14 / 45
第14話 いざない
しおりを挟む
「ランドルフ殿は当年とっておいくつなのかしら?」
「20になりました」
あずまやでベアトリクスは茶を持ち上げた。
ランドルフはケーキをつまみながら答える。
天気は晴。絶好の訓練日和。アルフレッドの剣の訓練の合間を縫って、ベアトリクスとランドルフ、そしてアルフレッドは2度目の茶会を開いていた。
昼飯代わりのケーキは前回の2倍用意させた。
ランドルフはそれすら食べきりそうな食欲を見せた。
剣の訓練をした後とは言え、食欲が凄まじい。
ベアトリクスはおののいた。
「私より2つお兄様ね……それに国王陛下と同じ年だわ」
「そうなのですか……ローレンス国王陛下……地上の神……」
この国では王は神の代理人だ。
天の神と地上の神、地上の神こそが王である。
「ええ。それにサラも同じ年ね。ねえ、アルフレッド殿下」
「そうですね! ランドルフ殿の2人のお兄様はおいくつですか?」
「22と25です。25の兄には3つになる子供が居ます。自分から見たら甥ですね」
「ランドルフ殿はもう叔父様なのですね! お姉様にお子様が出来たら僕も叔父になるのか……」
アルフレッドはしみじみと呟いた。
茶を啜っていたランドルフが咳き込む。
ベアトリクスの子供、という言葉に過剰反応したようだ。
「私よりまずは国王陛下ですね。国王陛下が結婚なさらないうちは私が結婚なんてとてもとても……」
「ああ……」
納得の声を漏らしながらも、ランドルフは少し意外そうな顔をした。
「そうですね! ローレンスお兄様……あ、いや、陛下はまだ王妃さまが決まらないようですが……」
複雑な政治が絡む事柄に、アルフレッドは少し困った顔をした。
国王、ローレンスには妻が居ない。
20にもなった王に配偶者が居ないことは、王宮の者たちを悩ませている。
ランドルフの叔父、宰相もそれは同じだ。
通常この国の王妃は隣国から娶ってきた。
王妃ではないが、ベアトリクスとアルフレッドの母親もそうであったし、国王ローレンスの母も隣国の姫君だ。
今、この国の周りにはローレンスの年に近い姫君が3人は居る。
その中でも大国から妻を娶りたい、というのが王宮の主立った者の思惑だが、当のローレンスが自分に妻帯はまだ早いと拒んでいるのだ。
どう考えても早いということはない。むしろ遅いくらいだ。
しかしローレンスの意思は固く、それを押し通している。
このままではローレンスに王太子は生まれないのではないか。
早い内にアルフレッド殿下に乗り換えた方が良いのではないか。
そんな風に考える貴族重臣も多く、ベアトリクスはそう言った輩が離宮に近付くのをどうにか排除している。
ローレンスにさっさと結婚して後継ぎを作って欲しい。
それは王宮の者、そしてベアトリクスの共通する願いであった。
ベアトリクスは憂鬱の種を頭の隅に追いやって会話の流れを変える。
「ランドルフ殿、甥っ子さんは可愛い?」
「ええ、自分は末っ子で下の兄弟というのがいなかったので、それはもう可愛くて可愛くて……」
ランドルフは相好を崩してそう言った。
「姫様もやはりアルフレッド殿下のことは可愛いと思われましたでしょう?」
「ええ、もちろん」
ベアトリクスは11年前、アルフレッドが生まれた日のことを思い出す。
まだ7つだった自分の腕の中にすっぽりと収まる小さな小さな弟。可愛くて可愛くて仕方なくて、そして守らなければならないと思ったのだ。
「アルフレッドが生まれたときには私たちのお父様……当時の王弟殿下は亡くなられていました。アルフレッドが生まれる一月前に病で亡くなったのです。だからこの子のことは私と母で守るのだと……ふふふ、7歳の子供のくせにそんなことを考えたものです」
「そう、だったのですか……」
ランドルフの顔にベアトリクスの苦労を思う色が浮かんだ。
アルフレッドも口を開く。
「ジョナスが僕の父代わりのようなものです」
ガゼボの横で待機していたジョナスが少し驚いたような顔をした。
ジョナスはベアトリクスとアルフレッドの父に仕え、父が死んだあとはアルフレッドに仕えた。
長年の付き合いである。
「でも、一度はお会いしてみたかったなあ、お父様」
「見た目はローレンス陛下に似ていたわ。私たちはお母様似だから……」
「確かに、お姉さまは本当にお母様にそっくりです! たまに僕、呼び間違えそうになるくらい」
「まあ」
ベアトリクスはころころと笑ってみせた。
「それはきっと美しいお母様だったのでしょうね」
それはベアトリクスのことも美しいと言っているのと同じであった。
ランドルフの言葉にベアトリクスは顔が赤くなっていくのを感じた。
「アルフレッド殿下」
タイミングよく、ジョナスがガゼボに声をかけた。
「そろそろ切り上げませんと、お勉強の時間です」
「もうそんな時間かぁ……もっとお姉様とランドルフ殿とお話したかったなあ」
