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第42話 再来
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「おはようございます」
今日もシュンくんは後部座席で眠っている。
私は小さく深海さんに声をかけた。
「おはようございます。今日は母屋さん、棟方さんといっしょです」
棟方さん、棟方愛梨、『刑事藤野の初恋』のヒロイン役だ。
アラサーの売れっ子女優。演技派、サバサバした感じでバラエティーでも人気がある女優さんだ。
「……お二人ともレッドウェル芸能事務所でしたね……」
「……そうですね」
しかし、先日の河川敷の撮影に赤井アルファさんはいなかった。
少なくとも母屋岸見のマネージャーではない、はずだ。
深海さんの横顔をうかがう。
レッドウェル芸能事務所の名前に複雑そうな顔をしていた。
テレビ局は先日、トライアングルアルファがコメント撮りと歌撮りをしたのと同じテレビ局、『刑事藤野の初恋』もこのテレビ局だ。
シュンくんを揺り起こし、テレビ局に入る。
「シュンくん、まず、着替えお願いします!」
「はい」
深海さんがスタッフさんに訊ねる。
「母屋さんと棟方さん、入られてますか?」
「まだです」
「ありがとうございます」
今日の控え室は1人分と言うこともあり、狭めのところだった。
シュンくんは控え室に入ると同時に服を脱ぐ。
私は目をそらす。
「……慣れませんねえ」
「慣れません……」
シュンくんは鑑識の衣装に着替えた。
「母屋さん、棟方さん、入られましたー!」
「あいさつ行きます?」
「あちらも着替えられるだろうし、打ち合わせで」
「はい」
コンコン、と控え室の戸を叩く音がした。
「はーい?」
深海さんが答えた。
「久しぶりー、深海くん、シュン」
赤井アルファさんがそこにいた。
「アルファ……さん……」
深海さんは固まった。
「お久しぶりです、赤井さん」
シュンくんは事務的に頭を下げた。
「シュンは元気そうね、どう? 大学」
「まだガイダンスが始まったばかりなので……」
「そう、深海くんは? 元気してる?」
「……おかげさまで」
「そう!」
「打ち合わせお願いしまーす!」
廊下から声がかかる。まだ話の途中だ。
「あ、わ、私が、シュンくんについて……」
「いえ、僕とシュンが行きます……いいですか?」
深海さんは私に目を合わせてそう言った。
「もちろんです」
私は、答えた。
「じゃあアルファさん、失礼します」
「はいはーい」
アルファさんは手を振った。
シュンくんと深海さんが退室し、私とアルファさんが取り残された。
私は思いっきり深呼吸した。
「……深海さんとシュンくんに会えてよかったですね?」
「そうね! 元気そうで安心した!」
「……赤井さんは、母屋さんか棟方さんのマネージャーなんですか?」
「ううん。もうちょっと包括的な立場なの。だからちょっと自由な私なのです」
「そうなんですね……」
赤井アルファさんの立場がどういう立場なのか私には分からない。
「……それでご用は済みました?」
「そうね。元気そうな姿見られたから一安心ね。これでも責任感じてるのよ、急に辞めちゃったから、トライアングルアルファのことも……深海くんのこともね」
含みがある。
「……私、今、深海さんとお付き合いしています」
「あら、そう」
アルファさんの表情はサングラスに隠れて見えなかった。
今日もアルファさんの服装は黒いミニスカと黄色い原色のカットソー、シースルーの上着。
派手だ。
ただのブラックスーツの私とは大違い。
「深海くんねえ、あんなに大人ですみたいな顔してけっこう激しいでしょ?」
「…………そう、ですね」
受け答えを、どうするか。私は迷いながら、彼女に向かい合う。
「大丈夫? 体もつ?」
「ええ……あなたに心配してもらう必要はありません」
「ふふふ」
