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第28話 騎士と姫と王と
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「お初にお目にかかります、陛下。ランドルフ・ヘッドリー。ヘッドリー辺境伯の三男坊です」
ランドルフは堂々と名乗りを上げた。
「……どうやってここに」
「黄色い小鳥が案内してくれました」
ランドルフは手を広げた。
そこには息も絶え絶えの小鳥が横たわっていた。
「……わざわざサラの子飼いの鳥の力が一番弱る新月を選んだというのに……あの女……」
「サラ? サラが何だというのです?」
事態を飲み込めないベアトリクスが戸惑う。
そんな彼女にランドルフは性急に告げる。
「姫様、帰りましょう。離宮に帰りましょう」
「え、ええ、帰りたい……帰りたいけれど……」
ベアトリクスの頬にはまだローレンスの手が添えられていた。
「陛下はそれをお許しにはならないわ……私が聖女にならないなんて……そんなこと、許されるわけなかったのよ……」
ベアトリクスは俯いた。
「……良い機会だ。こうなっては仕方ない。ランドルフとやら、そこで見ていればいい。ベアトリクスが俺に抱かれて聖女に堕ちる様を」
「いいえ、見ません。何故なら姫様は俺と離宮に帰るのです」
そう言うとランドルフはズカズカとローレンスの自室に入り込んだ。
ローレンスの腕を掴み上げる。
「ランドルフ!」
ベアトリクスが悲鳴にも似た声を上げる。
王への狼藉。とうてい許されるようなことではなかった。
「姫様は、返してもらいます、陛下」
「……どこまでも、頭の悪い田舎者だな」
ローレンスは吐き捨てた。
「お前の行動で……ヘッドリー辺境伯とヘッドリー宰相がどのような目に遭うか、想像力もないのか?」
「……陛下はそのようなことをされる方ではありません」
ランドルフはローレンスの目を真っ直ぐと見つめてそう言った。
その体はベアトリクスのすぐ近くに侍っていた。
「……何を根拠にそのような」
「2年前、ヘッドリー領の冬があまりにも長く続き、不作になったとき、あなたは税の軽減を受け入れてくれた。賢王だ。そのような方が俺を理由に優秀な宰相閣下と実直な辺境伯に不利益を及ぼすような失政をされるはずがない」
「……あれは、ヘッドリー宰相に恩を売ったのだ。あやつは俺の優秀な右腕であると同時に、俺を貶められる存在でもある。そんなやつの故郷に恩を売る。そのくらいして当然だ……」
「それでも、あれでヘッドリー領は救われました。俺は王都に上がった暁にはその礼を陛下にしたいとずっと思っていた」
「そうか、じゃあ、礼ついでにベアトリクスも置いていくが良い、ヘッドリーの三男坊」
「それはいやです」
ランドルフの返答にベアトリクスは困惑し、ローレンスは鼻で笑った。
「ベアトリクスは俺を受け入れる用意は出来ているようだが?」
「…………」
その言葉にランドルフは少し心配そうにベアトリクスを見つめた。
ベアトリクスは困る。
「わ、私は……」
「今まで辛かったな、ベアトリクス。もういいだろう? おとなしく俺を受け入れろ。そうすれば、俺も妃を取ろう。アルフレッドにはどこか良い領地を与えてやろう。お前が望んでいたのはそういうことのはずだ。聖女を拒否した心の重荷を取り払ってやろうというのだ。何が不満か」
「う……うう……」
ベアトリクスは震えていた。
アルフレッドが領地を与えられるというのなら願ってもいないことだ。
自分たち姉弟は王宮から離れられる。
面倒なしがらみを捨てられる。
しかしその条件は自分がローレンスに抱かれることなのだ。
しかももうそれはランドルフにバレてしまっている。
「ランドルフ……あなたは言ってくれましたね? 私の愛人になると。私が……誰に嫁ごうと、誰に抱かれようと……」
「い、いやです!」
「ランドルフ……」
「ああ、駄目なのは分かっている。言っていることが違う。分かっている。でもやっぱり嫌だ。あなたは……俺だけのものであってほしい!」
「ら、ランドルフ……」
「……アルフレッド殿下に頼まれました。姫様が聖女になるなら、それを守って欲しいと。自分には王子としての責務からできないことだからと……だから今、俺は、アルフレッド殿下の思いに応えています。あなたを……あなたをどんなものからも守りたい!」
守りたかった弟が自分を守ろうとしていくれた。
その事実にベアトリクスは目を見開き、視線を惑わせた。
ローレンスはフンと鼻を鳴らした。
「ああ、美しい姉弟愛だな。よかったじゃないか、ベアトリクス」
「アルフレッド殿下がこんなことを喜ばれるとは思えないから! そうでしょう、姫殿下……」
「アルフレッド……」
彼はどう思うだろう?