名残惜しそうに言いながらも、アルフレッドは立ち上がった。
「アルフレッド殿下、今日のお勉強は何を?」
「歴史です、お姉様。四百年前のお話をしています。お母様の生国が出てくるんですよ!」
アルフレッドはキラキラとした顔でそういった。
「まあ、つまり私たちのもう一つのルーツですね。お勉強、お励みくださいね」
「はい!」
アルフレッドは元気に答えて、手を振り、去っていった。
「お母様の生国に、私達は行ったことがないのです。ちょうどアルフレッド殿下が生まれる年に招待されたのですが、お母様の妊娠で無しになって……アルフレッド殿下が大きくなってから、と思っていたらお母様が亡くなって……」
「王族の方々の訃報は我が領にも届いておりました……ここ数年でずいぶんと亡くなられていますね」
ランドルフはこの話を続けたものかと戸惑いつつも、ベアトリクスの話に乗る。
「王族の血を引くのが私とアルフレッド、そしてローレンス陛下だけになったのは3年前に伯母様が亡くなってからです」
ベアトリクスは顔も知らない伯母のことを思った。
彼女は聖女だった。最後に残した予言は、某国の内乱とそれに乗じた移民の増加であり、それは伯母の死後に当たった。
聖女の力は本物だと国中に感じさせる出来事であった。
「……ランドルフ殿、あそこ、あの大きな木の陰にある花を摘んでくださる?」
「え? あ、はい」
突然の申し出にランドルフは戸惑いながらも木に向かう。
そこには一輪、黄色い花が咲いていた。
慎重に摘み上げ、土を払う。
そしてランドルフはそれをベアトリクスに差し出した。
「キレイな花……」
「はあ……」
ランドルフに花の違いは分からない。どこにでも咲いていそうな花だと彼は思った。
「ランドルフ殿、このお花を私の部屋に飾ります。夜にでも見に来てくださる?」
「…………!」
ランドルフは声を漏らさず驚愕した。
これはベアトリクスが男を部屋に誘うときの常套句であった。
「…………はい」
ベアトリクスからはいまいち感情の見えない声で、それでもランドルフは承諾した。
「20になりました」
あずまやでベアトリクスは茶を持ち上げた。
ランドルフはケーキをつまみながら答える。
天気は晴。絶好の訓練日和。アルフレッドの剣の訓練の合間を縫って、ベアトリクスとランドルフ、そしてアルフレッドは2度目の茶会を開いていた。
昼飯代わりのケーキは前回の2倍用意させた。
ランドルフはそれすら食べきりそうな食欲を見せた。
剣の訓練をした後とは言え、食欲が凄まじい。
ベアトリクスはおののいた。
「私より2つお兄様ね……それに国王陛下と同じ年だわ」
「そうなのですか……ローレンス国王陛下……地上の神……」
この国では王は神の代理人だ。
天の神と地上の神、地上の神こそが王である。
「ええ。それにサラも同じ年ね。ねえ、アルフレッド殿下」
「そうですね! ランドルフ殿の2人のお兄様はおいくつですか?」
「22と25です。25の兄には3つになる子供が居ます。自分から見たら甥ですね」
「ランドルフ殿はもう叔父様なのですね! お姉様にお子様が出来たら僕も叔父になるのか……」
アルフレッドはしみじみと呟いた。
茶を啜っていたランドルフが咳き込む。
ベアトリクスの子供、という言葉に過剰反応したようだ。
「私よりまずは国王陛下ですね。国王陛下が結婚なさらないうちは私が結婚なんてとてもとても……」
「ああ……」
納得の声を漏らしながらも、ランドルフは少し意外そうな顔をした。
「そうですね! ローレンスお兄様……あ、いや、陛下はまだ王妃さまが決まらないようですが……」
複雑な政治が絡む事柄に、アルフレッドは少し困った顔をした。
国王、ローレンスには妻が居ない。
20にもなった王に配偶者が居ないことは、王宮の者たちを悩ませている。
ランドルフの叔父、宰相もそれは同じだ。
通常この国の王妃は隣国から娶ってきた。
王妃ではないが、ベアトリクスとアルフレッドの母親もそうであったし、国王ローレンスの母も隣国の姫君だ。
今、この国の周りにはローレンスの年に近い姫君が3人は居る。
その中でも大国から妻を娶りたい、というのが王宮の主立った者の思惑だが、当のローレンスが自分に妻帯はまだ早いと拒んでいるのだ。
どう考えても早いということはない。むしろ遅いくらいだ。
しかしローレンスの意思は固く、それを押し通している。
このままではローレンスに王太子は生まれないのではないか。
早い内にアルフレッド殿下に乗り換えた方が良いのではないか。
そんな風に考える貴族重臣も多く、ベアトリクスはそう言った輩が離宮に近付くのをどうにか排除している。
ローレンスにさっさと結婚して後継ぎを作って欲しい。
それは王宮の者、そしてベアトリクスの共通する願いであった。
ベアトリクスは憂鬱の種を頭の隅に追いやって会話の流れを変える。
「ランドルフ殿、甥っ子さんは可愛い?」
「ええ、自分は末っ子で下の兄弟というのがいなかったので、それはもう可愛くて可愛くて……」
ランドルフは相好を崩してそう言った。
「姫様もやはりアルフレッド殿下のことは可愛いと思われましたでしょう?」
「ええ、もちろん」
ベアトリクスは11年前、アルフレッドが生まれた日のことを思い出す。
まだ7つだった自分の腕の中にすっぽりと収まる小さな小さな弟。可愛くて可愛くて仕方なくて、そして守らなければならないと思ったのだ。
「アルフレッドが生まれたときには私たちのお父様……当時の王弟殿下は亡くなられていました。アルフレッドが生まれる一月前に病で亡くなったのです。だからこの子のことは私と母で守るのだと……ふふふ、7歳の子供のくせにそんなことを考えたものです」
「そう、だったのですか……」
ランドルフの顔にベアトリクスの苦労を思う色が浮かんだ。
アルフレッドも口を開く。
「ジョナスが僕の父代わりのようなものです」
ガゼボの横で待機していたジョナスが少し驚いたような顔をした。
ジョナスはベアトリクスとアルフレッドの父に仕え、父が死んだあとはアルフレッドに仕えた。
長年の付き合いである。
「でも、一度はお会いしてみたかったなあ、お父様」
「見た目はローレンス陛下に似ていたわ。私たちはお母様似だから……」
「確かに、お姉さまは本当にお母様にそっくりです! たまに僕、呼び間違えそうになるくらい」
「まあ」
ベアトリクスはころころと笑ってみせた。
「それはきっと美しいお母様だったのでしょうね」
それはベアトリクスのことも美しいと言っているのと同じであった。
ランドルフの言葉にベアトリクスは顔が赤くなっていくのを感じた。
「アルフレッド殿下」
タイミングよく、ジョナスがガゼボに声をかけた。
「そろそろ切り上げませんと、お勉強の時間です」
「もうそんな時間かぁ……もっとお姉様とランドルフ殿とお話したかったなあ」
名残惜しそうに言いながらも、アルフレッドは立ち上がった。
「アルフレッド殿下、今日のお勉強は何を?」
「歴史です、お姉様。四百年前のお話をしています。お母様の生国が出てくるんですよ!」
アルフレッドはキラキラとした顔でそういった。
「まあ、つまり私たちのもう一つのルーツですね。お勉強、お励みくださいね」
「はい!」
アルフレッドは元気に答えて、手を振り、去っていった。
「お母様の生国に、私達は行ったことがないのです。ちょうどアルフレッド殿下が生まれる年に招待されたのですが、お母様の妊娠で無しになって……アルフレッド殿下が大きくなってから、と思っていたらお母様が亡くなって……」
「王族の方々の訃報は我が領にも届いておりました……ここ数年でずいぶんと亡くなられていますね」
ランドルフはこの話を続けたものかと戸惑いつつも、ベアトリクスの話に乗る。
「王族の血を引くのが私とアルフレッド、そしてローレンス陛下だけになったのは3年前に伯母様が亡くなってからです」
ベアトリクスは顔も知らない伯母のことを思った。
彼女は聖女だった。最後に残した予言は、某国の内乱とそれに乗じた移民の増加であり、それは伯母の死後に当たった。
聖女の力は本物だと国中に感じさせる出来事であった。
「……ランドルフ殿、あそこ、あの大きな木の陰にある花を摘んでくださる?」
「え? あ、はい」
突然の申し出にランドルフは戸惑いながらも木に向かう。
そこには一輪、黄色い花が咲いていた。
慎重に摘み上げ、土を払う。
そしてランドルフはそれをベアトリクスに差し出した。
「キレイな花……」
「はあ……」
ランドルフに花の違いは分からない。どこにでも咲いていそうな花だと彼は思った。
「ランドルフ殿、このお花を私の部屋に飾ります。夜にでも見に来てくださる?」
「…………!」
ランドルフは声を漏らさず驚愕した。
これはベアトリクスが男を部屋に誘うときの常套句であった。
「…………はい」
ベアトリクスからはいまいち感情の見えない声で、それでもランドルフは承諾した。
0
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
Paradise FOUND
泉野ジュール
恋愛
『この娘はいつか、この国の王の為に命を捧げ、彼の願いを叶えるだろう』
そんな予言をもって生まれた少女、エマニュエル。両親の手によって隠されて育つが、17歳のある日、その予言の王の手により連れ去られてしまう。
まるで天国のように──人知れぬ自然の大地で幸せに育ったエマニュエルは、突然王宮の厳しい現実にさらされる。
そして始まる、相容れるはずのないふたりの、不器用な恋。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる