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第23話 招待状
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「わあ!」
アルフレッドはそれはそれは嬉しそうに王からの手紙を開いた。
「ローレンスお兄様……あ、いや陛下からです! 僕が勉強をがんばっているのを褒めてくださってます! 嬉しいなあ。お耳に入っていたんだ……」
「よかったですね」
ベアトリクスは声がこわばらないよう気を配りながら、自分への手紙を開いた。
普通の時候のあいさつから始まり、先日の体調不良の心配をしていた。
体調不良、それはもちろん、ランドルフとの逢瀬の後に動けなくなった時のことである。
それだけでもギクリとすると言うのに、その手紙には続きがあった。
『来たる新月の日、内密の話をしたい。ヘッドリー宰相が子細は知っている。王宮に来るように』
そう書かれていた。
新月の日は明後日だった。
いくら国王とはいえ、あまりに急な誘いであった。
「…………」
ベアトリクスは無言で手紙をサラに手渡した。
「お姉様のお手紙には、なんて?」
「先日の体調不良を心配してくださいました。それから……今後の話をしたい、と」
「今後……? 陛下のお妃様のお輿入れの話でしょうか?」
「……そうかもしれませんね」
国王に妃が来ればいずれ世継ぎが出来る。そうすれば王太子に与えられているこの離宮は明け渡すことになる。
そのための話をまだ11のアルフレッドではなくベアトリクスにするのは当然だ。
しかし、そうではないと直感が告げていた。
「……ヘッドリー宰相閣下、この後お時間は?」
「ございます」
「分かりました。アルフレッド殿下、ランドルフ殿、わたくしは先に失礼します」
「あ……」
ランドルフがすがるようにベアトリクスの姿を目で追ったが、ベアトリクスはサラとヘッドリー宰相を引き連れて部屋から出て行った。
「大丈夫ですよ、ランドルフ殿!」
「アルフレッド殿下……」
「お姉様とお兄様は仲がよろしいんです。きっと悪い話じゃありません! ……もしかしたらここからは離れなくてはならないかもしれませんが……そうしたら、ランドルフ殿は……どうされます?」
「……許されるなら、アルフレッド殿下とベアトリクス姫様のおそばに」
「そうしてくれるなら、僕も嬉しい」
アルフレッドのその顔はとても大人びていて、ランドルフには到底11の少年には見えなかった。
「……僕は王子です。なんだかんだと言って、ローレンス陛下に世継ぎが生まれるまでは守られます。しかしお姉様にはそういうものはない。せいぜいが政治の道具として誰かに嫁ぐだけ。だから、どうかランドルフ殿、お姉様をお守りください……体も心も。僕は……お姉様のためならどんなものでも使います。手段も人も」
アルフレッドの決意に満ちた言葉に、ランドルフは深くうなずいた。
「……剣に誓って」
ランドルフは力を込めてそう言った。
「それで、姫様、陛下の招待なのですが……」
「聖女についてでしょう。遅すぎたくらいです」
ヘッドリー宰相の慮るような声音に、ベアトリクスは冷たく返した。
「構いません。話をしに行きましょう。私は……ずっとその用意をしていた」
「……はい。新月の日、夕餉をともにしたいと陛下はおっしゃっています」
「そのように手配して。サラもお願いね」
「はい」
「……なるべく少人数で来るように、とのことでした」
「ええ、内密の話というなら、そうでしょうとも……他には?」
「ございません。当日、お迎えに上がります」
「分かったわ」
ヘッドリー宰相は離宮から王宮へと帰っていった。
「ふう……」
ベアトリクスは深いため息をついた。
「……姫様、お召し物はどうされます?」
「一番豪勢な……あの赤いドレスにしましょう。襟も袖も飾り立てて、私は何もしない。そういう態度を示しましょう。スカートも一番膨らましてね」
「……はい、手配してまいります」
サラが部屋を出ていく、ベアトリクスはひとりになった。
ベッドに倒れ伏した。
シーツは取り替えられ、清潔そのもの。
それでもベアトリクスはそこにランドルフの残り香を求めた。
そんなものはそこにはなく、机を見やれば黄色い花は枯れていた。
「花を摘んできてと、ランドルフに伝えましょう」
ベアトリクスは小さく呟いた。
その声はやけにか細かった。
「黄色い小鳥、目覚めなさい」
衣装係に赤いドレスの準備を命じてから、サラは離宮の隅にある小屋にいた。
ボロ屋である。人も来ないようなところだ。
そこに黄色い小鳥の檻はあった。
サラの魔を含んだ声に応え、黄色い小鳥は翼をはためかした。
「伝言、この髪の毛の主に、新月の日、王宮へ、手引きは小鳥が、そう伝えなさい」
「新月の日、王宮へ、手引きは小鳥が!」
黄色い小鳥はそう叫ぶと、ランドルフの髪の毛を口に含んだ。
そしてサラが開け放ったドアから飛び立って行った。
「始まりますよ、ベアトリクス。戦いです。争うべき日が来てしまいました」
