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第5話 お茶会
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アルフレッド王子を中心に、ベアトリクスとランドルフは左右に侍る。
パイとお茶が運ばれてくる。
「どうぞ、召し上がってください」
アルフレッドの促しに、ランドルフは素直に頭を下げて、パイに手を伸ばした。
「うまい! あ、いえ、おいしゅうございます!」
食べて一口即座に叫び、照れたように笑ってランドルフは言い直した。
アルフレッドはニコリと笑う。
「お気に召していただけて何よりです」
アルフレッドの相手の失言をものともしない振る舞い。
完璧だとベアトリクスは胸中で花丸をあげる。
「ランドルフ殿は生まれも育ちもヘッドリー領ですか?」
「はい。王都に上がるのはこれが初めてで……こんな都会見たことないから緊張しています。王宮も通りましたが、離宮も美しいところですね。故郷の城は元が要塞ですので、無骨で無骨で」
「ヘッドリー領は国境の要ですものね。さぞかし勇壮なのでしょう……見てみたいなあ」
生まれてこの方、王都どころか離宮からすらほとんど出たことのないアルフレッドが、憧憬の念を漏らす。
その隙にランドルフがベアトリクスに視線をやる。
じっくりと観察されているのを感じながら、ベアトリクスはお茶を口に運ぶ。
アルフレッドのパイの食べ具合は予想通り。
ランドルフの食べっぷりはなかなかよく、ベアトリクスがパイを食べるのを抑制しないと、おかわりが無くなりそうだった。
「いやあ、本当に無骨で無骨で……なにもないところですよ」
生まれ育った者として、掛け値のない本音なのだろう。ランドルフは苦笑する。
「冬は寒いし、雪は深いし、山は高いし……」
しみじみと呟くランドルフ。
「雪かぁ……」
アルフレッドが憧れの声を漏らす。
王都にも雪は降る。しかし積もるほどではない。
少なくともヘッドリー領とは大違いだろう。
ベアトリクスも想像する。
高い山に囲まれた厳しいヘッドリー領。ランドルフの故郷。
「ランドルフ殿は宰相と違い、文官ではなく騎士職を選ばれたということは、やはり昔から訓練を?」
アルフレッドは会話をリードする。
「ええ、厳しくしつけられました。1番上の兄にはついぞ勝てませんでしたが、2番目の兄には勝てましたよ」
「兄上かぁ……僕にはお姉様しかいないから……ああ、もちろん、お姉様は素敵な方なのですよ」
アルフレッドは慌ててフォローする。
「今日のパイもお茶もお花もお姉様の差配です。楽しんでいただければ幸いです」
「おいしいです! あ、お花、お花もきれいですね」
ランドルフの言い方は少しとってつけた感があった。
花に興味がないのは仕方ない。ベアトリクスは気にしない。
ただ優雅に微笑んで見せるだけだ。
ランドルフはテーブルの真ん中に置かれた花瓶を見ながら話を続ける。
花瓶の花には蝶が近寄ってきていた。
「故郷にも咲いてましたよ、名前知らないけれど」
「サイネリアですね、寒冷地に咲く花です」
「サイネリアと言うんですね……」
ふむふむとランドルフは花を見る。
そこまで興味はなさそうだった。
無骨な男ではそんなものだろう。
故郷に咲いていたのと同じことに気付いただけでも上等だ。
「ランドルフ殿、ランドルフ殿、ぜひとも僕に稽古をつけてください!」
アルフレッドがキラキラと目を輝かせてそう言った。
「じ、自分がですか……?」
ランドルフは戸惑う。
王子に稽古を付けるなどおそれ多い。そういう顔をしていた。
「ぜひに!」
「私からもお願いします」
ベアトリクスが頭を下げた。
「アルフレッドももう11です。そろそろ自分で剣を振るうことを覚えていい年頃です」
「……自分なんかでよろしいのなら」
ランドルフはしばし迷ってそう答えた。
アルフレッドに剣術指南役はついていない。
ゆくゆくはつけるべきだが、王位への反逆の準備とみなされるような厳重な指南はとうてい望めない。
