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第3話 焦らされて、去られて

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「やはりこういうのは良くないと思う!」
「い、いまさら……!?」

 散々ベアトリクスの太ももに股間を慰めてもらっておきながら、何を言い出すのだこの男は。

「俺は君の名前も知らない! なんだか流されるままに体を預けてしまったがこういうのは良くない! 良くないと思う!」
「な……」

 ベアトリクスは二の句が継げない。

「そ、そういうわけだから、今夜はもうこの辺で! 夜も更けた! 寝るべき時間だ!!」

 言いたいことを言うだけ言うと、ランドルフは立ち上がった。
 ベアトリクスの腰を抱きかかえたままだった。
 ベアトリクスがされるがままになっていると、彼は優しく彼女を地面に降ろした。
 そして濡れた浴場の床をものともせずに走り去った。

 ベアトリクスはぺたりとその場に座り込んだ。

「わ、私の疼きはどうしたらよいのです……!」

 冷たい床に秘所が触れる。
 ランドルフの熱かった肉棒を思い出してベアトリクスの秘所はまた蜜をこぼした。
 しかしそれを受け止めてくれる者はもういない。

 のろのろとベアトリクスは洗い場に向かい、体を再び清めた。



 浴場から出ると、サラがタオルを持って待っていた。

「……サラ」
「お疲れ様です。ベアトリクスさま」

 サラは手早くベアトリクスの体をふいていく。

「……あの男に事情は説明しましたか?」
「する間もなく去って行かれました。全裸で」
「……そう」

 どうせ誰も使わないときは施錠されている浴場だ。
 ベアトリクスとアルフレッドが入っているときは原則護衛がついている。
 今回のような事故は起こるまい。

「……戻って寝るわ。今日は疲れました」
「かしこまりました」



 ベアトリクスは眠りについた。
 夢の中で、ベアトリクスは全裸だった。
 多くの男がベアトリクスの近くにいた。
 男達の顔は見えない。ただ手が伸びてくる。ベアトリクスの体に触れてくる。

 頭も胸も腕も脇も腹も足も足の間も尻も背中も顔も髪も、どこもかしこも触れられていく。

「早く……早く私を……」

 ベアトリクスが乞うように手を差し出すと、男達は散っていく。
 ベアトリクスから逃げるように散っていく。

 そしてただ一人が残った。
 茶色の髪に茶色の目。体格の良い体。
 見たばかりのその顔に、ベアトリクスは名前を思い出していた。

「……ランドルフ……」

 名前を呟きながら、目を覚ます。
 こんなことは初めてだった。
 淫らな夢は聖女になることを拒絶すると決めた日から、何度も見た。

 しかし特定の個人が出てくるのは初めてだった。

「……知らないわ、あんな男」

 あえてぶっきらぼうにベアトリクスはそう言い捨てて、サラを呼んだ。
 遠くで鶏の鳴く声がした。



「おはようございます、お姉様」
「おはようございます、アルフレッド殿下」

 アルフレッド。この国の第一王子。まだ11歳の幼い弟。
 ベアトリクスの弟だと一目で分かる豊かな金髪はくせっ毛で跳ねている。
 青い目に真っ直ぐと姉を見つめている。
 毎夜毎夜男の手で汚されていく姉を。

 朝食の席に着きながら、アルフレッドとベアトリクスは笑みを交わす。

 ふたりが食事を取っていると、宰相のジェレミー・ヘッドリーが現れて深々と礼をした。

「アルフレッド殿下、ベアトリクス姫殿下、本日は予定を少し変更して紹介したい者がおります」

 王宮から宰相がわざわざ出向いてくるとはいかなる用だろうか。
 ベアトリクスはいぶかしく思いながら朝食のパンを口に運ぶ。

「自分の兄、ヘッドリー辺境伯の三男坊が田舎から出て参りました。本日から騎士としてこの離宮の守りにつかせようと思います。是非にご挨拶をと思いまして……」

 宰相の兄は辺境伯。国境を任されている勇猛果敢にして国家に忠実な男である。
 宰相は優秀な兄のいる実家では居場所がないと悟り、王宮に上がり、身一つで宰相まで上り詰めた。

 そんな男の甥。

「……本日から?」

 ベアトリクスは嫌な予感がした。

「お昼のティータイムに同席させたいと思っておりますが、よろしいでしょうか?」
「お姉様……」

 指示を仰ぐようにアルフレッドは姉を見る。
 ベアトリクスは優しく微笑んで口を開く。

「あなたが決めなさい。アルフレッド殿下。この離宮はあなたのものです。あなたはここの主。あなたにこそすべての権利があるのですから」
「は、はい……」

 迷いの表情を封じ込め、アルフレッドは宰相をしかと見つめた。

「分かった宰相。その三男坊とやらと会おうではないか」
「ありがとうございます。アルフレッド殿下」

 宰相は深々とまた礼をして、王宮へと帰っていった。

「ふう……宰相様の甥御。どのような方でしょうね、お姉様」
「そ、そうね。気になるわね。あなたのいい遊び相手になってくれれば良いけど」
「やだなあ、お姉様。僕もうそんな年じゃありませんよ」
「自分で決断もできないのに?」
「うっ……が、がんばります。僕、がんばってお姉様のこと守ります」
「ありがとう、アルフレッド……」

 アルフレッドに受け答えしながらもベアトリクスは気もそぞろであった。
 この離宮に来たばかりの男。とても嫌な予感がしていた。
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