上 下
34 / 57

第34話 赤い衝撃

しおりを挟む
 数時間にわたる撮影の中、リクくんとエイジくんの体力測定が終わった。
 2人は汗まみれになって帰ってきた。

「終わったー! フカミン、由香ちゃん終わったよー!」
「やりきりました!」
「うん、お疲れ。汗拭いて、休憩してこい。この後、結果発表まで時間あるから寝ても良いぞ、バン戻るか?」
「俺はそうする~。エイジは?」
「俺もそうします」
「じゃあ、高山さん、これ鍵です。クーラーつけて付き添ってやってください」
「あ、はい」

 移動をしながら、リクくんとエイジくんが会話を交わす。

「あー、俺全然だったな~。でもたぶんエイジは行けたよね」
「どうだろうな。他の人の見てる余裕なかったし」
「というかあれだね、車の免許欲しいな。そうしたら、由香ちゃんにわざわざバンまでついてきてもらうことないもんね」
「深海さんは由香さんも休憩させたかったんだと思う」
「あ、なるほど。さすがフカミン」

 エイジくんの言葉にリクくんが納得すると同時に、私もそれに思い至る。
 そっか……瀬川さん優しいなあ。

「フカミン、由香ちゃんに優しいよね~」

 リクくんの何気ない一言にドキリとしてしまう。
 バレてるのか? そんなはずないのにそう思ってしまう。

「深海さんはまあ、優しいだろ、基本的に」

 エイジくんがそう言って、まあねとリクくんもうなずいた。

「しかしスポンサーが『カラダにウォーター』のとこでよかったよね。そうじゃなきゃカメラ外でコソコソ水分補給するとこだったよ、エイジ」
「それな」
「水分補給、カメラに撮ってもらってたね」
「うん、あれ、使われたら良いな」

 ワイワイと話しながら、私達はバンに到着した。
 だけどバンには乗り込めなかった。

 バンの所に、一人の女の人がいた。

 目を惹く赤色のぴっちりしたミニスカートに黒色の胸元が大胆に開いたカットソーを着て、サングラスをかけていた。
 物色するようにバンを眺めている。

 私は思わず2人の前に出た。
 こう大勢の人が参加する撮影だ。部外者や不審者が入ってきてもおかしくない……しかしこんなド派手な不審者いるだろうか?
 警備員さんは見かけたけど、今近くには居ない。
 声を上げれば来てくれる距離にいるだろうか? 車に阻まれて見つけられない。

「あ、来た来た、トライアングルアルファ」

 女の人は、そう口を開いた。こちらの素性を認識している。
 脱色しパーマをかけた長い髪を赤い爪のついた指でかき上げて、高いピンヒールで器用にこちらに歩み寄ってくる。
 私は彼女と2人の間から動かない。

「ど、どちらさまですか!?」

 声が、裏返った。

「んー? そっちこそ誰……あー、あなた、あれだ、新しいマネージャーさんだ。写真見たよー。深海くんにしては、お粗末だったねえ」

『深海くん』。瀬川さんをそんなに親しげに呼ぶ人を、私は知らない。

「……赤井さん」

 私の背中で、ポツリとエイジくんが呟いた。
『赤井さん』。どこかで聞き覚えがある。どこだ。誰だ。たしか、あれは三角家で、シュンくんが。

「やっほーエイジ、リク、元気してた? シュンは……あ、大学? そっかそっか、じゃあ、今日じゃない方がよかったかな?」

 そして女の人……赤井さんはハンドバッグから名刺入れを取り出した。

「はじめまして、わたくしレッドウェル芸能事務所のスタッフ、赤井アルファと申します」
「あ、わ、私、三角アイドル事務所『トライアングルアルファ』マネージャー担当、高山由香です」

 私も慌てて名刺を取り出す。
 名刺交換。社会人らしいその行動が、赤井アルファさんには似合っていなかった。

 いや、そもそも、アルファってなんだ。芸名か?