かと言っていざというときに戦えないでは王子の立場がない。
宰相の後ろ盾があるランドルフはうってつけのように思えた。
宰相もそのつもりでこの男をよこしたのではないかとベアトリクスは考えていた。
「よかったですね。アルフレッド殿下」
「はい! ぜひ明日……いえ、このお茶会のあとからでも稽古をつけてください!」
「分かりました!」
瞳を輝かせるアルフレッドにランドルフは勢いよく答えた。
「さっそく剣を振るいたいです!」
「アルフレッド殿下、まずは剣をこしらえてもらわないと」
「……そっか、そうですよね」
アルフレッドは剣を持ってはいるが、それはあくまで儀礼用に提げるためのものだ。
鍛冶屋に寸法を測ってもらって作らせなければならない。
「俺も殿下くらいの年の頃に最初の剣を持たせてもらいましたよ。俺の場合は兄たちのお下がりでしたけど。でも、お下がりがいっぱい残ってたおかげで成長して剣が合わなくなっても持ち変えられたんですよ」
ランドルフが懐かしそうな顔で語る。
「ランドルフ殿の子供のころの話もっと聞かせてください!」
アルフレッドは目を輝かせて食いついた。
しばらくランドルフの昔話をアルフレッドが根掘り葉掘り聞くのをベアトリクスは眺めていた。
眺めながらお茶請けの減りを確認する。
ランドルフの食べっぷりは気持ちが良かった。
しかしなんとか食べ尽くされることはなさそうだった。
ランドルフがアルフレッドに訓練でついた古傷を左腕をめくって見せた。
その筋張った腕にベアトリクスは昨夜のことを思い出す。
必死に股間を隠していたランドルフの姿にベアトリクスは微笑みを漏らしてしまった。
「痛いですか?」
「今はもう大丈夫ですよ」
「当時は痛かったのですね」
「ええ、まあ、数日は寝るのに苦労しましたね」
アルフレッドの顔に少しの不安がよぎる。
「……やめたくなりました? 殿下?」
「お姉様、意地悪だ」
アルフレッドは口を尖らせた。
まだまだ子供らしい振る舞い。微笑ましくもベアトリクスは心配になる。
「大丈夫ですよ、きちんと真面目に訓練に勤しんでいればこんなことにはなりません……俺は、その、ちょっと遊んでたので……」
ランドルフはばつの悪そうに笑った。
「僕、真面目にやります!」
「ええ、それがいいです。いちばんです」
ランドルフとアルフレッドは再び訓練の話に戻った。
日が落ちてきた。
「殿下、そろそろ」
「あ、はい。ランドルフ殿、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそお招きいただき、ありがとうございました。王都に来たばかりで不安ばかりでしたがこうして殿下と姫殿下にお目通りして、おしゃべりをして、気が楽になりました」
それは嘘偽りのないランドルフの本音だった。
「私も楽しかったですわ。ランドルフ殿、どうかこれからもアルフレッド殿下をよろしくお願い致しますね」
ベアトリクスは深々とランドルフに頭を下げた。
「は、はい……!」
ランドルフは顔を少し赤らめて、答えた。
お茶会はお開きになった。
自室へと二人で戻る道すがら、アルフレッドは無邪気に笑いながら口を開いた。
「ランドルフ殿、お姉様に見とれてましたね!」
「そ、そうですね……」
あれは見とれていたというかなんというべきか。
ベアトリクスは苦笑いをこらえた。
「……ああ、ランドルフ殿みたいなお兄様が僕ほしかったのかもしれません……ああ、お姉様に不満があるわけじゃないんですよ?」
「分かっていますとも。これからたくさんお世話になるでしょうくれぐれも失礼のないように。甘えすぎないように。あなたは立場あるお方。あなたの言葉には大きな強制力が伴います」
それはベアトリクスがアルフレッドにいつも言い聞かせていることだった。
「どうかアルフレッド殿下。自分のお力を正しくお使いください。清廉潔白に、そして、陛下の不興を買うことなきように」
「はい!」
アルフレッドは凜々しく返事をした。