知ってしまったらどう感じるだろう。
「何が違う? 聖女にならないために処女を捨てようとしたお前と、聖女にするためにお前を犯そうとする俺と、何が違う、ベアトリクス。理由のために行為を求めただけだろう?」
ローレンスは鋭くベアトリクスをなじる。
「……それでも」
ベアトリクスはようやっとローレンスに向かい合った。
自分を抱こうとした兄のような従兄の目を見つめた。
「それでも、私は、愛によって抱かれることを覚えてしまいました。ランドルフが教えてくれたのです。ああ、だから、ローレンスお兄様、私もう愛のない交わりはできません!」
「……それが、答えか、ベアトリクス」
「申し訳ありません。その罰なら受けましょう。死ねというなら死にましょう。この国の民のために私を天の神に捧げてくださいませ。地上の神であるあなたに殺されるのなら、天の神も私の犠牲を献身と受け入れてくださいましょう」
ベアトリクスはそう言い切った。
「あなたに抱かれるくらいなら殺されます。だからどうか愚かな私をお許しください」
ランドルフは堂々と名乗りを上げた。
「……どうやってここに」
「黄色い小鳥が案内してくれました」
ランドルフは手を広げた。
そこには息も絶え絶えの小鳥が横たわっていた。
「……わざわざサラの子飼いの鳥の力が一番弱る新月を選んだというのに……あの女……」
「サラ? サラが何だというのです?」
事態を飲み込めないベアトリクスが戸惑う。
そんな彼女にランドルフは性急に告げる。
「姫様、帰りましょう。離宮に帰りましょう」
「え、ええ、帰りたい……帰りたいけれど……」
ベアトリクスの頬にはまだローレンスの手が添えられていた。
「陛下はそれをお許しにはならないわ……私が聖女にならないなんて……そんなこと、許されるわけなかったのよ……」
ベアトリクスは俯いた。
「……良い機会だ。こうなっては仕方ない。ランドルフとやら、そこで見ていればいい。ベアトリクスが俺に抱かれて聖女に堕ちる様を」
「いいえ、見ません。何故なら姫様は俺と離宮に帰るのです」
そう言うとランドルフはズカズカとローレンスの自室に入り込んだ。
ローレンスの腕を掴み上げる。
「ランドルフ!」
ベアトリクスが悲鳴にも似た声を上げる。
王への狼藉。とうてい許されるようなことではなかった。
「姫様は、返してもらいます、陛下」
「……どこまでも、頭の悪い田舎者だな」
ローレンスは吐き捨てた。
「お前の行動で……ヘッドリー辺境伯とヘッドリー宰相がどのような目に遭うか、想像力もないのか?」
「……陛下はそのようなことをされる方ではありません」
ランドルフはローレンスの目を真っ直ぐと見つめてそう言った。
その体はベアトリクスのすぐ近くに侍っていた。
「……何を根拠にそのような」
「2年前、ヘッドリー領の冬があまりにも長く続き、不作になったとき、あなたは税の軽減を受け入れてくれた。賢王だ。そのような方が俺を理由に優秀な宰相閣下と実直な辺境伯に不利益を及ぼすような失政をされるはずがない」
「……あれは、ヘッドリー宰相に恩を売ったのだ。あやつは俺の優秀な右腕であると同時に、俺を貶められる存在でもある。そんなやつの故郷に恩を売る。そのくらいして当然だ……」
「それでも、あれでヘッドリー領は救われました。俺は王都に上がった暁にはその礼を陛下にしたいとずっと思っていた」
「そうか、じゃあ、礼ついでにベアトリクスも置いていくが良い、ヘッドリーの三男坊」
「それはいやです」
ランドルフの返答にベアトリクスは困惑し、ローレンスは鼻で笑った。
「ベアトリクスは俺を受け入れる用意は出来ているようだが?」
「…………」
その言葉にランドルフは少し心配そうにベアトリクスを見つめた。
ベアトリクスは困る。
「わ、私は……」
「今まで辛かったな、ベアトリクス。もういいだろう? おとなしく俺を受け入れろ。そうすれば、俺も妃を取ろう。アルフレッドにはどこか良い領地を与えてやろう。お前が望んでいたのはそういうことのはずだ。聖女を拒否した心の重荷を取り払ってやろうというのだ。何が不満か」
「う……うう……」
ベアトリクスは震えていた。
アルフレッドが領地を与えられるというのなら願ってもいないことだ。
自分たち姉弟は王宮から離れられる。
面倒なしがらみを捨てられる。
しかしその条件は自分がローレンスに抱かれることなのだ。
しかももうそれはランドルフにバレてしまっている。
「ランドルフ……あなたは言ってくれましたね? 私の愛人になると。私が……誰に嫁ごうと、誰に抱かれようと……」
「い、いやです!」
「ランドルフ……」
「ああ、駄目なのは分かっている。言っていることが違う。分かっている。でもやっぱり嫌だ。あなたは……俺だけのものであってほしい!」
「ら、ランドルフ……」
「……アルフレッド殿下に頼まれました。姫様が聖女になるなら、それを守って欲しいと。自分には王子としての責務からできないことだからと……だから今、俺は、アルフレッド殿下の思いに応えています。あなたを……あなたをどんなものからも守りたい!」
守りたかった弟が自分を守ろうとしていくれた。
その事実にベアトリクスは目を見開き、視線を惑わせた。
ローレンスはフンと鼻を鳴らした。
「ああ、美しい姉弟愛だな。よかったじゃないか、ベアトリクス」
「アルフレッド殿下がこんなことを喜ばれるとは思えないから! そうでしょう、姫殿下……」
「アルフレッド……」
彼はどう思うだろう?
知ってしまったらどう感じるだろう。
「何が違う? 聖女にならないために処女を捨てようとしたお前と、聖女にするためにお前を犯そうとする俺と、何が違う、ベアトリクス。理由のために行為を求めただけだろう?」
ローレンスは鋭くベアトリクスをなじる。
「……それでも」
ベアトリクスはようやっとローレンスに向かい合った。
自分を抱こうとした兄のような従兄の目を見つめた。
「それでも、私は、愛によって抱かれることを覚えてしまいました。ランドルフが教えてくれたのです。ああ、だから、ローレンスお兄様、私もう愛のない交わりはできません!」
「……それが、答えか、ベアトリクス」
「申し訳ありません。その罰なら受けましょう。死ねというなら死にましょう。この国の民のために私を天の神に捧げてくださいませ。地上の神であるあなたに殺されるのなら、天の神も私の犠牲を献身と受け入れてくださいましょう」
ベアトリクスはそう言い切った。
「あなたに抱かれるくらいなら殺されます。だからどうか愚かな私をお許しください」
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