 ちなみにレッドウェルは俳優と女優を多く抱える事務所の筈だ。
 たしか母屋岸見さんもそこの所属だ。なるほどシュンくんが三角家で言っていた『岸見さんのことは俺より赤井さんに頼んだ方が』とはこの赤井さんのことのようだ。

「ちなみに旧姓三角です」

 赤井アルファさんはさらりと言った。

「み、三角……さん。ということはあなたが三角社長と絵里子さんの……」
「そ、一人娘」

 赤井アルファさんはにやっと笑った。

「どう? うちの親父に苦労させられてる?」
「い、いえ……大変お世話になっております」
「ふうん?」

 どう言葉を交わしていいのか分からず、私は困る。
 やや気まずい空気が流れる。

「アルちゃん久しぶりー」

 リクくんが私の後ろからそう声をかけた。

「俺ら疲れたからとりあえずバン入らせてよー。お話しあるならそこで聞くしさあ」
「あはは、いやいや、お疲れ。大丈夫。挨拶に来ただけだから。トライアングルアルファの3人と、深海くんに」

 また、深海くんって呼んだ。私のお腹がなんだか底が空いたような感覚に襲われる。
 足元がぐらつくような錯覚があった。

「でも、シュン居ないし、深海くん居ないし。でも、由香ちゃんに会えたからまあいいや」

 そう言うと赤井アルファさんはバンの前からどいた。 

「じゃあね、由香ちゃん、深海くんによろしくー」
「は、はい……」
がんばって・・・・・

 赤井アルファのがんばっては妙に含みがあった。
 赤色のピンヒールで去って行く彼女の後ろ姿を私はボンヤリと眺めていた。

「由香ちゃん、バン開けてー」
「あ、うん」

 鍵を開ける。2人を入れて、施錠する。
 クーラーをかける。

 運転席で私は険しい顔をしていたと思う。

「あ、あの……あの人って……あの人が、もしかして、前の……?」

 私はどう切り出して良いか分からずボツボツと問いかけた。

「うん、アルちゃんは……三角アルファだった頃に、俺らのマネージャーやってたよ」
「赤井さんはレッドウェル芸能事務所の赤井社長と結婚して寿退社。レッドウェル芸能事務所のスタッフになった」

 リクくんの説明をエイジくんが引き継ぐ。
 Red-Well。赤に井戸で赤井。そういうことらしかった。

「……トライアングルアルファ……三角さんかくのアルファ?」
「うん、社長が名付け親だから。娘とアイドルグループに同じ名前を付けるって変な社長だよねー」

 リクくんは特に気にしていない風にケラケラと笑った。

 私はトライアングルアルファ結成から1年経たずに辞めた赤井アルファさんのことを考えようとして、思考がうまくまとまらなかった。

 ……あの人が、トライアングルアルファの元マネージャー。
 私の前任者。1年足らずで辞めた人。
『深海くん』。
 私は事務所にとってあの人の代わり。
 そして、もしかしたら瀬川さんにとっても……。

 その思考が振り払えず、私は運転席にぐったりと体を預けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒御曹司の独占欲から逃げられません 極上の一夜は溺愛のはじまり

春宮ともみ
恋愛
旧題:極甘シンドローム〜敏腕社長は初恋を最後の恋にしたい〜 大手ゼネコン会社社長の一人娘だった明日香は、小学校入学と同時に不慮の事故で両親を亡くし、首都圏から離れた遠縁の親戚宅に預けられ慎ましやかに暮らすことに。質素な生活ながらも愛情をたっぷり受けて充実した学生時代を過ごしたのち、英文系の女子大を卒業後、上京してひとり暮らしをはじめ中堅の人材派遣会社で総務部の事務職として働きだす。そして、ひょんなことから幼いころに面識があったある女性の結婚式に出席したことで、運命の歯車が大きく動きだしてしまい――?  *** ドSで策士な腹黒御曹司×元令嬢OLが紡ぐ、甘酸っぱい初恋ロマンス  *** ◎作中に出てくる企業名、施設・地域名、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです ◆アルファポリス様のみの掲載(今後も他サイトへの転載は予定していません) ※著者既作「(エタニティブックス)俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる」のサブキャラクター、「【R18】音のない夜に」のヒーローがそれぞれ名前だけ登場しますが、もちろんこちら単体のみでもお楽しみいただけます。彼らをご存知の方はくすっとしていただけたら嬉しいです ※著者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ三人称一元視点習作です