それらはこの王都で姉弟が生き延びていくために、必要な心構えであった。
ふたりはそのまま別々に自室に戻った。
パイとお茶が運ばれてくる。
「どうぞ、召し上がってください」
アルフレッドの促しに、ランドルフは素直に頭を下げて、パイに手を伸ばした。
「うまい! あ、いえ、おいしゅうございます!」
食べて一口即座に叫び、照れたように笑ってランドルフは言い直した。
アルフレッドはニコリと笑う。
「お気に召していただけて何よりです」
アルフレッドの相手の失言をものともしない振る舞い。
完璧だとベアトリクスは胸中で花丸をあげる。
「ランドルフ殿は生まれも育ちもヘッドリー領ですか?」
「はい。王都に上がるのはこれが初めてで……こんな都会見たことないから緊張しています。王宮も通りましたが、離宮も美しいところですね。故郷の城は元が要塞ですので、無骨で無骨で」
「ヘッドリー領は国境の要ですものね。さぞかし勇壮なのでしょう……見てみたいなあ」
生まれてこの方、王都どころか離宮からすらほとんど出たことのないアルフレッドが、憧憬の念を漏らす。
その隙にランドルフがベアトリクスに視線をやる。
じっくりと観察されているのを感じながら、ベアトリクスはお茶を口に運ぶ。
アルフレッドのパイの食べ具合は予想通り。
ランドルフの食べっぷりはなかなかよく、ベアトリクスがパイを食べるのを抑制しないと、おかわりが無くなりそうだった。
「いやあ、本当に無骨で無骨で……なにもないところですよ」
生まれ育った者として、掛け値のない本音なのだろう。ランドルフは苦笑する。
「冬は寒いし、雪は深いし、山は高いし……」
しみじみと呟くランドルフ。
「雪かぁ……」
アルフレッドが憧れの声を漏らす。
王都にも雪は降る。しかし積もるほどではない。
少なくともヘッドリー領とは大違いだろう。
ベアトリクスも想像する。
高い山に囲まれた厳しいヘッドリー領。ランドルフの故郷。
「ランドルフ殿は宰相と違い、文官ではなく騎士職を選ばれたということは、やはり昔から訓練を?」
アルフレッドは会話をリードする。
「ええ、厳しくしつけられました。1番上の兄にはついぞ勝てませんでしたが、2番目の兄には勝てましたよ」
「兄上かぁ……僕にはお姉様しかいないから……ああ、もちろん、お姉様は素敵な方なのですよ」
アルフレッドは慌ててフォローする。
「今日のパイもお茶もお花もお姉様の差配です。楽しんでいただければ幸いです」
「おいしいです! あ、お花、お花もきれいですね」
ランドルフの言い方は少しとってつけた感があった。
花に興味がないのは仕方ない。ベアトリクスは気にしない。
ただ優雅に微笑んで見せるだけだ。
ランドルフはテーブルの真ん中に置かれた花瓶を見ながら話を続ける。
花瓶の花には蝶が近寄ってきていた。
「故郷にも咲いてましたよ、名前知らないけれど」
「サイネリアですね、寒冷地に咲く花です」
「サイネリアと言うんですね……」
ふむふむとランドルフは花を見る。
そこまで興味はなさそうだった。
無骨な男ではそんなものだろう。
故郷に咲いていたのと同じことに気付いただけでも上等だ。
「ランドルフ殿、ランドルフ殿、ぜひとも僕に稽古をつけてください!」
アルフレッドがキラキラと目を輝かせてそう言った。
「じ、自分がですか……?」
ランドルフは戸惑う。
王子に稽古を付けるなどおそれ多い。そういう顔をしていた。
「ぜひに!」
「私からもお願いします」
ベアトリクスが頭を下げた。
「アルフレッドももう11です。そろそろ自分で剣を振るうことを覚えていい年頃です」
「……自分なんかでよろしいのなら」
ランドルフはしばし迷ってそう答えた。
アルフレッドに剣術指南役はついていない。
ゆくゆくはつけるべきだが、王位への反逆の準備とみなされるような厳重な指南はとうてい望めない。
かと言っていざというときに戦えないでは王子の立場がない。
宰相の後ろ盾があるランドルフはうってつけのように思えた。
宰相もそのつもりでこの男をよこしたのではないかとベアトリクスは考えていた。
