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王太子殿下は知りたい
しおりを挟むセシール達と別れて残りの授業を受け、昼休みの時間になり、テオドールは医務室に居るはずのエミリーを訪ねていた。
お手洗いにでも行っていたのか、扉を開けようとすると背後から声が聞こえて、温もりを感じた。
「ミリィ嬢……」
「ごめんなさいっ、殿下。私ずっと1人で不安で……殿下が来てくださったのが嬉しくてついはしたない事を……っ」
顔を真っ赤に染め、テオドールから急いで離れたエミリー嬢はとても他人の婚約者を奪うようには見えない。
天真爛漫で、自由で、淑女らしくないが決して無礼と言うわけでもなく、母親が元平民だからか市井にも詳しい。
そんな彼女に女性としての魅力を感じでいたのは確かだが、だからと言ってセシール以外を愛したことはない。
もちろんエミリーを娶る事など考えたことは無かった。
ただ、放っておけなかったのだ。
それに、たまに不思議な感覚に落ちる時がある。
彼女の魅了は常々出ているが、魔力をそれなり持つ者には影響力はない程度。
それなのに、愛している訳でもない彼女と目が合うだけで、彼女の唇が、膨らみが、声が、一瞬耐えがたい色香で私の欲望を掻き立てる。
これが、自由な女性の持つ色香なのかと感じるたびにセシールへの罪悪感に苛まれる。
そして、なぜかその不完全燃焼な欲望は頭の中で、セシールへと移り、セシールの透き通る肌を、ドレスのその下を、苺のような唇を、あの美しい声はどうやって鳴くのかを考えてしまうのだ。
それが彼女を穢してしまったようで、セシールの顔を見られないでいた。
「殿下?」
潤んだ目で不安そうに見つめるミリィ嬢に我に返り、本来の目的を思い出す。
「ああ……大分落ち着いた?不安であれば護衛を一人付けよう。王宮の護衛は精鋭だよ」
少し笑って言うと、エミリーが俯いて顔を真っ赤にしたまま意を決した様子で言う。
「あのっ!殿下と一緒に帰れませんか?」
「申し訳ないね、今日は王宮でセシールと約束があるんだ。待たせる訳にはいかなくてね」
(聞いてないわ!そんなの!絶対に邪魔してやる、セシールなんかより私の方が数倍可愛いじゃない!)
「セシール様は……怒っていられましたか?」
おずおずと、こちらを伺いながら聞くエミリー
「いや、彼女が怒った所など見たことがないし、今日もいつも通りだったよ」
「でもっ、セシール様はいつも怒っていられるので、今日もそうなんじゃないかと……きっと、殿下がいらしてくれたお陰ですね」
眉尻を下げて安心したように笑うミリィ嬢の話はとても信じられない。諌めようと口を開いた時、彼女が拗ねたように遮る。
「エミリー嬢、
「ミリィと呼んで下さいと、何度もいいましたのに……」
と拗ねた様子のミリィ嬢だが、今は確認しなければならないことがある。
「ミリィ嬢が他の令嬢達の婚約者を奪っているという噂が出ている」
「そんなわけありません!彼らは友人で、馴染めず嫌がらせに合う私を、殿下と同じように助けて下さっていただけです!」
大きな空色の瞳を大粒の涙で濡らし、彼女は否定する姿は痛々しい。
「では令嬢達は勘違いしたと?」
「「失礼します」」
「ギデオン様、ダグ様……っ!」
見舞いにきたのか、ダグとギデオンが入って来た。
「話が聞こえてしまいましたが、私達はミリィ嬢とは友人です」
ダグラスは眼鏡を頭を下げ、テオドールに言う。
するとギデオンが神妙な面持ちで続けた。
「殿下には言いにくいのだが……近頃、相談し難い噂を耳にし、そのタイミングで嫌がらせを受けるミリィ嬢を見つけたので、独断でエミリー嬢の手助けをしていました」
二人の言い分はミリィ嬢の話と辻褄があっていた。
「私に相談し難いこととは?」
尋ねると、ミリィ嬢が震えだし二人が咄嗟に支えた。
ダグラスが気まずそうに俯く。
「話せ」
威圧し促すと、代わりにとギデオンが話し出す
「令嬢たちがセシール様の指示でミリィ嬢を虐げていると、数名の子息から婚約者の素行を相談されております」
テオドールは、驚愕した。
セシールに彼女を貶める理由はない。
だが、私達は確かに愛し合っていた。
「殿下」
「なぜ、私がその話を信じる?」
「セシール様は……テオ様を奪われたとおっしゃって…っうっ…っ」
「きっと彼女のプライドが許さないのだろう」
ギデオンが忌々しげに言う。
「彼女は月の女神の末裔であると聞きました。国を守護し、王族でもあるノーフォード公爵家として王妃になることが、彼女の意義である。そのプライドを傷つけたのではないかと」
「ミリィ嬢は公爵家に目をつけられては伯爵家では太刀打ちできないと、秘密にするように言いましたが……」
「いいのダグ様っ、こうなってはもう隠せませんもの……」
三人の言うことは理屈としては考えられるが、そんな筈がないのだ。
ノーフォード公爵家を分かっていない。
セシールを分かっていないのだ。
ノーフォード公爵家は彼ら、身内の絆を重んじる。権力などは大切な者を守るためのただの手段であり、権力の為に弱者を貶めたり、品位を失うような行動は絶対にしない。
だからこそ、王家もあれだけの力を持つ公爵家を信頼して、決して抑え込むことはないのだ。
(月の女神ですって!?神話では無いの?あの女、お父様に頼んで借りた刺客が戻ってこないと思ったわ!もう二十一人よ!?)
エミリーは心の中でセシールへの嫉妬と苛立ちがぐるぐると渦巻き、どうにかしてセシールを消せないかと頭を巡らせた。
(そうだ、いい事を思いついたわ!)
そんな事を考えている内に、テオドールが重い口を開く。
「お前達は大切な友人である、もちろんミリィ嬢もそうだ。だがセシールやノーフォード家とはもっと長い付き合いでな、にわかには信じられん」
「!」
「ミリィ嬢のことは私の方で調査しよう。その間お前達にミリィ嬢の護衛を任せていると、正式にこちらから令嬢達には謝罪をしておく」
エミリーは憤慨していたが、顔には出さず涙を流して感謝した。
「テオ様、ありがとうございますっ」
一方二人は合法的にエミリーと一緒に居れるので都合がいいと喜んでいた。
(高位貴族と騎士団長の子息とはいえ、この雑魚どもしか居ないの!?腹立つわ、テオ様ったらセシールの味方をするつもり?みてなさい。今に消えるわよ!)
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