赤井アルファは口の端を釣り上げた。
強そうな笑顔だった。獲物を前にした肉食獣。そんな感じ。
「まあ、あなたなら大丈夫でしょ、深海くんも。私は……あの子と一緒にいるにはちょっと自由すぎたって言うか……束縛強いもの、彼」
「今の旦那さんは束縛が強くないから元カレにも会いに来るんですか?」
我ながら、ひどい言葉だ。あまりにも攻撃的だ。自分で自分に引く。
「うん」
アルファさんはさらりと答えた。私の発言など意にも介していない。
「私の旦那、多分、私が浮気しても気にしないわよ……深海くんとでもね」
「そうですか。深海さんに相手にされたら良いですね」
言った。言ってしまった。
だけどまだだ、もっと言わなくては。
今までのは女として言いたかったことだ。
これからのことはトライアングルアルファのマネージャーとして言わなければいけないことだ。
「……トライアングルアルファに会いに来るの、やめてもらえます? せめてアポを取ってください。あの子たちがあなたがいなくなってどう思ったか……私には分かりません。でも、エイジくんとシュンくんがあなたのこと赤井さんって呼んでいる。それだけで……少し分かります」
赤井アルファの旧姓は三角だ。彼らは赤井アルファが事務所にいたときはアルファさんと呼んでいただろう。
それなのに今は赤井さんとかたくなに呼んでいる。
呼び慣れないだろうに、赤井さんだ。
「……分かったわ」
アルファさんの表情は、相変わらず読めない。
それでもその声には少しばかりの慎みのようなものが感じられた。
「じゃあ、機会があったら正式にアポを送るわ。バイバイ、由香ちゃん」
「さようなら、アルファさん」
「……深海くんにヨロシク」
「嫌です」
「あはは、良い子ね、由香ちゃん」
アルファさんは嬉しそうに笑って、去って行った。
「はあ……」
息を吐いて、控え室の畳にしゃがみ込む。
「……収録」
多分控え室には帰ってこずに直接スタジオに行くだろう。
そして私にテレビ局の土地勘はない。
おとなしく控え室のテレビを付けて、生放送の時間を待った。
今日もシュンくんは後部座席で眠っている。
私は小さく深海さんに声をかけた。
「おはようございます。今日は母屋さん、棟方さんといっしょです」
棟方さん、棟方愛梨、『刑事藤野の初恋』のヒロイン役だ。
アラサーの売れっ子女優。演技派、サバサバした感じでバラエティーでも人気がある女優さんだ。
「……お二人ともレッドウェル芸能事務所でしたね……」
「……そうですね」
しかし、先日の河川敷の撮影に赤井アルファさんはいなかった。
少なくとも母屋岸見のマネージャーではない、はずだ。
深海さんの横顔をうかがう。
レッドウェル芸能事務所の名前に複雑そうな顔をしていた。
テレビ局は先日、トライアングルアルファがコメント撮りと歌撮りをしたのと同じテレビ局、『刑事藤野の初恋』もこのテレビ局だ。
シュンくんを揺り起こし、テレビ局に入る。
「シュンくん、まず、着替えお願いします!」
「はい」
深海さんがスタッフさんに訊ねる。
「母屋さんと棟方さん、入られてますか?」
「まだです」
「ありがとうございます」
今日の控え室は1人分と言うこともあり、狭めのところだった。
シュンくんは控え室に入ると同時に服を脱ぐ。
私は目をそらす。
「……慣れませんねえ」
「慣れません……」
シュンくんは鑑識の衣装に着替えた。
「母屋さん、棟方さん、入られましたー!」
「あいさつ行きます?」
「あちらも着替えられるだろうし、打ち合わせで」
「はい」
コンコン、と控え室の戸を叩く音がした。
「はーい?」
深海さんが答えた。
「久しぶりー、深海くん、シュン」
赤井アルファさんがそこにいた。
「アルファ……さん……」
深海さんは固まった。
「お久しぶりです、赤井さん」
シュンくんは事務的に頭を下げた。
「シュンは元気そうね、どう? 大学」
「まだガイダンスが始まったばかりなので……」
「そう、深海くんは? 元気してる?」