「よかったですね。アルフレッド殿下」
「はい! ぜひ明日……いえ、このお茶会のあとからでも稽古をつけてください!」
「分かりました!」
瞳を輝かせるアルフレッドにランドルフは勢いよく答えた。
「さっそく剣を振るいたいです!」
「アルフレッド殿下、まずは剣をこしらえてもらわないと」
「……そっか、そうですよね」
アルフレッドは剣を持ってはいるが、それはあくまで儀礼用に提げるためのものだ。
鍛冶屋に寸法を測ってもらって作らせなければならない。
「俺も殿下くらいの年の頃に最初の剣を持たせてもらいましたよ。俺の場合は兄たちのお下がりでしたけど。でも、お下がりがいっぱい残ってたおかげで成長して剣が合わなくなっても持ち変えられたんですよ」
ランドルフが懐かしそうな顔で語る。
「ランドルフ殿の子供のころの話もっと聞かせてください!」
アルフレッドは目を輝かせて食いついた。
しばらくランドルフの昔話をアルフレッドが根掘り葉掘り聞くのをベアトリクスは眺めていた。
眺めながらお茶請けの減りを確認する。
ランドルフの食べっぷりは気持ちが良かった。
しかしなんとか食べ尽くされることはなさそうだった。
ランドルフがアルフレッドに訓練でついた古傷を左腕をめくって見せた。
その筋張った腕にベアトリクスは昨夜のことを思い出す。
必死に股間を隠していたランドルフの姿にベアトリクスは微笑みを漏らしてしまった。
「痛いですか?」
「今はもう大丈夫ですよ」
「当時は痛かったのですね」
「ええ、まあ、数日は寝るのに苦労しましたね」
アルフレッドの顔に少しの不安がよぎる。
「……やめたくなりました? 殿下?」
「お姉様、意地悪だ」
アルフレッドは口を尖らせた。
まだまだ子供らしい振る舞い。微笑ましくもベアトリクスは心配になる。
「大丈夫ですよ、きちんと真面目に訓練に勤しんでいればこんなことにはなりません……俺は、その、ちょっと遊んでたので……」
ランドルフはばつの悪そうに笑った。
「僕、真面目にやります!」
「ええ、それがいいです。いちばんです」
ランドルフとアルフレッドは再び訓練の話に戻った。
日が落ちてきた。
「殿下、そろそろ」
「あ、はい。ランドルフ殿、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそお招きいただき、ありがとうございました。王都に来たばかりで不安ばかりでしたがこうして殿下と姫殿下にお目通りして、おしゃべりをして、気が楽になりました」
それは嘘偽りのないランドルフの本音だった。
「私も楽しかったですわ。ランドルフ殿、どうかこれからもアルフレッド殿下をよろしくお願い致しますね」
ベアトリクスは深々とランドルフに頭を下げた。
「は、はい……!」
ランドルフは顔を少し赤らめて、答えた。
お茶会はお開きになった。
自室へと二人で戻る道すがら、アルフレッドは無邪気に笑いながら口を開いた。
「ランドルフ殿、お姉様に見とれてましたね!」
「そ、そうですね……」
あれは見とれていたというかなんというべきか。
ベアトリクスは苦笑いをこらえた。
「……ああ、ランドルフ殿みたいなお兄様が僕ほしかったのかもしれません……ああ、お姉様に不満があるわけじゃないんですよ?」
「分かっていますとも。これからたくさんお世話になるでしょうくれぐれも失礼のないように。甘えすぎないように。あなたは立場あるお方。あなたの言葉には大きな強制力が伴います」
それはベアトリクスがアルフレッドにいつも言い聞かせていることだった。
「どうかアルフレッド殿下。自分のお力を正しくお使いください。清廉潔白に、そして、陛下の不興を買うことなきように」
「はい!」
アルフレッドは凜々しく返事をした。
それらはこの王都で姉弟が生き延びていくために、必要な心構えであった。
ふたりはそのまま別々に自室に戻った。
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