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王太子も市井で遊びたい
しおりを挟む通信を切ってすぐ、空間に丸い穴が開いて、少し遠くから声が聞こえた。
「セシール、僕は置いていくつもりなの?」
眉尻を下げて、寂しそうに笑ったテオドールが転移で現れた。
「テオ、到着したのですね。もちろん貴方も一緒に行きましょう。」
にこりと笑ってセシールは頷いた。
子供の頃はみんなでよく屋敷を抜け出して集まって市井で遊んだ。
悪党を退治したり、市井の食べ物を買って食べたり、街の子達と遊んでみたり…
あの頃のテオドールは無邪気で、
「ぼくがセシールを守るんだっ!」ってよく私の前に手を広げて立ち塞がって悪党を睨めつけていた。
セシールは思い出してはくすりと笑って、
「では、早く準備をしないといけないわ、テオ」
子供の頃に見せたような無邪気な笑顔で言った。
(ああ君はこんなにも眩しい。手が届かないよセシール。)
儚げな彼女の横顔にとくんと心臓が鳴って、不安になる。
どんどんと遠くに行っているような気がして、セシールの手首を取って、引き寄せた。
「テオ?」
伏せられた目を縁取る長い睫毛が影を落とし、薄く開いた唇は何かを言いたげに少し息を吸っただけで、抱きしめ返してはくれない彼女の手は、空中を彷徨っていた。
抱きしめること以上は彼女に触れた事は無かった。
彼女を壊してしまわないように、そっと抱きしめるのが精一杯であった。
年相応のその熱で彼女を穢してしまいそうな気すらしたし、
テオドールにはその唇を奪う勇気が無かった。
「いや、なんでもない。君が愛おしくてね。」
少し頬を染めたセシールが疑わしげにテオドールを見て、
「からかわないで、下さい。」と恥ずかしげに踵を返して足早に部屋を出たのだった。
(テオったら、なんだか変よ。どうしてもあの時の事を思い出してしまってダメね、婚約者だというのに…)
聖なる泉に、時間通りに全員が集まった。
皆、服装こそ平民と同じようなものを着ていてるが、変装するわけでもなく。顔を隠すわけでもなく至っていつも通りだった。
「ダンテ、貴方も似合っているわよ。」
セシールがダンテに微笑んで言うと、
「光栄です、セシール様は、どんな格好をしても美しいです。」
と、軽く微笑んで愛おしそうに言った。
「ダンテ、お嬢様がお美しいのは当たり前だよ。」
とリアムがさも、自分が褒められたかのように自慢げに言うので、
エイダとエイミーは笑った。
「ふはっ、リアムを褒めたんじゃ無いわよ!」
「リアムったらほんとお嬢様馬鹿ね、」
いつも物静かなアンは表情を崩さなないが、今はほんの少しだけ楽しそうに口元を綻ばせた。
ダンテの表情にクロヴィスは額に手を当て、お前もかと言うようにため息を吐いただけだったが、
テオドールは、息を呑んだ。
セシールをいつか誰か奪われてしまうのでは無いかという不安で彼の心はいっぱいだった。
ダンテ以外、皆昔馴染みであった。
セシールに救われたリアム達は使用人として以上に友人、仲間として彼女に大切にされていた。
幼少期はいつも行動を共にし、一緒に町にでるマチルダや、時々顔を見せてやはり一緒に抜け出すテオドールやクロヴィスとも顔馴染みであり、親しかった。
こうやって皆で街にでるのはすごく久しぶりであり、皆心を弾ませていた。
9人は街で食事をし、買い物をして、悪さをする人を探し、困っている人を手伝い、王都の市井でかつて遊んでいたように過ごした。
エラサでセシール達は領民達にとても慕われており、皆が歓迎し、声をかけた。
こうしてセシールのエラサでの初日は、楽しく過ごした。
一方、王都では…
ーーとあるカフェの個室
ダグラスはとても悩んでいた。
政略的な婚約であり、とても甘い雰囲気のある関係では無かった婚約者に解消を申し出られ、かなり経つが、すっかりエミリー嬢に夢中である自分がいつまでも彼女を引き留める様子が無い事に憤慨し頬を引っ叩き、泣きながら店を出て行ったのが数分前。
得体の知れない虚無感と、罪悪感に蝕まれ、その場を動けないでいた。
少し経って、店を出るとあまり見た事のない男性と歩くエミリー嬢が見えた。
仲睦まじそうなその姿に全身がカァっとなり思わずそっちに歩き出し、エミリー嬢の手を掴んでいた。
「君は…?」
「エレ様、こちらはダグラス様と言って、外交官であるネピリア様の御子息です」
「エミリー嬢、君は、!」
(余計な事いうんじゃないでしょうね…)
「ああ、成る程。大丈夫だよ君が思っているようなものじゃない。」
そう、見た事のない男性とは変装魔法で瞳と髪の色、声を変えた王弟であるエレメントであったのだが、
ダグラスにそれはが分かるはずもなく、目の前のエミリー嬢のことで頭がいっぱいだった。
その男の言葉で少し頭が冷め、やっと冷静に話すことができた。
「失礼ですが、エミリー嬢をお借りしても?」
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「あぁ、大丈夫だよ。僕にはお構いなく。」
(ちょうど鬱陶しかったんだよね、)
そのままエミリー嬢を馬車に乗せ、組み敷いた。
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するとエミリーはくすりと笑って、ダグラスの首に腕を回して言った。
「こんなことするのは、ダグ様とだけよ…」
「…っ!」
そのまま2人の影は重なり、揺れる馬車が静かになるまで、の 中を決して使用人が開ける事はなかった。
(ああ、満たされる。エミリー嬢をもっと好きになる、段々と魅力的な彼女から離れられなくなる…)
「ねぇ、ダグ様…お願いがあるのです…」
エミリーの唇が弧を描いた。
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