上 下
41 / 57

第41話 キス

しおりを挟む
 歩きづらい体勢のまま、私達はお化け屋敷を踏破した。

「ふー……」

 思い切り息を吐く。

「可愛かったですよ」
「もー深海さんいつもそればっかり」
「だって由香さんが可愛いから……そろそろお昼にします? と言っても朝が遅かったんでオヤツって感じの時間ですが……」
「そうですね! 私絶対ここ来たら食べたいのがあるんです!」
「ふふふ。付き合います」

『ヒラ刑事は今日も昼を食う』から12年。レストランならなくなっている可能性もあったが、そこはまだあった。

「ヒラ刑事はここの焼きそばとホットドッグとオムライスとポテトとカレーとパスタを食べたのです!」
「……さすがにそんなには僕、食べれませんからね?」
「はい! 普段めったに食べれない遊園地の昼ご飯を捜査の名目で食べ歩くヒラ刑事……面白かったなあ」
「マニアですねえ」
「それリクくんにも言われました! そうそうリクくん『ヒラ刑事』出てたんですね……」
「ああ、子役時代ですね。リクが子役だったことは今のところ明かしていないんです。それなりに売れてきたら……バラエティーで取り上げてもらおうと思っています。エイジがダンサーだったこととシュンが大学入学したことは言ってあります。あ、シュンの大学名と学部はないしょです。よろしくお願いします」
「はい!」

 セルフ形式のレストランの列に並びながら、私達は業務連絡を交わす。

 私はカルボナーラを、深海さんはカレーを頼んだ。
 そういえばカレーうどん食べたかったって言ってたな……カレー好きなのかな? カレーくらいなら私でも作れるかも。

「あーこのレストランのカットもありましたよ、劇中に」
「由香さん、よく覚えてますね……」
「えへへ、大好きでした。ヒラ刑事。でもなかなかヒラ刑事のロケ地行こう! って誘える相手いなくて……遊園地に一人はさすがに寂しいし、深海さんと来れてよかったです」
「……僕もよかったです。由香さんが楽しそうで」
「えへへ」

 昨日の夜が嘘みたいな、楽しい気分。
 我ながら、チョロい。

 チョロくて、いい。幸せだ。
「遅くなる前に帰りましょうか。明日も早いですからね……」
「はい」

 ちょっと名残惜しい。

「最後に観覧車、乗ってもいいですか?」
「もちろんです」
「『ヒラ刑事』でもラストシーンが観覧車だったんですよ!」
「ほうほう」

 私達はそこそこ人のいる観覧車の列に並ぶ。
 夕日が園内を照らしつつあった。

 観覧車のカゴに乗り込み、向かい合う。
 観覧車の窓から外を見れば、夕日に照らされた都会が見えた。

「今日は楽しかったです。深海さん、ありがとうございました」
「いえ、僕の方こそ……来れてよかった。由香さんが楽しんでくれてよかった……雨降って地固まる、なんて言葉はキレイすぎると思いますけど……」
「キレイすぎてもいいんじゃないでしょうか。たまには」
「……はい」

 観覧車が上に上がっていく。
 深海さんが、メガネを外した。

 ギィと観覧車が軋む。
 深海さんが私の方に身を乗り出す。
 顔が近付く、目を閉じる。

「ん……」

 キスは、長かった。

「ん……は……んん……」

 じっとりとねっとりと、息が出来ない深いキス。
 体中が熱を持つ。
 苦しい。やんわりと胸を叩けば、深海さんは私を解放してくれた。

 深海さんはメガネをかけ直す。
 私の顔は夕日に照らされなくても真っ赤だというのに、深海さんは爽やかな顔でしれっとしている。

 たぶん、私は敵わないんだろう、この人に。
 それでも、いい。
 この人が私を愛してくれるなら、私もこの人を愛していたい。

 観覧車が下り始める。
 私は真っ赤になった顔を反らすために外を見る。
 どんどんと下る観覧車の中、私達は無言だった。
 でも、それは決して嫌な沈黙じゃなかった。



 観覧車を降りて、遊園地を出る。
 深海さんの車に乗って、帰路につく。

「夕ご飯、どうしましょう? 何か食べたいものあります?」
「……奢りたいです! だから深海さんが食べたいもので!」
「いやいや、デートですから僕が出しますよ」
「約束しました! 最初に会ったとき、私が就職したらお礼に奢るって!」
「あー……」

 深海さんは思い出してくれたらしい。

「えっと……じゃあ、どうしようかな……あー最近食べてないので中華で……」
「近くのお店調べますね!」
「あ、はい」
「北京ダック……あ、点心。点心美味しいですよね。お好きですか点心?」
「いいですね、点心」
「ええっとそれじゃあ……」