「……おかげさまで」
「そう!」
「打ち合わせお願いしまーす!」
廊下から声がかかる。まだ話の途中だ。
「あ、わ、私が、シュンくんについて……」
「いえ、僕とシュンが行きます……いいですか?」
深海さんは私に目を合わせてそう言った。
「もちろんです」
私は、答えた。
「じゃあアルファさん、失礼します」
「はいはーい」
アルファさんは手を振った。
シュンくんと深海さんが退室し、私とアルファさんが取り残された。
私は思いっきり深呼吸した。
「……深海さんとシュンくんに会えてよかったですね?」
「そうね! 元気そうで安心した!」
「……赤井さんは、母屋さんか棟方さんのマネージャーなんですか?」
「ううん。もうちょっと包括的な立場なの。だからちょっと自由な私なのです」
「そうなんですね……」
赤井アルファさんの立場がどういう立場なのか私には分からない。
「……それでご用は済みました?」
「そうね。元気そうな姿見られたから一安心ね。これでも責任感じてるのよ、急に辞めちゃったから、トライアングルアルファのことも……深海くんのこともね」
含みがある。
「……私、今、深海さんとお付き合いしています」
「あら、そう」
アルファさんの表情はサングラスに隠れて見えなかった。
今日もアルファさんの服装は黒いミニスカと黄色い原色のカットソー、シースルーの上着。
派手だ。
ただのブラックスーツの私とは大違い。
「深海くんねえ、あんなに大人ですみたいな顔してけっこう激しいでしょ?」
「…………そう、ですね」
受け答えを、どうするか。私は迷いながら、彼女に向かい合う。
「大丈夫? 体もつ?」
「ええ……あなたに心配してもらう必要はありません」
「ふふふ」
赤井アルファは口の端を釣り上げた。
強そうな笑顔だった。獲物を前にした肉食獣。そんな感じ。
「まあ、あなたなら大丈夫でしょ、深海くんも。私は……あの子と一緒にいるにはちょっと自由すぎたって言うか……束縛強いもの、彼」
「今の旦那さんは束縛が強くないから元カレにも会いに来るんですか?」
我ながら、ひどい言葉だ。あまりにも攻撃的だ。自分で自分に引く。
「うん」
アルファさんはさらりと答えた。私の発言など意にも介していない。
「私の旦那、多分、私が浮気しても気にしないわよ……深海くんとでもね」
「そうですか。深海さんに相手にされたら良いですね」
言った。言ってしまった。
だけどまだだ、もっと言わなくては。
今までのは女として言いたかったことだ。
これからのことはトライアングルアルファのマネージャーとして言わなければいけないことだ。
「……トライアングルアルファに会いに来るの、やめてもらえます? せめてアポを取ってください。あの子たちがあなたがいなくなってどう思ったか……私には分かりません。でも、エイジくんとシュンくんがあなたのこと赤井さんって呼んでいる。それだけで……少し分かります」
赤井アルファの旧姓は三角だ。彼らは赤井アルファが事務所にいたときはアルファさんと呼んでいただろう。
それなのに今は赤井さんとかたくなに呼んでいる。
呼び慣れないだろうに、赤井さんだ。
「……分かったわ」
アルファさんの表情は、相変わらず読めない。
それでもその声には少しばかりの慎みのようなものが感じられた。
「じゃあ、機会があったら正式にアポを送るわ。バイバイ、由香ちゃん」
「さようなら、アルファさん」
「……深海くんにヨロシク」
「嫌です」
「あはは、良い子ね、由香ちゃん」
アルファさんは嬉しそうに笑って、去って行った。
「はあ……」
息を吐いて、控え室の畳にしゃがみ込む。
「……収録」
多分控え室には帰ってこずに直接スタジオに行くだろう。
そして私にテレビ局の土地勘はない。
おとなしく控え室のテレビを付けて、生放送の時間を待った。
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