公爵令嬢は破棄したい!

abang

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公爵令嬢は追いつきたい

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メーベル邸を出ると、前にはもうノーフォードの馬車が見えた。
リアムが立っており、チラリとセシールの上着をみてから、手を差し出した。


「ありがとう、リアム」


少し赤く見える頬も、その赤く潤んだ目元も、珍しく熱いのか扇ぐ姿も、肩にかかる上着の紋章も全てに違和感を感じた。


「お嬢様、何かおありでしたか?」


「いえ、なにもないわ。」


リアムが軽く睨むようにエイダとエイミーを見ると、ニヤニヤと笑って返すだけなので、余計に不安感が募る。



(クロヴィス、お嬢様に手で出してねぇだろうなぁ)



心の中でその上着の持ち主であろう彼に悪態をついて、セシールを見ると、そのほんのり潤んだ瞳と珍しく半開きの唇、その頬がは赤く染まっており、そのスリットから覗く白い脚を内側に擦り合わせるようにギュッと閉じたまま、何かを堪えるように考えこんでいた。


(嗚呼、なんて扇情的なお姿。それすらも美しい…)


リアムはハッと見惚れている場合ではないと首を振り、優しくセシールに問いかけた。


「何か、僕に出来ることは御座いますか?」


セシールはゆっくりとリアムに尋ねる、


「キスとはあんなに…いえ、なんでも無いわ、」


「キス?」


リアムは鋭く反応し、エイダとエイミーを見ると2人は首を左右に振り、小声で「マチルダ様とリシュ様よ」と言った。



「お嬢様にはまだ早いかと。」


セシールがしたいと言ったわけではないと分かっている。今見たものを消化しきれずにいるだけだとは理解しているが、セシールがリアムの手を離れてしまう気がして嫌だった。


「皆最近おかしいわ、わたくし、置いて行かれているのかしら…」


別にセシールとどうこうなりたいとか、彼女を自分のものにしたいなどとはリアムは思っていない。


だが、リアムはなんでも自分がしてあげたいし、この世の男共にお嬢様は勿体ないと思っている。彼女が男性と色事をするなど考えたくもないし、いつかその日が来るとしても彼女自身が、無知故に価値相応に扱われない事を危惧していた。


お嬢様も周りも皆、少しずつ大人になられている。


それならばいっそ…


(きちんと知ってもらう方がいいのか…)


「いいえ、置いて行かれている事などありません。ですがもし、好奇心で大きな失敗をなさる事がない様……パチン」


リアムは一瞬でエイダとエイミーに先程とおなじ景色の幻術をかけ、セシールの足元に跪いた。


「そろそろお嬢様も、少しは危機感を持って頂いた方がいい。」


「リアム?」


「お嬢様は隙がありすぎますからね、貴方はなによりも気高く価値のある存在で、素晴らしい女性です。」



「失礼、ご無礼をお許し下さい。」




リアムはセシールに覆い被さるようにセシールの頭の横に手をつきその頬に触れた。


「あの…なにをするのかしら…」


戸惑うセシールにリアム自身高鳴っている心臓に気づかぬようにし、顔を近づけた。





「お嬢様、男性の手の届く範囲で警戒を怠ってはいけません。

僕はしませんが、男共はお嬢様の唇を奪おうとします。」





リアムはそのスリットから覗く脚をツツーっと撫でて、指先だけをスリットにかけ、真っ赤になって今にも泣き出しそうなセシールに努めて冷静に注意する。


「リアムっ…ぁやめっ…」


(鎮まれ静まれ鎮まれ僕これはただの真似事。)



「お嬢様のお身体をどんな理由であれこのように簡単に触れさせてはなりません。お嬢様がいくらお強いといえ、お美しいお嬢様の全て見せてしまうことは、征服されることです。」


「誰も、見ないわっ…リアム変よ…っ」


「いいえ、見ますただそれは将来の伴侶だけ。きちんと貴方の意思で身を委ねる事を、妥協するのではなく、選択し許す立場でなければなりません。」



そして頬から鎖骨を通り、人差し指で遊ぶように肌の上を滑らせ、その大きすぎない谷間に人差し指だけをツーっと差し入れた。




「ひゃっ!…リアム、あんまりふざけると…っ!!!」


「お嬢様、震えておられるのですか?」


わたくしっ…ゃあ、リアム、耳ッ…」


耳たぶに触れるか触れないかで唇をあてて囁いたリアムに恐怖と初めて感じる羞恥に涙を溜め小さく震えていた。


(クソッなんてお可愛らしいんだ。だめだ無になれ)



そのまま手を離し彼女の顎を持ち上げ、親指で下唇を軽くなぞるとキッっとリアムを睨む。


「言いたい事はわかったわ…っ」



「アルフレッドの時もそうでしたね。口内を指で犯すと言う行為は口淫を連想させる行為です。決してそれを受け入れてはなりません。」



「口淫とは….?なに?」


リアムは片手で自分の口元を覆い真っ赤になりながらセシールに説明すると、彼女はとうとう泣き出してしまった。




セシールは真っ白な頭で、少しずつリアムの言いたい事が分かるような気がしていた。


(どんな男性にも気をつけろということ?どんなに親しく、安心な相手であっても決して肌に触れさせてはならないということなのね)



セシールは背中をゾクゾクッとなぞられるような感覚と、感じた事のない羞恥と恐怖。


初めて男女という生物の性別を分けた考えを持った。


「ひとつひとつの行為にその思惑が、感情が、願望があります。お嬢様はその存在感自体が神。価値があるのです。あの鈍感には何の思惑もないでしょうが、他家の紋章をつけて出歩けば関係が噂になります。」


リアムはセシールの上着をしっかりとかけ直して、ドレスを正してやり、ハンカチで涙を拭い。捨てられた子犬のように、


「ごめんなさい、お嬢様。」といって両膝をつき詫びた。



「やり過ぎよ、リアム。でも身を持って知りました。男性と女性とでは全く違うのですね。自分を大切にする為にはきちんと危機感を持って接しないといけないという事ね…」


すると、幻術に気づいたエイダとエイミーが、リアムを後ろからボコボコにする。


「「あんた!なにしてんの!!!!」」

「お嬢様は知らなくていいの!」

「私達がお護りすればいいのよ!!」

「ごめんってば、近頃あんまりに令息達が色気づいてやがるもんだから!お嬢様は危なっかしくて!」


「声は聞こえんのに解くのに時間かかったわ!もう!泣かせてどうすんのよ!!」

「お嬢様、大丈夫ですか?」



「2人とも、いいの。大丈夫よ。」


「リアムも心配させてごめんなさいね、わたくし不甲斐ないわ…。」


困った顔で微笑んだセシールにホッとした3人であった。


そして邸に帰るとリアムはエイダとエイミーに追い回され袋叩きに合うのであった。
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