50 / 75
伯爵令嬢は断罪される
しおりを挟むそのまま場所に乗り王宮へ向かう。
浮かない顔をするセシールに、テオドールは眉尻を下げ
申し訳無さそうに言う。
「何度謝っても足りないが、あなたにはとても辛い思いをさせていた。私達の婚約は白紙となるだろう。それでも、私は貴方だけを生涯愛していると言うことを知ってて欲しい。」
最近のテオドールには驚くことばかりであった。
当たり前に婚約者であったし、テオドールからも直接愛を伝えられることは無かった。
セシール自身また未熟で、特に男女のことについては真っ新だったので、エミリー嬢と腕を絡めあうテオドールや、恥部に顔を寄せるテオドール、自分以外の女性を抱きしめ、その柔らかい部分に頬を染めるテオドールの婚約者ではない他の人に見せる生々しい、男性の顔を裏切りに感じ、忘れられずにいたがまさか、
「婚約が白紙に…?」
「あなたが私を生涯の伴侶と選んでくれるのならば、王家は喜んで再び受け入れる。」
セシールは考えこんだ。魅了にかかっていたのかもしれないとはいえ、愛してると言うその口で、見つめる瞳で彼女の名を呼び、目の前にいる自分に見せつけるように、見えていないかのように、見た事のない男性の顔でエミリーを見つめていたテオドールを許してはいるが、愛しているのか分からなかったからだ。
「分かりました。私も考える時間が欲しいの。貴方もこれだけは知っていて、私の5歳から今までの時間は全部、テオだけを愛し、テオだけに触れたいと思っていたわ。」
セシールの触れたいと、テオドールのそれとは全く意味が違うし、テオドールに比べ彼女はその方面は無知であったが、少なくとも男性としてテオドールを愛していたという事はテオドールにも伝わっていた。
「これ以上、あなたを引き止める権利がないのは分かっているが…セシール愛しているよ。」
愛してると繰り返し言い、セシールを抱きしめるテオドールにセシールの胸は切なさで張り裂けそうであった。
裏切られたように感じている自分、
彼を許しているのに不安で受け入れられない自分
彼女の十数年間の想いを穢されたように感じる自分
セシールは自分にも女性らしい魅力があったなら…それを武器にする程の自信があったなら、テオドールを満たすことができていたのかと後悔もしていた。
セシールはテオドールの胸で、綺麗な涙を流していた。
「ほんとうに、ほんとうにっテオを愛していたわ、ただ今は不安で、貴方をまだ信じられないでいるのっ」
「セシール、いいんだ、全部私の責任だ。お願いだから泣かないで、きっと貴女に選ばれる男になるよ。」
ふたりは婚約者として最後の刻を、馬車で、初めて婚約者らしくお互いを見つめあって過ごした。
それは切ないものであったが、本心を知れるきっかけとなり、これからを前向きに生きる為に必要な時間であった。
「私も悪かったの、女性らしく貴方を満たせていなかった、」
涙を流しながら悔いるセシールにギクリとした。
「ちがうんだ!セシールっ、私もただの男だ。貴女に触れたいと、その…そんな顔をさせたいと、その姿を…何度も想像した、」
セシールは顔を真っ赤にして驚きで涙は引っ込んでいた。
「ぇ…あの、」
「その美しい肌を、唇を、貴女をどう触れたら乱す事ができるのか…その声はどんな風に私を呼ぶのか、貴女の大切なところはどんな味だとか、どう言う貴方の姿を見たいか…」
「テオ!!もういいわ、…恥ずかしいの。」
何も知らないセシールにも、その熱っぽい視線は、その色めいた雰囲気は伝わってきていた。
「じゃあ、なんで私ではなく、彼女だったの?その目線は彼女へ向いたの?」
なんとなく、何がだめだったのかセシールは知りたかっただけの質問であって、テオドールを責めた訳では無かったが、
テオドールは金槌で頭を叩かれたような感覚だった。
そうだ、彼女を穢していけないと思っていた。
だけど彼女な婚約者だし、私を愛してくれていた。
何度もその唇で私への愛を囁いてくれたし、
ふたりになると、たどたどしく指先を軽く握って手を繋いで欲しいとねだった。
女性として意識するようになり、知識を身につけたテオドールは正しく、セシールと距離を縮めていけば良かったのに。
精一杯、歩み寄ってくれている、何も知らない彼女をもどかしく感じ、我慢をできないからと、その欲をどうでもいい手っ取り早い所で処理したいという気持ちがあったのかもしれない。
テオドールは改めて自分の愚かさに気付いた。
そして彼女を穢さない代わりに、彼女を傷つけ、別の女性を利用しようとし、魅了に惑わされたのだと。
なんて、愚かだろう。
愛する人と、少しずつ触れ合っていくのならば、
彼女だけを心から愛して、彼女の身をも愛したのならばそれは穢したとは言わないのに。
自分の邪な想いが瞳を曇らせて、
結果、次期王妃として王太子妃としての彼女の努力の日々を、彼女からの純粋な愛を、裏切り穢していたのだと。
「セシール、ほんとうにすまない。貴女を穢してしまうような気がしていた。愛し合っていたのに…邪な考えばかりする自分の心が貴方を傷つけてしまったのだ。彼女にも申し訳ないことをしたよ。」
「いいえ、これは私の幼さ故なのねきっと。テオこれ以上は謝らないで私達はまだゼロになるのね。」
テオドールはそっと顔を上げて、窺うようにセシールを覗き込んだ。
「私達はまだ今は婚約者かな?」
「ええ、そうね」
切なく微笑んだセシールの唇にそっと、そっと口付け、「ごめん」というテオドールに一瞬目を開いて止まって、首をゆっくり左右に振った。
セシールは赤く頬を染め、恥ずかしそうにしたが、馬車でなんて、はしたないとテオドールを咎めることは無かった。
「きっと貴女の心を取り戻すよ、」
「私は…」
「いい。貴女の気持ちは理解している。」
そっと頷き目を閉じたセシールとテオドールは王宮まで、それ以上もう何も話さなかった。
45
お気に入りに追加
4,073
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる