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第1話 姫君の褥

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「ようこそ、いらしてくれて嬉しいわ」

 一糸まとわぬ白くやわい肌。惜しげもなくさらされた裸体。膨らんだ双丘。
 立ったまま衛士は生唾を飲み込む。
 寝台に腰掛けて彼を待つのは誰あろうこの国の姫君、ベアトリクス。
 現国王陛下の従妹君である。

 年は18。豊かな金髪が肢体にまとわりついている。
 日の光を知らぬような白い顔は、しかし頬に赤みが乗っていて、不健康には見えない。
 その顔に浮かぶ青い目はうっとりとした色とともに衛士を貫いていた。

 気高くも美しい令嬢ながら、その振る舞いはまるで古より伝えられる淫靡な魔女のようであった。

 ベアトリクスは手を広げた。

「さあ、どうぞ、触れてくださいな」

 姫君はそう言って衛士の筋ばった右手を己れの身体へと押しつける。
 柔らかな腹。出すぎてはいない、衛士のように筋肉があるわけでもない、程よい柔らかさの腹に衛士の手は触れる。

「くすぐったい」

 姫君は笑いながら身をよじる。
 その動きは妙に艶めかしく衛士の興奮を指先から煽った。
 衛士の股間がこわばっていく。
 制服の上からでも姫君の目はそれを逃さなかった。

「どうぞ、もっと、触ってみて」

 自分の腹を蹂躙した衛士の手に、姫君は物欲しそうな目を向ける。

「は、はい……」

 緊張のあまり衛士の声は裏返りかけていた。

 衛士の手は上へと動いた。
 姫君の張りのある乳房へと這う右手。
 衛士の大きな手からこぼれ落ちるほどの膨らみに、彼は触れた。

「ん……」

 思わず、と言わんばかりに姫君は甘い声を漏らす。
 衛士は姫君の行儀よく揃えられた膝の左右に己れの両膝を付く。
 寝台が男の重みに軋む。

 衛士は左手も姫君の乳房に伸ばした。
 両の手で優しく揉まれる真白き胸。
 与えられる刺激に頂きは次第に尖っていく。

 衛士の体の影、見えない姫君の柔らかな下生えの内はひっそりと湿った。
 姫君は下に手を伸ばしたくなる感覚に必死に抗う。
 あまり性急ではいけない。ゆっくりとしかし確実に迎え入れなくては。

「姫様……!」

 衛士の必死な声に姫君はその肩を優しく抱いた。

「どうぞいらして……私をその腕でかき抱いて、ああ……っ」

 衛士は姫君の細い腰に手を回す。
 強く抱き合いながら二人は寝台にもつれ込む。

 姫君は衛士の制服の布地の固さと金属の冷たさを堪能しながら、その全身を制服にこすりつける。
 衛士は姫君の背をまさぐる。
 男の頬は上気し、息は荒かった。

 二人はしばらく強く抱き合っていたが、衛士は身を起こし、姫君を見下ろした。

 この国随一の麗しき姫君。

 相次いで王族が亡くなり、今ではたった一人の女性となった姫君。

 そして聖女候補になった姫君、ベアトリクス様。

 そこに考えが至って、衛士の動きが固まった。

 ベアトリクスの顔に影がよぎる。
 ――ああ、この男もダメだった。
 彼女はそれを確信した。

 衛士の興奮が冷めていく。
 上気していた頬に冷や汗が伝う。

「も、申し訳ありません……姫様、自分は……」

「さがりなさい」

 衛士の下がりきった体温よりも冷たい声でベアトリクスが言い放つ。
 衛士は慌てて部屋から走り去っていった。

「……ふう」

 ベアトリクスは寝台にうつ伏せる。
 そしてシーツで乱暴に体を拭いた。

「サラ」
「はい、こちらに」

 寝室の横、小さな使用人控え室からベアトリクスより少し年上のメイド、サラが音もなく現れた。
 サラは手にバスローブを持っている。
 ベアトリクスはサラのなすがままにされて、それを着る。

 ローブの前を締めてもらいながら、ベアトリクスは口を開いた。

「湯浴みに行くわ」
「承知いたしました」
「……ふん、今回もダメだったわ。玉なし衛士が」
「致し方ありません」

 呆れた顔でサラはため息をつく。

「聖女候補であられる姫君を穢すことは国難を招く覚悟を求められることと同じですもの」
「…………はあ」

 聖女候補。
 ベアトリクスは王族唯一の女子である。

 現在王族は、国王。国王の従妹であるベアトリクス、そしてベアトリクスの弟にして王位継承順第一位のアルフレッドの三人しかいない。

 聖女は王族から選ばれ、神殿に住まい、神と対話し、神の意志を王に伝え、国を守護する役目を持つ。
 その力は何度も国難を救ってきたが、長らく王族の子女がいなかったため不在である。

