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第14話 いざない

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「ランドルフ殿は当年とっておいくつなのかしら?」
「20になりました」

 あずまやガゼボでベアトリクスは茶を持ち上げた。
 ランドルフはケーキをつまみながら答える。

 天気は晴。絶好の訓練日和。アルフレッドの剣の訓練の合間を縫って、ベアトリクスとランドルフ、そしてアルフレッドは2度目の茶会を開いていた。
 昼飯代わりのケーキは前回の2倍用意させた。
 ランドルフはそれすら食べきりそうな食欲を見せた。
 剣の訓練をした後とは言え、食欲が凄まじい。
 ベアトリクスはおののいた。

「私より2つお兄様ね……それに国王陛下と同じ年だわ」
「そうなのですか……ローレンス国王陛下……地上の神……」

 この国では王は神の代理人だ。
 天の神と地上の神、地上の神こそが王である。

「ええ。それにサラも同じ年ね。ねえ、アルフレッド殿下」
「そうですね! ランドルフ殿の2人のお兄様はおいくつですか?」
「22と25です。25の兄には3つになる子供が居ます。自分から見たら甥ですね」
「ランドルフ殿はもう叔父様なのですね! お姉様にお子様が出来たら僕も叔父になるのか……」

 アルフレッドはしみじみと呟いた。
 茶を啜っていたランドルフが咳き込む。
 ベアトリクスの子供、という言葉に過剰反応したようだ。

「私よりまずは国王陛下ですね。国王陛下が結婚なさらないうちは私が結婚なんてとてもとても……」
「ああ……」

 納得の声を漏らしながらも、ランドルフは少し意外そうな顔をした。

「そうですね! ローレンスお兄様……あ、いや、陛下はまだ王妃さまが決まらないようですが……」

 複雑な政治が絡む事柄に、アルフレッドは少し困った顔をした。

 国王、ローレンスには妻が居ない。
 20にもなった王に配偶者が居ないことは、王宮の者たちを悩ませている。
 ランドルフの叔父、宰相もそれは同じだ。

 通常この国の王妃は隣国から娶ってきた。
 王妃ではないが、ベアトリクスとアルフレッドの母親もそうであったし、国王ローレンスの母も隣国の姫君だ。
 今、この国の周りにはローレンスの年に近い姫君が3人は居る。
 その中でも大国から妻を娶りたい、というのが王宮の主立った者の思惑だが、当のローレンスが自分に妻帯はまだ早いと拒んでいるのだ。
 どう考えても早いということはない。むしろ遅いくらいだ。
 しかしローレンスの意思は固く、それを押し通している。

 このままではローレンスに王太子は生まれないのではないか。
 早い内にアルフレッド殿下に乗り換えた方が良いのではないか。
 そんな風に考える貴族重臣も多く、ベアトリクスはそう言った輩が離宮に近付くのをどうにか排除している。

 ローレンスにさっさと結婚して後継ぎを作って欲しい。
 それは王宮の者、そしてベアトリクスの共通する願いであった。

 ベアトリクスは憂鬱の種を頭の隅に追いやって会話の流れを変える。

「ランドルフ殿、甥っ子さんは可愛い?」
「ええ、自分は末っ子で下の兄弟というのがいなかったので、それはもう可愛くて可愛くて……」

 ランドルフは相好を崩してそう言った。

「姫様もやはりアルフレッド殿下のことは可愛いと思われましたでしょう?」
「ええ、もちろん」

 ベアトリクスは11年前、アルフレッドが生まれた日のことを思い出す。
 まだ7つだった自分の腕の中にすっぽりと収まる小さな小さな弟。可愛くて可愛くて仕方なくて、そして守らなければならないと思ったのだ。

「アルフレッドが生まれたときには私たちのお父様……当時の王弟殿下は亡くなられていました。アルフレッドが生まれる一月前に病で亡くなったのです。だからこの子のことは私と母で守るのだと……ふふふ、7歳の子供のくせにそんなことを考えたものです」
「そう、だったのですか……」

 ランドルフの顔にベアトリクスの苦労を思う色が浮かんだ。
 アルフレッドも口を開く。

「ジョナスが僕の父代わりのようなものです」

 ガゼボの横で待機していたジョナスが少し驚いたような顔をした。
 ジョナスはベアトリクスとアルフレッドの父に仕え、父が死んだあとはアルフレッドに仕えた。
 長年の付き合いである。

「でも、一度はお会いしてみたかったなあ、お父様」
「見た目はローレンス陛下に似ていたわ。私たちはお母様似だから……」
「確かに、お姉さまは本当にお母様にそっくりです! たまに僕、呼び間違えそうになるくらい」
「まあ」

 ベアトリクスはころころと笑ってみせた。

「それはきっと美しいお母様だったのでしょうね」

 それはベアトリクスのことも美しいと言っているのと同じであった。
 ランドルフの言葉にベアトリクスは顔が赤くなっていくのを感じた。

「アルフレッド殿下」

 タイミングよく、ジョナスがガゼボに声をかけた。

「そろそろ切り上げませんと、お勉強の時間です」
「もうそんな時間かぁ……もっとお姉様とランドルフ殿とお話したかったなあ」

 名残惜しそうに言いながらも、アルフレッドは立ち上がった。

「アルフレッド殿下、今日のお勉強は何を?」
「歴史です、お姉様。四百年前のお話をしています。お母様の生国が出てくるんですよ!」

 アルフレッドはキラキラとした顔でそういった。

「まあ、つまり私たちのもう一つのルーツですね。お勉強、お励みくださいね」
「はい!」

 アルフレッドは元気に答えて、手を振り、去っていった。

「お母様の生国に、私達は行ったことがないのです。ちょうどアルフレッド殿下が生まれる年に招待されたのですが、お母様の妊娠で無しになって……アルフレッド殿下が大きくなってから、と思っていたらお母様が亡くなって……」
「王族の方々の訃報は我が領にも届いておりました……ここ数年でずいぶんと亡くなられていますね」

 ランドルフはこの話を続けたものかと戸惑いつつも、ベアトリクスの話に乗る。

「王族の血を引くのが私とアルフレッド、そしてローレンス陛下だけになったのは3年前に伯母様が亡くなってからです」

 ベアトリクスは顔も知らない伯母のことを思った。
 彼女は聖女だった。最後に残した予言は、某国の内乱とそれに乗じた移民の増加であり、それは伯母の死後に当たった。
 聖女の力は本物だと国中に感じさせる出来事であった。

「……ランドルフ殿、あそこ、あの大きな木の陰にある花を摘んでくださる?」
「え? あ、はい」

 突然の申し出にランドルフは戸惑いながらも木に向かう。
 そこには一輪、黄色い花が咲いていた。
 慎重に摘み上げ、土を払う。
 そしてランドルフはそれをベアトリクスに差し出した。

「キレイな花……」
「はあ……」

 ランドルフに花の違いは分からない。どこにでも咲いていそうな花だと彼は思った。

「ランドルフ殿、このお花を私の部屋に飾ります。夜にでも見に来てくださる?」
「…………!」

 ランドルフは声を漏らさず驚愕した。
 これはベアトリクスが男を部屋に誘うときの常套句であった。

「…………はい」

 ベアトリクスからはいまいち感情の見えない声で、それでもランドルフは承諾した。
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