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五、穢れた聖女

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学園なんてものは広そうで、狭い。

それでも今日は誰にも突っかかられる事なく平和だったので油断していたようだ。


「あ……」

「あれ?シシーリア様じゃないですかぁ」


ばったり会ってしまったアイラはくすりと笑うと突然「きゃぁあ!」の耳をつん裂くような悲鳴を上げた。


此処は学園内である上に、運悪く食堂の近くだ。
すぐに人が集まって来るだろうと、何故か座り込むアイラを見下ろした。



「早く立っては?汚れますよ」

「アイラ!!どうしたんだ!?」



「アラン様ぁっ……私が悪いんです!私の所為でシシーリア様は聖女をクビになったからっ」


「君の所為なんかじゃ無い!シシーリア!君はアイラの何がそんなに気に入らないんだ!?君らしくないぞ!」



軽蔑するように自分を見るに嫌気が差した。

ゾロゾロとお決まりのようにやって来る幼馴染や親友だった人達。



(ほんとは、一番信じて欲しかった人達)



「アランの言う通りだ。見損なったぞ、シシー!」

「シシーまたアイラに嫌がらせを!?」

「お姉様、軽蔑するよ……」

「貴女がこんな人だったなんて、がっかりよ」



アランに続いてやって来たイスに、ユウリ、弟のリズモンドも、親友だった筈のナミレアも……まるで敵を見るような鋭い視線で自分を見つめている。



そんな皆に庇われるような位置から、シシーリアにだけ見えるようにニヤリと笑ったアイラの目的が分からなくて気持ちが悪い。


そろそろ目眩がしてきたしどうせ経験上、何を言っても信じないのだろうとどうやって現状を打破するべきかと巡らせる。


すると、一瞬。


ほんの一瞬だけ、身の毛もよだつような感覚がして。

ぞわりと背中が寒くなった。

魔力の弱い物ならば息が止まっただろうその気配はすぐに身を潜めて代わりに涼しい声が近づいて来た。



「楽しそうだね、みんな」



「王太子殿下」と皆が声を揃えて礼をする中アイラだけが甘えるような声で「殿下ぁ~心配して来て下さったんですね!」と場違いなら声を上げる。


ギョッとしたようにアイラを見たナミレアの反応は正しい。


イヴァンはそんなに甘い人ではない。

気分を損ねてしまえば手足の一本取られてもおかしくないような人だ。


「ん?」なんて可愛らしく首を傾げるその姿すら恐ろしい。



(筈なのに……どこか安らぎを感じてる)


元より、イヴァンに本質的に恐怖を感じた事はなかった。

寧ろ何故かほっとするような感覚さえ湧くのだから不思議だ。



けれども、この状況で彼の機嫌を損ねるのは自分か?アイラか?

ゆっくり足を進めるイヴァンと目を合わせる者は居ない。



その足はゆっくりとシシーリアの方へと近づく。

(ざまあみろね、シシーリア)


アイラはきっと自分の為に怒っているのだろうと優越感に浸りにやけてしまうのを抑えるのに苦労していた。

強制力とはそういうものなのだ。アイラが好かれるのには理由は要らない。

だから、きっと彼の矛先はシシーリアに向けらるのだと信じて疑わない。



当の本人であるシシーリアは何故か目が合ったまま離せないでイヴァンを見つめたままぼうっと立ったままだ。


隣を通り過ぎたイヴァンの腕を思わず取ったのは少し焦っている様子のアランだった。



「シシーに何をする気だ?」

「は、邪魔。それって偽善者っぽいねアラン」

「怒りは分かるが、せめて事情を聞こう」

「皆は一方的に責めてたんじゃないの?」

「……っそれはついカッとなって」



「穢れた聖女だって、さっきソレが言ってた」


そう言って指差したのは人集りの中で倒れている一人の子息と、周りで顔を真っ青にして震える他の生徒達。


「シシー、大丈夫?心外だよねぇ」

「え……イヴァン、殿下?」

「おいで、



「ーっ!?」

「「僕の……?」」

「どうなってるの……」



(はぁ!?どう言うコト!?)


驚いて言葉を失ったアランと、驚いた様子のイスとユウリ、どうなっているのかと呟いたナミレアに「私がそれ一番思ってるんだけど」って言ってやりたいくらいだと考えるアイラ。




アランを振り払わぬまま、空いてる方の手を伸ばして綺麗に笑ったイヴァンの言葉に抗えなくなったように無意識に動くシシーリアの足は軽かった。



「イヴァン殿下……」

「イヴァンでいいよ」

「イヴァン様、何故……」

(まるで助けに入るようなことを)


「あぁ、そんな事か」


アランの胸をトンと押してアイラの元まで戻すとしっかりとシシーリアの腰を引き寄せて、今度は無邪気に笑った。


「僕のモノに手を出したら、駄目だって教えとかないと」



「ね?」と言って放ったイヴァンの力に思わず膝をついたアラン以外の者達を満足気に見てからシシーリアの手を引いた。


「シシー!君は、殿下と……!」

「少なくとも、貴方よりは信頼できると思っているわ」



「ご機嫌よう」そう言って艶やかに微笑んだシシーリアに、アイラは爪が食い込むほど強く手を握り締めていた。



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