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

あの夜をもう一度~不器用なイケメンの重すぎる拗らせ愛~

sae
恋愛
イケメン、高学歴、愛想も良くてモテ人生まっしぐらに見える高宮駿(たかみやしゅん)は、過去のトラウマからろくな恋愛をしていない拗らせた男である。酔った勢いで同じ会社の美山燈子(みやまとうこ)と一夜の関係を持ってまう。普段なら絶対にしないような失態に動揺する高宮、一方燈子はひどく冷静に事態を受け止め自分とのことは忘れてくれと懇願してくる。それを無視できない高宮だが燈子との心の距離は開いていく一方で……。 ☆双方向の視点で物語は進みます。 ☆こちらは自作「ゆびさきから恋をする~」のスピンオフ作品になります。この作品からでも読めますが、出てくるキャラを知ってもらえているとより楽しめるかもです。もし良ければそちらも覗いてもらえたら嬉しいです。 ⭐︎本編完結 ⭐︎続編連載開始(R6.8.23〜)、燈子過去編→高宮家族編と続きます!お付き合いよろしくお願いします!!

【R-18】残業後の上司が甘すぎて困る

熊野
恋愛
マイペースでつかみどころのない上司とその部下の話。【R18】

【R18】野獣なヤクザはストーカー

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 清龍組組長の孫・美弥子(女子大生)は、次期若頭・貴彬に恋をしていたが、子ども扱いしかされない。  そんなある日、敵対する虎狼組に美弥子が拐われる事件が起こり、祖父が貴彬に「責任取って、美弥子と結婚しろ」と命じたため、美弥子と貴彬は結婚することになってしまい――? ※12/5ムーンライト様にも投稿してます ※R18に※、全8話完結

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

【契約ロスト・バージン】未経験ナースが美麗バツイチ外科医と一夜限りの溺愛処女喪失

星キラリ
恋愛
不器用なナースと外科医の医療系♡純愛ラブ・ストーリー 主人公の(高山桃子)は優等生で地味目な准看護師。 彼女はもうすぐ三十路を迎えるというのに 未だに愛する人を見つけられず、処女であることを嘆いていた。ある日、酔った勢いで「誰でもいいから処女を捨てたい」と 泣きながら打ち明けた相手は なんと彼女が密かに憧れていた天才美麗外科医の(新藤修二) 新藤は、桃子の告白に応える形で 「一夜限りのあとくされのな、い契約を提案し、彼女の初めての相手を務める申し出をする クリスマスの夜、二人は契約通りの関係を持つ たった一夜新藤の優しさと情熱に触れ 桃子は彼を愛してしまうが、 契約は一夜限りのもの 桃子はその気持ちを必死に隠そうとする 一方、新藤もまた、桃子を忘れられずに悩んでいた 彼女の冷たい態度に戸惑いながらも 彼はついに行動を起こし 二人は晴れて付き合うことになる。 しかし、そこに新藤の別れた妻、が現れ 二人の関係に影を落とす、 桃子は新藤の愛を守るために奮闘するが、元妻の一言により誤解が生じ 桃子は新藤との別れを決意する。 怒りと混乱の中、新藤は逃げる桃子を追いかけて病院中を駆け回り、医者と患者が見守る中、 二人の追いかけっこは続きついには病院を巻き込んだ公開プロポーズが成功した。愛の力がどのように困難を乗り越え、 二人を結びつけるのかを描いた医療系感動的ラブストーリー(※マークはセンシティブな表現があります)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...