだろう。
少し困った顔をした。
「ベアトリクス様のお顔を少し丸くして、柔和にしたお顔をしています。背丈はまだこのくらいですが」
ランドルフは立ち上がって自分の胸の下辺りを示す。
「従兄であられるローレンス陛下はそれなりに背が高いので将来的にはもっと伸びるかも知れませんね」
ランドルフはローレンスの背を思い浮かべる。
自分よりは低いが、そこそこ背は高かった。
「ええと、体つきは華奢ですが、最近剣の稽古を始めたので徐々に筋肉がつきつつあります」
「そうですか……お人柄は?」
「とても朗らかで、お優しく、そして……凜々しい方です。自分の立場をよく理解されていて、今回のベアトリクス姫殿下の旅においても自分のためのことだとよく理解されています。……賢い方です」
「……いわ」
「はい?」
「釣り合わないわー!」
クレア・サーヴィスは瞳に涙を浮かべて泣き叫んだ。
「く、クレア嬢?」
ランドルフは自分は何か間違えたのだろうかと顔を引きつらせた。
クレアはまたうつむこうとしたが、ベアトリクスの頬に添えた手がそれを許さなかった。
「……今、答えを出さなくても良いです、クレア嬢。明日まで時間はあります。あなたが迷うなら滞在日数も増やしましょう。ただ、目をそらさないで、クレア嬢。あなたに突きつけられている決断は、逃げても、いつか、また、あなたに突きつけられます。時間をかけても良い。どうか、決断をしてください」
「ベアトリクス様……」
クレアはそらしていた目をベアトリクスにぶつけた。
ベアトリクスは微笑みで答えた。
「大丈夫。ここでのことはよそには漏らしません」
「時間を、ください」
「分かりました」
ベアトリクスは頷いた。
「仔細は省きますがサーヴィス領滞在を長引かせるかもしれません……ヘッドリー領滞在が短くなるかも、ごめんなさいね、ランドルフ」
「いえ、姫様の思いのままに」
ランドルフは微笑み、話を続けた。
「クレア嬢との話し合いは首尾よく行きましたか?」
「伝えるべきは伝えました。あとは彼女次第です……ああ、でも、そうだ。ランドルフ、頼みがあります」
ベアトリクスは小さく微笑んだ。
クレア・サーヴィスはサーヴィス家の庭を歩いていた。隣には侍女が着いている。
空を見上げてはため息をつき、地面を見下ろしてはため息をついた。
2年前に母が死んだ。父は泣きながら後添えをもらうつもりはない。だからサーヴィス家を継いでくれとクレアに頭を下げた。
いつも甘いくらいに優しい父から頼み事をされたのは初めてだった。
だからクレアはそれを受け入れた。
2人の妹はまだまだ幼い。クレアが継ぐしかない。それは分かっていた。
母が死んだと言うことは年の近い父だっていつ死んでもおかしくないのだから。
クレアには万が一父が死んだときの後ろ盾がなかった。
だから、クレアの婚約者は権力のある家の次男坊三男坊を中心に探されていた。
クレアはそれを受け入れた。
別に好きな人がいるわけでもない。
家のためになる人と結婚できるならそれが一番だ。
しかし、まさかそれが王太子になるなんて、クレアは思いもしなかった。
アルフレッドとの婚姻の話が出たときさすがにクレアは戸惑った。
確かに王太子は国王ローレンスの息子ではない。従弟だ。
ローレンスに子供ができれば、アルフレッドの地位は不安定な物になるだろう。
それでも王族だ。サーヴィス公爵家にとって願ってもいない大物ではあった。
だけどクレアには不安があった。
自信が王族の婚約者になる不安があった。
仮にローレンスに子供ができなかった場合、クレアは王太子妃になる。
サーヴィス家は妹たちが継ぐだろう。
妹たちのことは心配していない。幼くとも優秀な妹たちだ。
結婚相手さえ見極めれば何とでもなる。
だからクレアが心配しているのは自分のことだった。
自分なんかに、この田舎者貴族に、王太子殿下の妃が務まるのか?
務まる気が、しなかった。
憂鬱な思いは同じ所ばかりをグルグル回った。
そうしている間に前方に1人の男の姿が見えた。
ランドルフ・ヘッドリー。ベアトリクスが連れてきた護衛騎士で、ベアトリクスの間違いなく愛人か何かに当たる男。
国王公認で夫婦と同格の扱いをされている男。
「……ランドルフ・ヘッドリー」
ヘッドリー領は近隣だ。ヘッドリー辺境伯のことは耳にしている。
辺境伯自身ならまだしも、その三男坊にもなれば、サーヴィス公爵の後継ぎであるクレアよりは微妙に身分は下だ。
「どうも、改めてご挨拶にうかがいました。クレア嬢」
「……あちらで、お話ししましょう」
ガゼボを示したクレアにランドルフは恭しく礼をした。
「ベアトリクス姫殿下に言われて、アルフレッド殿下の話をしにきました」
「なるほど」
「自分は王宮で姫殿下の護衛をしつつ、アルフレッド殿下に剣の稽古を付けております。姉君である姫殿下ご本人がお話されるよりは、まだ客観的にものが見れるだろうとの仰せです」
「…………」
クレアはランドルフの真っ直ぐな瞳から目をそらし、ガゼボの外を眺めた。
夏のクレマチスが咲き誇っていた。
白く主張するクレマチスを目に焼き付けながら、クレアは口を開いた。
「……アルフレッド殿下のお姿はどのようなものかしら?」
「お姿、ですか」
ランドルフは最初に聞かれるのがそれだとは思っていなかったのだろう。
少し困った顔をした。
「ベアトリクス様のお顔を少し丸くして、柔和にしたお顔をしています。背丈はまだこのくらいですが」
ランドルフは立ち上がって自分の胸の下辺りを示す。
「従兄であられるローレンス陛下はそれなりに背が高いので将来的にはもっと伸びるかも知れませんね」
ランドルフはローレンスの背を思い浮かべる。
自分よりは低いが、そこそこ背は高かった。
「ええと、体つきは華奢ですが、最近剣の稽古を始めたので徐々に筋肉がつきつつあります」
「そうですか……お人柄は?」
「とても朗らかで、お優しく、そして……凜々しい方です。自分の立場をよく理解されていて、今回のベアトリクス姫殿下の旅においても自分のためのことだとよく理解されています。……賢い方です」
「……いわ」
「はい?」
「釣り合わないわー!」
クレア・サーヴィスは瞳に涙を浮かべて泣き叫んだ。
「く、クレア嬢?」
ランドルフは自分は何か間違えたのだろうかと顔を引きつらせた。
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