 私の道案内で車が走る。



 中華はとても美味しかった。

 深海さんに家まで送ってもらう。
 深海さんは車から降りて、私の部屋の前まで送ってくれた。

「……ああ、帰すの嫌だな」

 深海さんは、私の体を抱き留めてそう言った。

「深海さん! そ、外では……あの……」
「ねえ、由香さん、やっぱり僕の家に住みましょう?」
「ぜ、善処します……」

 私はまだ名残惜しそうな深海さんの手をなんとか振りほどいて、部屋に入った。

「おやすみなさい、深海さん」
「はい、おやすみなさい、由香さん……」

 部屋のドアを閉め切る一瞬前まで、深海さんはそこにいた。

「……よし!」

 明日も早い。
 朝の情報番組にシュンくんを連れて行くのだ。
 そして午後には新曲の打ち合わせだ。

「おやすみなさい」

 私は胸の中の深海さんに声をかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚なんてお断りです! ─強引御曹司のとろあま溺愛包囲網─

立花 吉野
恋愛
25歳の瀬村花純(せむら かすみ)は、ある日、母に強引にお見合いに連れて行かれてしまう。数時間後に大切な約束のある花純は「行かない!」と断るが、母に頼まれてしぶしぶ顔だけ出すことに。  お見合い相手は、有名企業の次男坊、舘入利一。イケメンだけど彼の性格は最悪! 遅刻したうえに人の話を聞かない利一に、花純はきつく言い返してお見合いを切り上げ、大切な『彼』との待ち合わせに向かった。 『彼』は、SNSで知り合った『reach731』。映画鑑賞が趣味の花純は、『jimiko』というハンドルネームでSNSに映画の感想をアップしていて、共通の趣味を持つ『reach731』と親しくなった。大人な印象のreach731と会えるのを楽しみにしていた花純だったが、約束の時間、なぜかやって来たのはさっきの御曹司、舘入利一で──? 出逢った翌日には同棲開始! 強引で人の話を聞かない御曹司から、甘く愛される毎日がはじまって──……

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

狡くて甘い偽装婚約

本郷アキ
恋愛
旧題:あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて~ エタニティブックス様から「あなたが欲しいの~偽りの婚約者に心も身体も囚われて」が「狡くて甘い偽装婚約」として改題され4/14出荷予定です。 ヒーロー視点も追加し、より楽しんでいただけるよう改稿しました! そのため、正式決定後は3/23にWebから作品を下げさせて頂きますので、ご承知おきください。 詳細はtwitterで随時お知らせさせていただきます。 あらすじ 元恋人と親友に裏切られ、もう二度と恋などしないと誓った私──山下みのり、二十八歳、独身。 もちろん恋人も友達もゼロ。 趣味といったら、ネットゲームに漫画、一人飲み。 しかし、病気の祖父の頼みで、ウェディングドレスを着ることに。 恋人を連れて来いって──こんなことならば、彼氏ができたなんて嘘をついたりしなければよかった。 そんな時「君も結婚相手探してるの? 実は俺もなんだ」と声をかけられる。 芸能人みたいにかっこいい男性は、私に都合のいい〝契約〟の話を持ちかけてきた! 私は二度と恋はしない。 もちろんあなたにも。 だから、あなたの話に乗ることにする。 もう長くはない最愛の家族のために。 三十二歳、総合病院経営者 長谷川晃史 × 二十八歳独身、銀行員 山下みのり 切ない大人の恋を描いた、ラブストーリー ※エブリスタ、ムーン、ベリーズカフェに投稿していた「偽装婚約」を大幅に加筆修正したものになります。話の内容は変わっておりません。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

誤算だらけのケイカク結婚 非情な上司はスパダリ!?

奏井れゆな
恋愛
夜ごと熱く誠実に愛されて…… 出産も昇進も諦めたくない営業課の期待の新人、碓井深津紀は、非情と噂されている上司、城藤隆州が「結婚は面倒だが子供は欲しい」と同僚と話している場面に偶然出くわし、契約結婚を持ちかける。 すると、夫となった隆州は、辛辣な口調こそ変わらないものの、深津紀が何気なく口にした願いを叶えてくれたり、無意識の悩みに 誰より先に気づいて相談の時間を作ってくれたり、まるで恋愛結婚かのように誠実に愛してくれる。その上、「深津紀は抱き甲斐がある」とほぼ毎晩熱烈に求めてきて、隆州の豹変に戸惑うばかり。 そんな予想外の愛され生活の中で子作りに不安のある深津紀だったけど…

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...