15 / 45
第15話 密やかに語らえば
しおりを挟む
椅子に腰掛け、ベアトリクスはベッドの横に置かれた花を見る。
なんてことはない一輪の花。
ランドルフが摘んでくれた花。
そこら辺に咲いていたものだ。庭師の手も通していない。そのうち枯れる。
それでもベアトリクスはその花が愛おしかった。
「ベアトリクス殿下、ランドルフ殿が到着されました」
サラの声が部屋の外からした。
「お通しして」
今夜のランドルフも騎士の制服をしっかりと着込んでいた。
サラはランドルフをベアトリクスの前に案内すると静かに退室した。
「どうです? 離宮での暮らしに不自由はありませんか? 何か要望があれば用意させますわ」
「問題は何も……むしろよくしてもらってばかりで……」
「あなたの働きに見合ったものを与えているだけです。アルフレッド殿下はあなたが来てから、とても楽しそうです。それだけの価値があなたにはあります」
「……恐縮です」
ランドルフは緊張していた。
今日もベアトリクスは自分で脱げるネグリジェだった。
しかし、彼らは机を挟んで椅子の上に座っている。
ランドルフはベッドをチラリと見、そして花に目を留めた。
「本当に飾ってくださっているのですね」
その顔は少し嬉しそうだった。
「……ええ」
ベアトリクスは続ける言葉に迷った。
普段の男達を呼ぶときには言葉などろくに交わさない。
交わしたがる男もいるにはいたが、有無を言わせなかった。
ベアトリクスの目的は行為そのものにあったのだから。
しかしランドルフにはそれが通用しない。
だからベアトリクスは言葉を探した。
「……ランドルフ殿、ランドルフ殿は私のどこが好きなのでしょう」
「えっ……」
ランドルフはやけに困った顔をした。
ベアトリクスの胸に不安が湧き上がる。
ランドルフはベアトリクスを傷付けないために、方便で好きだと言ったのではないか?
そんな疑問がまた再来する。
「…………」
ランドルフは考え込んでしまった。
ベアトリクスはなんだか泣きたい気持ちになるのを必死にこらえた。
「えっと……そうですね……あの、何でしょう……うーん……」
「無理に答えなくてよろしい!」
ベアトリクスは思わず声を荒げた。
隣室でサラが身動きをする気配を感じた。
ベアトリクスが声を上げすぎると、サラが来てしまう。
ベアトリクスは落ち着こうと椅子に座り直す。
「……お顔がまずおきれいです」
「……そう」
昼にも似たようなことを言われた。
その時は赤くなった顔は今度はあまり反応しなかった。
「ええと、なんでしょう……あの、小さくて、いえ、女性としてはそこまで小さいわけではないのでしょうが……俺から見たら小さくて……」
ベアトリクスは女性としては中くらいの大きさだが、ランドルフは男としても背の高い方だ。
そうもなるのだろう。
「なんだか壊れてしまいそうなくらいで……」
それはいつのベアトリクスのことを言っているのだろう?
「それでも強く立っておいでで、そのお姿が……守りたくなります」
「守りたくなるのが、好きということなのですか?」
「それは……えっと……」
ランドルフは困った。
ベアトリクスは少し考え、口を開いた。
「いえ、でも、そうね。私もアルフレッドを守りたいと思いました。それはアルフレッドを好きだからだけど……弟として愛しているからだけど……最初は守りたいだったのかもしれません」
11年前、アルフレッドを腕に抱いたときのことをベアトリクスは思い出す。
小さくて壊れてしまいそうな赤ん坊。
「はい!」
ランドルフはホッとしたように叫んだ。
「……でも、それは家族に対しても同じ事では?」
「好きな人だからこそ、家族になるのです……ああ、えっと、恋愛結婚の場合はですけど……」
ランドルフは相手のことを思い出して、付け足した。
ランドルフの二人の兄も、一番上の兄は政略結婚だ。
よその有力貴族の子女を娶ったが、幸せそうにやっている。
二番目の兄は地元の子女といい仲になっている。
その内結婚するのだろう、そう周りは思っている。
「恋愛結婚……わたくしにはほど遠い言葉ですね」
ベアトリクスは遠くを見た。
見たくない現実から目をそらした。
「……そう、なのでしょうね……」
ランドルフもそれが分からないほど愚かではない。
目の前に居るのは一国の姫君である。
一番上の兄の細君のように周りの者が決めた誰かに嫁いでいく、それが普通だ。
「……ランドルフ殿は地元に良い方は本当にいらっしゃらなかったの?」