 ベアトリクスは現在唯一の聖女候補であり、その就任を熱望されていた。

「それが私は嫌なのよ!」

 ベアトリクスは叫んだ。
 サラは眉を下げて苦笑する。
 ベアトリクスは続ける。

「アルフレッドの地盤を固めるまでは王城から離れるわけにはいかないの! お母様と約束したもの! アルフレッドを守るって」

 ベアトリクスとアルフレッドの母は2年前に死んだ。夫に先立たれながらもふたりの子供を守りながら王宮でたち振る舞う気高き母だった。

「どうせ、陛下は世継ぎを作るでしょうし、そうしたらあの子はどこかの領地をもらう。それを見届けるまでは俗世にとどまるわ! 故にとっとと純潔を散らし、神殿に行くのを回避する!」
「淑女とは思えぬお言葉ですね……」

 サラはため息をつくと湯浴みのためのタオル一式を用意した。

「なら止めなさいよ、サラ」
「……わたくしはベアトリクス様の思うがままに」

 サラは小さく微笑んだ。
 その笑みは共犯者のそれだった。

「ふう……湯浴みに行きましょう。体が無駄にベタベタ」

 ベアトリクスはサラを伴って浴場へと向かった。



 離宮の廊下、月光が彼女たちを照らしていた。
 どこかへ鳥が飛び立っていく音がする。

「だいたい陛下がさっさとお世継ぎを作らないのが悪いのよ」

 従兄のことをベアトリクスは罵る。

「そうしたらこの離宮は明け渡すし、アルフレッドはどこかの領地を下賜されるし、私も枕を高くして聖女になれるわ。それをあのすっとこどっこいは王妃も取らずにふらふらと……」

 ぶつぶつとベアトリクスはひとりで王を罵り続ける。
 いつものことなのでサラはただ見守る。



「どうぞごゆっくり」

 サラに見送られ、ベアトリクスは浴場に這い入る。
 姫君が一人で風呂に入り、入浴の世話をする者がいないなど、王に知られれば専属のメイドを増やされるだろう。
 しかしベアトリクスは行為の後の入浴は一人で行いたかった。
 サラだけがいつもそれを許してくれるので、ベアトリクスはサラを隣に置いていた。

 全身にじっとりと嫌な汗をかいていたし、足の間が嫌なベタツキ方をしていた。
 さっさと体を洗い流したかった。

 山の近くにある離宮の風呂は地から湧いている自然のものだ。
 ベアトリクスはその恵みを存分に浴びる。
 浴場の天井はガラス張り。
 月と星を見上げることができた。

 月光にその裸体を晒しながらベアトリクスはお湯で体を流す。

「ふう……あの意気地なし」

 そう言いながらもベアトリクスは衛士の顔と名前を忘れつつあった。
 いつもそうだ。ダメだった男のことはすぐ忘れる。
 うっかり二度目の誘惑をかける恐れはあったが、どうせ相手から逃げ出すだろう。

 湯に浸かる。石の上に座れば半身浴の形になる。
 ベアトリクスはその状態で空を見るのが好きだった。

「……どこかに後腐れなく私をかき抱いてくれるいい男はいないかしら」

 いい男。彼女が誘うのはいつもいい男だった。
 目的は目的だが、さすがに誰でもいいということもない。
 乱暴そうな男、後腐れのありそうな男、調子に乗りそうな男は論外だ。

 もちろん言いふらすような男も選ばない。
 だからベアトリクスの悪癖は今のところ噂にこそなれ、真実として広まってはいなかった。
 このことが国王陛下――あの従兄に知られたら何が待つのか、ベアトリクスにはいまいち想像がつかなかった。
 国のためには聖女は必要だ。
 しかし、国王はベアトリクスが性に奔放なことに目くじらを立てるような男でもなかった。

 前戯の数だけを重ねていく現状に、ベアトリクスは徐々に焦りを覚えていた。
 このままでは男の数が先に尽きるのではないか、そんな恐れすら持っていた。

「……次こそは……次こそは純潔を」

 ベアトリクスが小さくつぶやいたその時、浴場の戸が開いた。

「サラ?」

 珍しい。アルフレッドが起きてきて湯浴みを所望しているのだろうか。
 いや、それにしてもノックもしないなんて彼女らしくない。



 そこにいたのはサラではなかった。



 見知らぬ全裸の男だった。
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