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第11話 城下へ

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「ランドルフ殿!」

 アルフレッドが顔をほころばせ、ランドルフに走り寄る。
 突然の王太子殿下の乱入に衛士たちは剣を振るう手を止める。
 ベアトリクスは小さくため息をつく。
 これはいけない。衛士たちの訓練の邪魔になっている。
 注意をきちんとしなければ。

「アルフレッド殿下……ベアトリクス姫様」

 ランドルフの声にベアトリクスは優雅に礼をする。

「おはようございます! ランドルフ殿!」
「おはようございます……お約束の時間まではまだあったと思いますが……」
「すみません。待ちきれなくって!」
「そうですか……」

 ランドルフは困った顔でベアトリクスをチラリと見た。
 視線が絡み合う。
 ベアトリクスは笑顔を作って、口を開く。

「お邪魔して申し訳ありません。ほら、アルフレッド殿下、皆様の邪魔になっておりますよ」
「あっ……すみません」

 アルフレッドは周囲に礼をして、訓練場に背を向け、ベアトリクスのそばに戻った。

 ベアトリクスとアルフレッドはベンチに腰掛け、しばし衛士たちの訓練を眺めることにした。



 多くの衛士が手合わせの形で二人一組で木剣を振るう中、ランドルフは一人素振りを続けていた。
 ここに来たばかりだから打ち合う相手がいない、というのもあるだろうが、そもそもランドルフは馴染めていないように見えた。

「……僕も早く剣を振るいたいなあ」

 アルフレッドはしみじみとそう言った。

 ベアトリクスはランドルフを見つめる。
 剣を振るうたくましい腕。
 汗をかく姿。
 凛々しい姿に自然と夜のことを思い出してしまう。
 あのズボンの下にあるものを昨夜ベアトリクスは口に含み、その精を体に浴びたのだ。
 その事実が彼女の頬に赤みを差した。

「お姉様?」

 アルフレッドが心配そうにこちらを見る。
 いけない。よこしまな懸想をしているところを見られてしまった。
 ベアトリクスはアルフレッドにだけは自分の夜の行いを知られたくはなかった。

 11歳には早すぎることであるし、アルフレッドのために躍起になって男を漁ってるなどアルフレッドが知れば心を痛めるだろう。

「見惚れていました」

 ベアトリクスはやんわりと微笑んだ。
 アルフレッドの顔が明るくなる。

「……内緒ですよ?」

 小さくささやく。

「はあい」

 アルフレッドはなんだか嬉しそうな顔で笑った。



 剣を見に、一行は街まで行くことにした。
 本来なら鍛冶屋を呼びつけても良いところだったが、急なことであり、こちらから出向くことにした。
 面子はアルフレッド、ベアトリクス、ランドルフ、ベアトリクスのお付きのサラ、アルフレッドの筆頭護衛でありベテラン騎士のジョナス。
 そして衛士が数名であった。

 馬車の中にはアルフレッドとベアトリクスとサラ。
 その外を取り巻くようにランドルフたちがいた。

 離宮から外に出るには必ず王宮の横を通る。
 ベアトリクスはどうしようもなく緊張する。
 王宮で離宮の衛士たちが失礼でも働けば、それがアルフレッド廃太子のきっかけにされかねない。
 今のところ国王陛下とアルフレッドたち姉弟の関係自体は悪くないが、足元をすくおうとするものはいるのだ。

 ベアトリクスは窓の隙間から外を見る。
 ランドルフは綺麗に隊列を組む衛士の外側で所在なさそうにしていた。
 そんな彼にジョナスが何かを話しかけた。
 ランドルフは少し緊張しながらもジョナスと何かを話していた。



 大仰な行列が森を抜け、街に着くと、国民が隊列に群がってくる気配がした。
 ベアトリクスはアルフレッドに目配せする。
 アルフレッドはうなずく。

「窓を開けてくれ」

 アルフレッドの指示に外の衛士が従う。
 開け放たれた窓から、老若男女国民の姿が見える。
 この国の王族は今のところ国民からの支持は高い。
 ベアトリクスたちの母は他国の姫君だったが、その国では何度も国民からの反発で王が替わっていたという。
 それを思えば、こうして王族の馬車が通れば国民がキラキラした顔で見上げてくれる自分たちは恵まれている。

 アルフレッドが外に向かって微笑み、小さく手を振る。
 幼い王子の振る舞いに国民から歓声が上がる。

 ベアトリクスも続けて手を振る。
 麗しき姫君の姿に国民から感嘆の声が漏れる。

 民衆の中をかき分けて馬車はゆっくりと進む。
 アルフレッドとベアトリクスはその間中、国民に手を振り続けた。



 町の外れ、鍛冶屋に着いた。
 王家御用達の鍛冶屋の前にはすでに主人が直立不動でアルフレッドたちの到着を待っていた。
 馬車が到着すると地に頭を着ける勢いで礼をした。

「ようこそおいでくださいました!」
「うん、今日はよろしく頼む」

 アルフレッドは馬車を降り、ジョナスとランドルフを両脇に従え、鍛冶屋へと入っていった。

 ベアトリクスは馬車の中からそれを見送った。
 鍛冶屋の前に置き続けるわけにもいかないので、馬車は少し移動した。
 馬車の中でベアトリクスとサラは二人、沈黙の中にいた。

 馬車の周りの衛士たちには弛緩した空気が漂う。

「ふう……」

 ベアトリクスは小さく息を吐いた。

「別に姫様がついてくる必要はございませんでしたよ」

 サラが冷静に告げてくる。

「そうね……まあ、たまには外に出ないと離宮ばかり見ていたら気が滅入るもの」
「……それだけですか?」
「そうね、アルフレッドが心配だったわ。今も心配よ。ジョナスがついているとは言え……」
「そうではなくて……いえ、やめておきましょう。誰が聞いているか分かりません」

 サラは声を抑えてそう言った。

 ベアトリクスはそれでサラが何を言おうとしたのか分かった。
 ランドルフに会いたかったのではないか? そうサラは言いたかったのだ。

 ベアトリクスは考え込む。
 そうなのかもしれない。そうではないとは言い切れない。

「それが悪いことかしら?」
「いいえ、まったく」

 サラは何故か嬉しそうに笑って見せた。
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