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第9話 開幕前

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 リクくんとゲームに勤しんでいるとあっという間に時間が過ぎた。

「よーし皆ステージ袖に集合ー!」

 社長さんがまたしても何も声をかけずにドアを開けて入ってきた。

 その声に3人は機敏に応えて、立ち上がる。

「由香ちゃん、あとでゲームの続きしよーねー」

 リクくんはそういうとウィンクをした。
 ……みんなウィンク上手だなあ。
 まあ、アイドルならウィンクくらいは必須スキルなのかもしれない。

「ステージ袖はほぼ外だからいつものかけ声ここでやっていこうか!」
「はい!」

 社長さんの声に3人は向かい合い、右手を伸ばして重ね合わせた。

「いつも心に太陽を!」
「爽やかな風のような笑顔を!」
「木陰のように安らげる場所を!」
「トライアングルアルファ! 出陣!」

 私にしてくれたあいさつとちょっと似ている。
 最後は何の合図もなくピッタリと揃えて、3人は手をぐっと下に押し下げた。

「よっしゃ行こうー!」
「ああ」
「おう!」

 3人の横で社長さんがカメラを瀬川さんに手渡す。
 あれが昨夜言ってた仕事で使うお高いカメラだろうか。
 瀬川さんはいつの間にか首からかけたストラップだけでなく、『イベントスタッフ』と書かれた腕章をしていた。そして何が入っているのか、大きめの肩掛けカバン。
 まさに仕事モードって感じだ。

「高山さん、席までご案内します」

 瀬川さんに声をかけられて、私は荷物を持って、立ち上がった。

 トライアングルアルファの3人とは別の道を行く、相変わらず慣れた様子の瀬川さんについて行くとショッピングモールの端っこ、外にあるステージにたどり着いた。
 すでにお客さんが列を作っていた。
 テレビやネットで見たことのあるうちわを持っている子もいる。

『シュンくんこっち向いて』
『リクくんウィンクちょうだい』
『エイジくんバク転して』

 そんな文字がハートの飾りとともに踊っている。

『シュンくんドラマ出演決定おめでとう!』

 といううちわもあった。

 そういえばドラマ出演が決まっているという記事を読んだっけ。
 誰かと思えば無口なシュンくんだったらしい。

 瀬川さんが列整理をしている警備員に社員証を見せる。
 私も『関係者』と書かれた社員証ケースを示す。
 先に観客席に入れてもらい、その最後方に私は案内された。

「僕、撮影スポットの確認してきます。高山さんはここで待機していてください」
「はい」
「あ、大きな音とか大丈夫ですか? ここスピーカー近いから……」
「大丈夫です」
「よかった。……一緒に居られなくてすみません」

 瀬川さんは申し訳なさそうな顔をした。

「い、いえ、全然大丈夫です」
「それはそれで寂しいですね……」
「えっ!?」
「冗談です」

 そう言って瀬川さんは微笑むと、メガネを外した。

「伊達メガネだったんですか?」
「ええ、まあ」

 そしてまずここでカメラを構えステージに向けた。
 横顔が真剣な色に染まる。
 こういう顔もするんだ。柔らかい瀬川さんの顔ばかりを見てきた私は少し驚く。
 私に向けていた優しい顔とも、トライアングルアルファの3人と接していたときのリラックスした顔とも違う、真剣な、大人の男性の仕事中って感じの顔。
 私は思わずその横顔に釘付けになった。

「ステージ全体はここからでも……」

 そう呟いて、瀬川さんはシャッターを切った。

 そしてそのまま通路を歩いて行く。
 色んな角度からステージにカメラを向ける。

 実際には観客が入る。
 3人がステージの上で踊る。
 たぶんそういうことも考慮に入れながら、カメラを構えていた。

「お仕事、かあ……」

 マネージャー業。リクくんとゲームをやるくらいのことなら私にもできる。できた。
 でも他はどうだろう?
 瀬川さんが差し入れをしたように、社長さんが声がけをしたように、私はトライアングルアルファのマネージャーをやることが出来るんだろうか? カメラなんてあんなにずっと構えているのも難しいと思う。

「……あれ、私なんか就職する気になってる……?」

 どちらかというとただ戸惑っていただけだったはずの自分が、できるかどうかを気にしていた。

「…………瀬川さんといっしょの職場、かあ」

 それは少し、魅力的な条件だった。

「高山さん、高山さん」

 パタパタと瀬川さんが走り寄ってきた。

「どうかされました?」
「これ忘れてました」

 瀬川さんはカバンの中から3本の棒を取りだした。

「これは……サイリウム」

 見たことはある。確か高校の学園祭の時、体育館公演の観客席の照明代わりに使ってた気がする。
 端的に言えば折ると光る棒だ。

「今回のライブなら一本で持つはずですので。それじゃあ、そろそろお客さん入ってくると思うので、またあとで」
「あ、はい。またあとで」

 また瀬川さんが走り去っていった。
 私は手持ち無沙汰にサイリウムをぶら下げた。
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