サラは悲痛な声で主人に語りかけた。
その声を聞く者は誰もいなかった。
アルフレッドはそれはそれは嬉しそうに王からの手紙を開いた。
「ローレンスお兄様……あ、いや陛下からです! 僕が勉強をがんばっているのを褒めてくださってます! 嬉しいなあ。お耳に入っていたんだ……」
「よかったですね」
ベアトリクスは声がこわばらないよう気を配りながら、自分への手紙を開いた。
普通の時候のあいさつから始まり、先日の体調不良の心配をしていた。
体調不良、それはもちろん、ランドルフとの逢瀬の後に動けなくなった時のことである。
それだけでもギクリとすると言うのに、その手紙には続きがあった。
『来たる新月の日、内密の話をしたい。ヘッドリー宰相が子細は知っている。王宮に来るように』
そう書かれていた。
新月の日は明後日だった。
いくら国王とはいえ、あまりに急な誘いであった。
「…………」
ベアトリクスは無言で手紙をサラに手渡した。
「お姉様のお手紙には、なんて?」
「先日の体調不良を心配してくださいました。それから……今後の話をしたい、と」
「今後……? 陛下のお妃様のお輿入れの話でしょうか?」
「……そうかもしれませんね」
国王に妃が来ればいずれ世継ぎが出来る。そうすれば王太子に与えられているこの離宮は明け渡すことになる。
そのための話をまだ11のアルフレッドではなくベアトリクスにするのは当然だ。
しかし、そうではないと直感が告げていた。
「……ヘッドリー宰相閣下、この後お時間は?」
「ございます」
「分かりました。アルフレッド殿下、ランドルフ殿、わたくしは先に失礼します」
「あ……」
ランドルフがすがるようにベアトリクスの姿を目で追ったが、ベアトリクスはサラとヘッドリー宰相を引き連れて部屋から出て行った。
「大丈夫ですよ、ランドルフ殿!」
「アルフレッド殿下……」
「お姉様とお兄様は仲がよろしいんです。きっと悪い話じゃありません! ……もしかしたらここからは離れなくてはならないかもしれませんが……そうしたら、ランドルフ殿は……どうされます?」
「……許されるなら、アルフレッド殿下とベアトリクス姫様のおそばに」
「そうしてくれるなら、僕も嬉しい」
アルフレッドのその顔はとても大人びていて、ランドルフには到底11の少年には見えなかった。
「……僕は王子です。なんだかんだと言って、ローレンス陛下に世継ぎが生まれるまでは守られます。しかしお姉様にはそういうものはない。せいぜいが政治の道具として誰かに嫁ぐだけ。だから、どうかランドルフ殿、お姉様をお守りください……体も心も。僕は……お姉様のためならどんなものでも使います。手段も人も」
アルフレッドの決意に満ちた言葉に、ランドルフは深くうなずいた。
「……剣に誓って」
ランドルフは力を込めてそう言った。
「それで、姫様、陛下の招待なのですが……」
「聖女についてでしょう。遅すぎたくらいです」
ヘッドリー宰相の慮るような声音に、ベアトリクスは冷たく返した。
「構いません。話をしに行きましょう。私は……ずっとその用意をしていた」
「……はい。新月の日、夕餉をともにしたいと陛下はおっしゃっています」
「そのように手配して。サラもお願いね」
「はい」
「……なるべく少人数で来るように、とのことでした」
「ええ、内密の話というなら、そうでしょうとも……他には?」
「ございません。当日、お迎えに上がります」
「分かったわ」
ヘッドリー宰相は離宮から王宮へと帰っていった。
「ふう……」
ベアトリクスは深いため息をついた。
「……姫様、お召し物はどうされます?」
「一番豪勢な……あの赤いドレスにしましょう。襟も袖も飾り立てて、私は何もしない。そういう態度を示しましょう。スカートも一番膨らましてね」
「……はい、手配してまいります」
サラが部屋を出ていく、ベアトリクスはひとりになった。
ベッドに倒れ伏した。
シーツは取り替えられ、清潔そのもの。
それでもベアトリクスはそこにランドルフの残り香を求めた。
そんなものはそこにはなく、机を見やれば黄色い花は枯れていた。
「花を摘んできてと、ランドルフに伝えましょう」
ベアトリクスは小さく呟いた。
その声はやけにか細かった。
「黄色い小鳥、目覚めなさい」
衣装係に赤いドレスの準備を命じてから、サラは離宮の隅にある小屋にいた。
ボロ屋である。人も来ないようなところだ。
そこに黄色い小鳥の檻はあった。
サラの魔を含んだ声に応え、黄色い小鳥は翼をはためかした。
「伝言、この髪の毛の主に、新月の日、王宮へ、手引きは小鳥が、そう伝えなさい」
「新月の日、王宮へ、手引きは小鳥が!」
黄色い小鳥はそう叫ぶと、ランドルフの髪の毛を口に含んだ。
そしてサラが開け放ったドアから飛び立って行った。
「始まりますよ、ベアトリクス。戦いです。争うべき日が来てしまいました」
サラは悲痛な声で主人に語りかけた。
その声を聞く者は誰もいなかった。
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