ベアトリクスは質問を変えた。
「自分はまあ何せ馬鹿みたいに剣ばかり振っていまして……二番目の兄はわりとあちこちに手を出してましたけど……」
ランドルフは苦笑する。
「姫様こそ……恋は、したことありますか?」
「……ないわ」
まだ、あなたが好きとは言えなかった。
「だって、私には必要のないものだもの」
「そう、ですか……」
ランドルフはどこか意気消沈したように俯いた。
「……でも、恋に応えることは魅惑的だと思っているわ」
「それは」
ランドルフは顔を上げる。
ベアトリクスの顔を真っ直ぐ見つめる。
「それは、あの、チャンスがいただけると言うことでしょうか……俺に」
「チャンス」
「俺を……好きになっていただけますか?」
「……あなたのこと好きになったら、私、どうなるのかしらね」
ランドルフの顔が再び曇る。
「それは……えっと……姫様は政略結婚をされるでしょうから……俺とあなたが恋に落ちても……最後は……」
「そう、よね」
「……俺が辺境伯の跡取りでもあれば、姫様を娶る利点もあったかもしれませんが……俺にそう言うものはないです。騎士として名を上げることだって、長らく大きな戦争がない平和なこの国ではありません。殿下の覚えめでたくとも、それはたぶん政略結婚につながるほどのことじゃない……」
「……もうやめて」
ランドルフが告げてくる事実に、ベアトリクスは思わず口を挟んだ。
「はい」
ランドルフは素直に黙る。
ベアトリクスは閉塞感を覚え、ベッドを見た。
きれいに整えられたベッド。
そこを乱すことを考えた。
「ねえ、ランドルフ……私の愛人になる気は、ある?」
ベアトリクスはそこに踏み込んだ。
なんてことはない一輪の花。
ランドルフが摘んでくれた花。
そこら辺に咲いていたものだ。庭師の手も通していない。そのうち枯れる。
それでもベアトリクスはその花が愛おしかった。
「ベアトリクス殿下、ランドルフ殿が到着されました」
サラの声が部屋の外からした。
「お通しして」
今夜のランドルフも騎士の制服をしっかりと着込んでいた。
サラはランドルフをベアトリクスの前に案内すると静かに退室した。
「どうです? 離宮での暮らしに不自由はありませんか? 何か要望があれば用意させますわ」
「問題は何も……むしろよくしてもらってばかりで……」
「あなたの働きに見合ったものを与えているだけです。アルフレッド殿下はあなたが来てから、とても楽しそうです。それだけの価値があなたにはあります」
「……恐縮です」
ランドルフは緊張していた。
今日もベアトリクスは自分で脱げるネグリジェだった。
しかし、彼らは机を挟んで椅子の上に座っている。
ランドルフはベッドをチラリと見、そして花に目を留めた。
「本当に飾ってくださっているのですね」
その顔は少し嬉しそうだった。
「……ええ」
ベアトリクスは続ける言葉に迷った。
普段の男達を呼ぶときには言葉などろくに交わさない。
交わしたがる男もいるにはいたが、有無を言わせなかった。
ベアトリクスの目的は行為そのものにあったのだから。
しかしランドルフにはそれが通用しない。
だからベアトリクスは言葉を探した。
「……ランドルフ殿、ランドルフ殿は私のどこが好きなのでしょう」
「えっ……」
ランドルフはやけに困った顔をした。
ベアトリクスの胸に不安が湧き上がる。
ランドルフはベアトリクスを傷付けないために、方便で好きだと言ったのではないか?
そんな疑問がまた再来する。
「…………」
ランドルフは考え込んでしまった。
ベアトリクスはなんだか泣きたい気持ちになるのを必死にこらえた。
「えっと……そうですね……あの、何でしょう……うーん……」
「無理に答えなくてよろしい!」
ベアトリクスは思わず声を荒げた。
隣室でサラが身動きをする気配を感じた。
ベアトリクスが声を上げすぎると、サラが来てしまう。
ベアトリクスは落ち着こうと椅子に座り直す。
「……お顔がまずおきれいです」
「……そう」
昼にも似たようなことを言われた。
その時は赤くなった顔は今度はあまり反応しなかった。
「ええと、なんでしょう……あの、小さくて、いえ、女性としてはそこまで小さいわけではないのでしょうが……俺から見たら小さくて……」
ベアトリクスは女性としては中くらいの大きさだが、ランドルフは男としても背の高い方だ。
そうもなるのだろう。
「なんだか壊れてしまいそうなくらいで……」
それはいつのベアトリクスのことを言っているのだろう?
「それでも強く立っておいでで、そのお姿が……守りたくなります」
「守りたくなるのが、好きということなのですか?」
「それは……えっと……」
ランドルフは困った。
ベアトリクスは少し考え、口を開いた。
「いえ、でも、そうね。私もアルフレッドを守りたいと思いました。それはアルフレッドを好きだからだけど……弟として愛しているからだけど……最初は守りたいだったのかもしれません」
11年前、アルフレッドを腕に抱いたときのことをベアトリクスは思い出す。
小さくて壊れてしまいそうな赤ん坊。
「はい!」
ランドルフはホッとしたように叫んだ。
「……でも、それは家族に対しても同じ事では?」
「好きな人だからこそ、家族になるのです……ああ、えっと、恋愛結婚の場合はですけど……」
ランドルフは相手のことを思い出して、付け足した。
ランドルフの二人の兄も、一番上の兄は政略結婚だ。
よその有力貴族の子女を娶ったが、幸せそうにやっている。
二番目の兄は地元の子女といい仲になっている。
その内結婚するのだろう、そう周りは思っている。
「恋愛結婚……わたくしにはほど遠い言葉ですね」
ベアトリクスは遠くを見た。
見たくない現実から目をそらした。
「……そう、なのでしょうね……」
ランドルフもそれが分からないほど愚かではない。
目の前に居るのは一国の姫君である。
一番上の兄の細君のように周りの者が決めた誰かに嫁いでいく、それが普通だ。
「……ランドルフ殿は地元に良い方は本当にいらっしゃらなかったの?」
ベアトリクスは質問を変えた。
「自分はまあ何せ馬鹿みたいに剣ばかり振っていまして……二番目の兄はわりとあちこちに手を出してましたけど……」
ランドルフは苦笑する。
「姫様こそ……恋は、したことありますか?」
「……ないわ」
まだ、あなたが好きとは言えなかった。
「だって、私には必要のないものだもの」
「そう、ですか……」
ランドルフはどこか意気消沈したように俯いた。
「……でも、恋に応えることは魅惑的だと思っているわ」
「それは」
ランドルフは顔を上げる。
ベアトリクスの顔を真っ直ぐ見つめる。
「それは、あの、チャンスがいただけると言うことでしょうか……俺に」
「チャンス」
「俺を……好きになっていただけますか?」
「……あなたのこと好きになったら、私、どうなるのかしらね」
ランドルフの顔が再び曇る。
「それは……えっと……姫様は政略結婚をされるでしょうから……俺とあなたが恋に落ちても……最後は……」
「そう、よね」
「……俺が辺境伯の跡取りでもあれば、姫様を娶る利点もあったかもしれませんが……俺にそう言うものはないです。騎士として名を上げることだって、長らく大きな戦争がない平和なこの国ではありません。殿下の覚えめでたくとも、それはたぶん政略結婚につながるほどのことじゃない……」
「……もうやめて」
ランドルフが告げてくる事実に、ベアトリクスは思わず口を挟んだ。
「はい」
ランドルフは素直に黙る。
ベアトリクスは閉塞感を覚え、ベッドを見た。
きれいに整えられたベッド。
そこを乱すことを考えた。
「ねえ、ランドルフ……私の愛人になる気は、ある?」
ベアトリクスはそこに踏み込んだ。
0
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
Paradise FOUND
泉野ジュール
恋愛
『この娘はいつか、この国の王の為に命を捧げ、彼の願いを叶えるだろう』
そんな予言をもって生まれた少女、エマニュエル。両親の手によって隠されて育つが、17歳のある日、その予言の王の手により連れ去られてしまう。
まるで天国のように──人知れぬ自然の大地で幸せに育ったエマニュエルは、突然王宮の厳しい現実にさらされる。
そして始まる、相容れるはずのないふたりの、不器用な恋。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる